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50 魂炉の光


「はあああ? あのバカ!」


ヨルカに本気を出そうとしていた矢先、バルディエルが魔人の剣士に一撃を食らっていた。


致命傷には至っていないようだが、この状況では分が悪い。


目の前の女魔人はどうにでもなる。


だが、なんといっても、アスティマを凍らせた六枚の黒翼を持つ、不気味な紫髪の魔人。


あれは、相当危険だ。


アスティマを閉じ込めた氷柱は、とてつもなく巨大だった。


込められた魔力量も、底が見えない。


さらに、魔力に耐性を持つ天使に対して、魔法で対抗してみせたのだ。


どう考えても異常だった。


この状況で、もしバルディエルまで行動不能になるほどやられれば、無事に帰還できるかどうかも怪しい。


「バルディエル!! 引くわよ!」


セフィリアはヨルカを地上に置き、上空へ飛び立った。


「おう。すまない」


バルディエルも傷口を手で押さえながら、その後に続く。


飛び方が少々ふらついていた。


致命傷ではないとはいえ、いくつかの筋肉は断裂しているようだ。


これでは、満足にバトルアックスを振るえないだろう。


「アスティマの氷は、あれで破壊するわよ」


「無理やり氷を破壊して、アスティマは大丈夫か?」


「今は時間がないの。しょうがないじゃない。そもそも、魔界で氷漬けにされるほうが悪いのよ」


「まあ、相手さんも悠長に待ってくれないか」


二人の天使は氷の柱の上まで飛翔し、観察する。


氷柱には、まるで近づく者を拒むかのように、無数の鋭利な棘が生えていた。


武器を用いて物理的に壊すのは、至難の業だろう。


「やるわよ」


「おう」


「天に刻まれし、光の契り。二つの刃、交わりて世界を裂け」


「双光裂界――そうこうれっかい」


バルディエルとセフィリアの体が輝く。


そして二人は交差するように飛び、氷の柱の上で十字を描いた。


すると、その光の軌跡から、“魂炉の光”と呼ばれる聖なる波動が天界より召喚される。


――バリバリッ。


――ガシャーン。


すさまじい破壊音を立てて、巨大な氷の柱が砕け落ちた。


周囲に水柱を立てながら、氷塊が次々と湖へ着水していく。


「あの巨大な氷柱を一瞬で!?」


「なんて技なのよ……」


ゾイルとヨルカは、天使の大技に開いた口がふさがらない様子だった。


(あれは、天界の神殿の奥にある魂炉――コンロのエネルギーを召喚した魔法だ)


(魂炉?)


(天使が魂を集めているのは知っているだろう? ほとんどの清き魂は天使によって回収され、天界で穏やかに過ごす。だが、稀に運んでいる途中で悪しき心へ転じることがある。おそらく、現世での心残りを道中で思い出すのだろう)


(そういう魂は、天界に放置するわけにも、転生させるわけにもいかぬ。ゆえに魂炉で焼却され、エネルギーとして抽出されるのだ)


(魂を燃やすと、あんなにエネルギーが取り出せるものなのか)


(ああ。だから、お主が魂を喰うと聞いた時は驚いたのだ。我から言わせれば、爆発物を食べている感覚に近い)


(ああ、そういうこと……しかし、エネルギー炉の召喚魔法か……)


(エネルギー効率が良く便利な反面、呼び寄せる対象と攻撃対象の座標が分からねば使えぬ。つまり、どちらも動き回っていては使えんのだ。使いどころは限られる)


(なるほどな……ところで、逃げるようだが追うか?)


二人の天使は氷塊の中からアスティマを見つけ出し、天界へ運んでいく。


アスティマも神力に覆われていたため、死んではいないだろう。


荷物――アスティマを抱えた今なら、手負いの二人も簡単に打ち取れそうである。


特に幼顔の天使のほうは、ヨルカをさんざん痛めつけていた。


個人的には、許せない。


(いや、捨て置け。我々には戦う理由もないのだから)


ルシファーに言われて思い出したが、今日はナマズを捕まえに来たのだった。


(でも、もしかしたらルシファーのことがバレていたりして……)


(我の元同僚たる熾天使を呼ばれると、いささか面倒ではある。だが、今は気にしても仕方ない。バレていないことを祈ろう)


