44 雷帝の国、始まる
「「「えッ!!?」」」
(……)
「とはいえ、我はルシファーを恨んではいない。あれは当時の魔王と神との交渉が決裂した結果だからな。
われは魔界の民を守るために戦ったのだし、そなたは神の手足となって指示に従ったのだろうからな」
なるほど。
だからルシファーは、ここに来てから口数が少なかったのかと、俺は腑に落ちた。
そして、タママタのことを“自分の足元にも及ばない”と言っていたことも、今なら合点がいく。
しかし、ルシファーのやつ、この地の守り神とその側近に致命傷を負わせるなんて、俺の想像を超えるとんでもない力の持ち主なのではないか。
そう推測すると、普段あれほど自信家なのも妙に納得できてしまった。
「しかし、今はそなたも堕天した存在。昨日の敵は今日の友という言葉もある。そこで、われと手を組まぬか?」
「手を組むとは?」
「“われの世話をせよ”と言ったが、訂正する。われとともに、この大陸を治めてくれないか」
俺はその言葉をじっくり吟味した。
そして、心の中のルシファーに問いかける。
(って言ってるけど、どうする?)
(うむ。インドラが孵化した時にも言ったが、我に異論はない。インドラは復活するからともかく、昔このタマ族の者を殺したのは、戦争とはいえ、我もずっと気に病んでいたのでな。何か償わねばと思っていた)
(そうか)
タマゴロウから目の敵にされていたのも、それが原因だったのだなと納得した。
伝承に残るルシファーの姿と、今の俺の姿は似ているに違いない。
少なくとも、羽の生え方は同じだ。
そして俺は、自分が王国を築く姿を想像する。
今までのように、勝手気ままな旅はできなくなるだろう。
自由を愛する俺にとって、それは少しつらい。
だが、野良の魔人だった頃よりは、ずっと安定した暮らしができるはずだ。
仲間もできて、孤独を感じることも少なくなる気がする。
インドラ様がもう少し成長すれば、この国に軽々しく喧嘩を売る者もいなくなるだろう。
安定と保護を求め、さまざまな魔人たちが移り住んでくるはずだ。
戦わずに勢力を広げられる。
そのぶん、多くの食材を狩猟し、栽培できるだろう。
悪くない話だ。
やはり、ここは協力することにしよう。
「協力するさ」
「助かる。では、これよりここに建国を宣言する」
インドラ様は厳かに宣言した。
その言葉を脳内で通訳していたタマキンは、驚きのあまり目を剥いている。
「建国って……国を作るのか?」
「ああ、そうだ。タマ族だけでは、この大陸全土を支配するのは無理だからな。この地に住まうさまざまな種族を仲間にし、繁栄した国を作るのだ。
物々交換だけで物をやり取りするのではなく、貨幣という仕組みも考えた。武力だけでなく、経済力でも確固たる国を築くのだ」
「経済ってなんだ?」
「経済とは、必要なところへ必要なものを届ける仕組みだ。
皆が価値あるものだと認める物――つまり“貨幣”を用意し、それを介して物を交換するのだ」
「ん? 普通の物々交換じゃだめなのか? なんで貨幣に変える必要がある?」
「ふむ。物々交換では、まず重い荷物を運ぶのが大変だ。さらに、食料のようなものは交換相手が見つかる前に腐ってしまう。そこが大きな欠点だ」
なるほど。
物々交換ではなく貨幣を持つことで、運搬性と保存性に利点が生まれるのか。
持ち運びに気を使わなくていいのは、かなり便利そうだ。
「それに、経済が発達すれば各地で採れる食料がこの地に集まる。そなたの望む食材も思うがままだ」
「ほ、本当か!? ……それは早く発展させねばな」
経済とやらを発達させれば、うまいものが食べ放題。
夢のような話に、俺の心は一気に舞い上がった。
「俺は何をすればいいんだ!?」
「フフ。そなたは経済活動に関わらなくてもよい。商いはタマ族の得意分野だ。
そなたの役割は、他部族との衝突に備えた戦力増強だ。もちろん、われの成長に必要な素材集めもな。
我が十分に成長するまでは、他部族に侵略されぬよう水面下で動く必要がある」
「そうか。それなら、ワ族の者もこの地に連れてきていいか?」
「もちろんだ。これからは人手がいくらあっても足りぬ。タマキンよ、ワ族のもとへ使者を遣わせよ」
「は、はい!! ただいにゃ……ただいま手配いたします!!」
タマキンは、すぐさまタマゴロウに報告しに行った。
痙攣していたタマゴロウに水をかけて正気に戻したのち、建国のご意向が下ったと伝える。
タマゴロウは驚きつつも、すぐに納得したようで、使者隊を編成して各種族のもとへ向かわせた。
さらに、各種族を迎えるための城下町建設と、法律の制定まで指示し始める。
ゲキマタタビを前にするとだいぶだめな感じになるが、本質的にはやはりしっかりしたリーダーなのだと感心した。
そうして、インドラ様との国づくりの構想についての話し合いは、何日にもわたって続いた。
インドラ様が頂点に立ち、その次の地位に俺が就くことになった。
また、インドラ様とタマゴロウ、そして俺との話し合いを重ねるうちに、タマゴロウの俺への嫌悪感も薄れていったようだった。
「インドラ様がサタン……様を推薦なさるのなら、私はそれに従います。ただし、まだおぬしの実力を認めたわけではないからな!」
「それは手厳しいな。わかった。期待に応えられるよう努力しよう」
どうやら三百年前の天魔大戦で、先祖とルシファーが戦ったことは、タマゴロウをはじめ長老たちの間で伝承として受け継がれていたようだ。
やがてタマ族も集められ、幹部たちはそれぞれ要職に就くこととなった。
タマゴロウは経済長官。
タマキンは造幣局長。
