45 雷を喰らう儀式
「サタン様! インドラ様がお呼びです」
タマキンが、俺を呼びに来た。
タマキンに連れられて玉座の間へ向かうと、大きな玉座の上に、幼竜のインドラ様がちょこんと座っていた。
『サタン、そしてルシファーよ。そなたたちのおかげで、ようやく組織だった動きができるようになった。礼を言う』
もはや思念伝達のコツを完全につかんだのか、今度は直接、脳内に言葉を送り込んでくる。
しかも最初よりも、かなりクリアな音声として頭の中で再生される。
「ああ。それはお互い様だ。俺たちも、この生活が気に入りつつあるしな」
『感謝する。そこでお前に――力を授けようと思うのだが、受け入れてくれるか?』
「力? ……どういう意味だ?」
『雷耐性だ。お前の肉体を、雷に焼かれぬよう鍛え直す』
「雷に……? それはありがたい。ギガエレキナマズをどうするか、ちょうど考えていたところだ」
『あくまで耐性だ。無効ではないぞ。だが、この能力があれば、成長した我にも騎乗できるだろう。お前たちには、その資格がある』
「なんと!? そなたに騎乗してもよいというのか!?」
そう叫んだのはルシファーだ。
あまりの驚きに、勝手に俺の口を使ってしゃべったらしい。
『今のはルシファーだな。ああ、これは我の誠意と信頼の証と思って受け取ってほしい』
思念と言葉の両方で会話しているからか、インドラ様には、今しゃべっているのが俺かルシファーか判別できるようだ。
「伝説のドラゴンライダーの誕生か。これは本当に、魔界を制覇するのも現実的になってきた!」
ルシファーは、何やら大興奮している。
「なんだ? そのドラゴンライダーって?」
『……そなたは本当に何も知らぬのだな』
呆れたような声が、頭の中に響く。
ルシファーが説明しようとしたが、その前にインドラ様が再び口を開いたため、ドラゴンライダーの話はあとで聞くことにした。
『だが、代償もある』
「代償?」
『授ける間、お前の体は雷で焼かれ続ける。痛みも、恐怖も、避けられぬ。それでも望むか?』
なにそれ。
めちゃくちゃ怖い。
一瞬、場に沈黙が落ちた。
『やめるか?』
俺は大きく息を吸い込み、迷いを断ち切るようにうなずいた。
「……構わない。生き残るためなら、何でも受け入れる」
『よかろう。ならば――覚悟せよ』
インドラ様は、タマ族たちに何やら仰々しい装飾の施された道具を運ばせた。
『これより契約の儀式を行う』
「竜の契約か」
ルシファーがぽつりとつぶやく。
『ふふ、知っておったか。ならば話は早い』
俺は何も知らなかったが、ここは黙って成り行きを見守ることにした。
そう言うと、インドラ様は自らの牙で体を傷つけた。
そこから流れ出た血を、そばに控えていたタマキンが両手で捧げ持った聖杯で受け止める。
一滴たりともこぼすまいと、神経を研ぎ澄ませている。
表情は、これ以上ないほど真剣だった。
ワイングラスほどの大きさの聖杯が半分ほど満たされると、インドラ様は傷口を塞ぎ、タマキンにその杯を俺の前まで運ばせた。
『では次に、そなたの血をこの聖杯に入れよ』
ルシファーは何か知っているようだったが、俺は言われるまま刀で腕を浅く切る。
ジュウベイの作った刀で、最初に斬る相手が自分になるとは……。
軽く当てただけで、薄皮がすっと裂けた。
だが不思議と、痛みはほとんどない。
切れ味が良すぎるせいだろう。
切り口から血がしたたり落ち、聖杯の中へ落ちていく。
「お?」
竜と魔人の血が混ざり合った瞬間、聖杯の中の液体が淡く光を放った。
『それを一口飲め』
うえっ。
血を飲むのは、さすがに抵抗がある。
(いいから飲むのだ)
ルシファーまでそう言うので、俺は仕方なく聖杯を手に取り、ほんのひと口だけ口に含んだ。
鉄の味。
それと同時に、舌がしびれるような感覚が口の中を走り、そのまま喉の奥へ流れ込んでいく。
次の瞬間――
全身を灼くような激痛が走った。
皮膚の下を光が駆け巡り、筋肉が弾け、神経そのものが雷へと変わっていくような感覚。
叫び声は、轟く雷鳴にかき消された。
肉の焦げる臭い。
目を焼くほどの閃光。
それでも俺は、倒れなかった。
「……ぐっ……はぁ……!」
膝をつき、煙を上げる体を支えながら、歯を食いしばる。
「……これが、ドラゴン……雷の力……か」
『そうだ。お前の血は今、雷と一つになった。もう以前のように、雷に簡単に焼かれることはない』
その瞬間、俺の瞳の奥に蒼白い稲妻が宿った気がした。
同時に、自分の内側を爆発的なエネルギーが駆け巡るのを感じる。
ルシファーもまた、内から湧き上がるその力に、しばし呆然としていた。
俺の体から紫電がほとばしり、背中の翼もさらに大きく広がる。
ここまで大きくなれば、自力で空を飛べそうな気さえした。
そして今度は、インドラ様が残っていた血を飲み干した。
すると、インドラ様の体がまばゆく輝き出し、直視できないほどの雷が玉座の間を満たす。
もし先に俺がインドラ様の血を飲んで耐性を得ていなければ、致命傷になっていたか、下手をすれば死んでいたかもしれない。
それほどまでに凄まじい雷が、室内いっぱいにあふれたのだ。
やがて、俺はゆっくりと目を開けた。
そこにいたのは、二メートルほどに成長したインドラ様だった。
成長というより、進化と言ったほうがしっくりくる。
体はひと回りどころではなく大きくなり、その圧倒的な存在感が玉座の間を満たしていた。
こいつはやばい――と、肌でわかる。
体の大きさだけなら、森で出会った一角イノシシより少し大きい程度かもしれない。
だが、その姿から放たれる覇者の風格は比べものにならない。
低級の魔物なら、敵意を向けられた瞬間、恐怖のあまり失神してもおかしくないだろう。
『これで契約は完了だ。しかし、そなたにこれほどの魔力があったとは驚いた』
「それは当然であろう。このルシファーが認めた男なのだぞ。いずれはこの魔界を支配してもらわねばならんからな」
ルシファーはまた俺の口を借りて、好き勝手なことを言っている。
『フハハハ。やはりルシファーは面白い奴だ。まあ、まだその程度の力では、この大陸すら支配できぬだろう。精進するのだぞ』
インドラ様は愉快そうに笑い、それから俺の背中へ視線を向けた。
『それと、その大きすぎる翼はこの砦で暮らすには不便だ。収納しておけよ』