「サタン殿~! ご無事ですかニャ~?」


声のする方を向くと、タマキンたちが荷車を引いてやってきた。


「大きな音がして、急いできたニャ。何があったかニャ?」


「それは帰りながら話そう。とりあえず、俺もゾイルも無事だ。……ヨルカは少し治療が必要かな」


「おお、それはいけない。お前たち、ナマズを解体して回収し、ヨルカ殿も一緒に荷車へ!!」


タマ族の者たちは、各々、自分の背丈ほどもある包丁やのこぎりを手にしていた。


見た目に反し、力持ちのようだ。


彼らは手際よく氷漬けのナマズを切り分け、荷台へ積んでいく。


そして、怪我をしているヨルカも支えながら、ナマズの切り身が入った荷台へ押し込んだ。


「サタン様~、ここ生臭いです~」


ヨルカは痛みと臭いで、今にも泣きそうな顔をしている。


「だろうな。でも歩けないだろうし、今は我慢してくれ」


「ああ、ヨルカ殿! 切り身とはいえ、エレキギガナマズは放電しておりますゆえ、切り身には触れないようお願いします」


「もういや!!」


ヨルカは泣いてしまった。


致し方ない。


「ほら、ヨルカ。背負ってやるから泣き止め」


「ぐすんッ……。それはそれで恥ずかしいです」


……もう何なんだよ。


タマキンにより幻影魔法をかけられた一行は、インドラのいる基地へと戻った。



魔界の空は赤黒く、不気味な瘴気に満ちている。


「もうすぐだ。開けるぞ。尾行はないな?」


「大丈夫。開けて」


魔界から天界へと続く隠匿された門を開錠し、三人は天界へと踏み入れた。


清く新鮮な天界の空気を、肺いっぱいに吸い込む。


門を完全に施錠し終えると、三人はその場に座り込んだ。


「死ぬかと思ったぜ……」


アスティマがつぶやく。


「いや、ほんと、あんたのせいで私たちまで怪我したじゃない」


セフィリアは口を尖らせ、アスティマに文句を言った。


「紫髪の魔人……本当に無名の魔人か? あのプレッシャーはやばいぞ。確か、サタン様と呼ばれていたはずだ」


バルディエルは胸元の傷を押さえながら、魔界にいた魔人たちを思い出す。


三対六枚の黒翼を持ち、美しい虹色の瞳を持つ魔人。


剣術に卓越した魔人。


素早い身のこなしで、セフィリアに一撃を入れた女魔人。


「あたしが戦った女魔人は大したことなかったけど、あの女を傷つけた時のサタンって奴の殺気はやばかったわ。あの女魔人が止めなかったら……たぶん、あたしはやられてた」


「アスティマはどうだった? あいつはどんな戦い方だったんだ?」


バルディエルはアスティマに問う。


「……天使と戦うのは初めてだったようだ。おそらく、神力を目にするのも初めてだったのだろう。しかし途中からは、神力による魔法を無効化してきた。何をしたのかは分からない」


「神力の無効化……。天界の脅威になるかもしれないわね……」


サタンの気配を思い出した途端、セフィリアの背筋を冷たい汗が伝った。


胸の奥で、凍りつくような恐怖がざわめく。


「奴の魔力量はすさまじい。お前らも、あの巨大な氷の柱を見ただろう? 上級魔法の大技を組み合わせていたが、まだ魔力に余裕があるようだった」


「お前の見立てでは、上級魔族か?」


「ああ。上級魔族クラスは間違いないだろう。いずれ“王級”になるかもしれない」


「魔王候補か……」


「ガブリエル様に報告を」


三人はそれぞれの考えを胸に、主であるガブリエルのもとへ向かう。


悠久の時をガブリエルに仕えているが、報告前の緊張は少しも変わらない。


「報告を」


荘厳な玉座に座すその姿は、まさに威光そのものだった。


黄金の装束をまとい、六枚の光翼をたたえた最上位天使の一人。


ガブリエルは無表情のまま、三人を睨みつけていた。


「はい、ガブリエル様……」


アスティマが一歩踏み出し、傷だらけの体をかばうことなく頭を下げた。


なんというプレッシャー。


「魔界にて、未確認の魔人と遭遇、交戦。当初は魔力を隠匿しており、下位魔人と推定されていました。ですが、予想をはるかに超える力を持っており、我々三人は負傷を……」


「手傷を負わされただと……」


無表情だった顔に、かすかな嫌悪感がにじむ。


その声に冷気が混じり、王座の間の空気が一変した。


セフィリアとバルディエルの体が硬直する。


魔王や竜ならまだしも、その辺の野良の魔人に天界の者が手傷を負わされるなど、言語道断。


ゆえに魔界の調査は、上位の天使である智天使――ケルビムや、座天使――スロウンズが、ウリエルという最上位天使、熾天使――セラフィムの保護の祝福を受けて、ようやく行うことのできる特別な任務なのだ。


武闘派であるガブリエルの軍は、戦闘に特化している。


その選ばれし精鋭三名が、負傷して帰還した。


その事実が、ガブリエルを苛立たせていた。


そしてその苛立ちを感じ取り、三人の額にも大粒の汗がにじみ出る。


「姿は?」


「……紫髪。角は羊型。三対六枚の黒翼を持ち、目が七色に輝いていました」


「なに?」


ガブリエルが、わずかに身を乗り出した。


三人は驚きを隠せない。


彼が魔界の報告で動揺することなど、異常であった。


「……奴が。……いいか? このことは他言無用だ。下がれ!!」


ガブリエルがゆっくりと立ち上がる。


三人の座天使は深く頭を垂れたまま、その場を退いた。


そして、ガブリエルは一人つぶやく。


「まさか、生きていたか……ルシファー」

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