タマヒエは特産品局長。
タマブラは食料管理局長。
そしてジュウベイは武具管理局長に就任した。
どれも妙に格好いい響きの役職名である。
各々が目的を持ち、働くことになった。
そんなふうに会議を重ねているうちに、タマ族の案内によって、ワ族の者たちも一族とユニコーンを引き連れてこの地へやって来た。
「おばあ様!!」
「おお、ヨルカ! 元気にやっていたかい?」
「はい。おばあさまのおかげで、知見を広げることができております」
イルカは「それはよかった」と頷き、それから少し遅れて迎えに来た俺へ挨拶をした。
「おお、サタン様。しばらく見ないうちに、また一段と凛々しいお姿に……。われら一同、ここに移住したく存じます」
イルカが嬉しそうに頭を下げる。
「イルカも元気そうでよかった。しかし、いいのか? 家や土地を捨ててまで、ここに来て」
「何をおっしゃいますか! 復活したインドラ様のお膝元、この聖地に住めると聞いて、移住しないという選択肢があるはずがございません。私たちはこの地に住める幸運を、心より感謝しているのです」
なるほど。
思った以上に、インドラ様の威光はすさまじいらしい。
「サタン様はご存じないかもしれませんが、インドラ様の復活が知れ渡れば、このユーザルト大陸は間もなく安泰へ向かうことでしょう」
「インドラ様は、ユーザルト大陸に住む者たちの心のよりどころみたいなものか?」
「いえ、それ以上の存在であります。たとえるなら、守り神がそのまま具現化したお姿――そのような存在でございます」
「なるほど。お前たちにとっての“神”ってわけか」
「さようでございます。見返りも実益もない、ほかの土地の神とは違います」
神というものは、その土地や立場によって随分違うのだなと実感した。
俺は、次々と荷物を抱えてドーム状の岩宿へ入ってくるワ族の者たちを眺める。
「ワ族って、こんなに人数多かったか?」
「ああ、実はですね。服装が変わってわかりにくいかもしれませんが、この者たちは元ゴルド族の者たちです」
「なに!? 同族として扱うことにしたのか!?」
びっくりである。
言われてみれば服装は変わっているが、耳でできた首飾りをしている変態占い婆が、ワ族の列に紛れている。
襲撃してきた相手とともに住む。
イルカとワ族の懐の深さには感心するほかない。
「サタン様の御威光のおかげでございます。あの者たちも今では愚かなことをしたと反省しておりますし、サタン様のもとで仕えたいという者が多かったのです。これもひとえに、サタン様のカリスマ性がなせる業でしょうな」
ヨルカもイルカも、なぜか俺にカリスマ性を見出している。
こいつらの目には、俺はいったいどう映っているのだろうか。
「とりあえず、インドラ様に挨拶しに行って、それからこの地での役割を決めてもらうぞ」
「ハハッ! われら一同の忠誠は、インドラ様とあなた様のものです」
イルカの言葉に続き、ワ族一同が俺の前にひざまずいた。
「ところで、これだけの人数を引き連れてきて、尾行されなかったか?」
これだけの大所帯だ。
目立たないはずがない。
「ご心配なさらずニャ。タマ族は拠点を転々とする身。移動中に使う幻覚魔法も代々受け継がれているのですニャ」
ざっと八十人の身を隠せる幻影魔法。
基本的に幻影魔法は、その土地に固定して使うものだ。
移動中に展開できるとなれば、相当高度な術式なのだろう。
「ほんとに、タマ族の幻影魔法はすごいな」
「褒めていただき光栄だニャ。これもインドラ様のたまものだニャ。さあさあ、このままインドラ様のもとへ参りますニャ」
ワ族一行はインドラ様のもとへ向かった。
そして、謁見を無事に終えて出てきた一同は、歓喜のあまり皆むせび泣いていた。
「なんと神々しい……」
「生きていてよかった……」
「これから全力で貢献しよう!」
……よくわからんが、やる気が出たなら何よりである。
その後、この地でのワ族の役割を決めることになった。
イルカとヨルカは当然、料理長。
そのほかの女性陣も家事担当となった。
なお、初めて食堂に足を踏み入れたイルカが絶叫し、その場で腰を抜かしたのは秘密である。
何しろ、あそこには“山盛りネズミ”があったのだから。
以前ゴルド族だった者たちは、国の警備の仕事に就いた。
その中でも一番強そうな青年がいたので、俺はそいつを隊長に任命した。
「このザンパ、このような名誉を賜り、感激です!!」
今は幻覚魔法があるおかげで、侵入者もいない。
正直、今のところは名ばかりの役職だ。
だが、インドラ様が成長し、大々的に建国を喧伝する時が来れば必要になる。
建国し、経済活動を行うとなれば、いずれは幻影魔法も解除しなければならないのだから。
「よろしく頼むな。今は出番はないが、来る日に備えて隊員たちは鍛えておけ」
「ハハッ!」
「ところで、なんだが……。ゴルド族だったお前は、仲間を殺した俺を恨んだりしてないのか?」
俺は、ずっと心に引っかかっていたことを口にした。
どんな理由があれ、俺は彼らの仲間を殺したのだ。
正当防衛だったとはいえ、そこははっきりさせておきたかった。
「恨むなど、とんでもありません。村に攻め入ったのは我らの身勝手さが原因です。それなのに、あなた様は我らを皆殺しにはせず、ワ族の村の者たちは捕虜となった我らを丁寧に扱ってくれた。奴隷にされてもおかしくない状況でした。感謝こそすれ、恨むなどあり得ません。これは皆、同じ気持ちです」
屈託のない、さわやかな笑顔だった。
その言葉に、欺瞞は微塵も感じられない。
「そうか。それを聞いて安心した」




