43 再会の先に待つもの
俺は魔力感知を維持したまま、目的の場所へ駆けていた。
幻覚呪文の領域を抜け、森を駆け抜け、ひたすらまっすぐに走る。
すると前方に、探していた人物たちの姿が見えた。
「ゾイル! ヨルカ!」
俺は笑みを浮かべ、手を振りながら声をかける。
二人は一瞬、驚いたような顔をした。
だが俺だと認識すると、すぐに嬉しそうに表情をほころばせた。
「サタン様!! 探しました!」
「そうですよ! 私たちを置いていくなんて、ひどいじゃないですか!!」
ゾイルは嬉しそうに手を挙げて応え、ヨルカは泣き出しそうなぐしゃぐしゃの顔で俺に訴えた。
「悪かった。とはいっても、その時の俺には意識がなかったんだが……」
「それです! だいたいのことは理解していますが、ちゃんとサタン様の口から聞きたいんです。もちろん説明してくれますよね?」
ヨルカは鼻をすすりながら、怒りとも困惑ともつかない表情で、それでもまっすぐ俺の目を見つめて言った。
「もちろんだ。あのあとも少しいろいろあったからな。場所を移そう」
俺もまた二人の瞳を見つめ返し、すべて話そうと決めた。
「わかりました。それとサタン様……」
ゾイルは何かを伝えようとしたが、言わんとしていることはすぐにわかった。
「ああ、わかってる。ファイヤーキャノン!」
俺は詠唱破棄で魔法を放つ。
猛スピードで飛んだ高熱の塊は、二人の間をすり抜け、その後方の木の上にいた羽虫を焼き尽くした。
「熱っ!! びっくりした!! やるならやるって言ってくださいよ」
「それを言ったら逃げられるだろ」
そう。
監視のために、一匹の羽虫がずっと二人の後をつけていたのだ。
二人も気づいていたようだが、隠れ里の近くで始末しても、すぐ代わりが来る。
だからあえて、ここまで放置していたのだろう。
「しかし、これで話を聞かれることもないな。一応、念のために姿も消しておくか」
俺はそう言って二人の肩をつかみ、インビジュアルのスキルを発動した。
「なっ!?」
「うそ!?」
二人は驚きのあまり絶句している。
急に自分たちの姿が消えたのだから、無理もない。
「まあ、いろいろ説明はあとだ。とりあえず、この糸を握って俺の後についてきてくれ。糸を離すなよ。お互い姿が見えないから、絶対にはぐれる。特にヨルカ」
「私だって偵察係だったんですから、跡くらい追えますよ!!」
俺は自分の指先から無色の糸を伸ばし、二人に持たせると、そのまま駆け出した。
ぐずぐずしていたら、また追っ手が来るに違いない。
「今は何も問いません……了解しました」
そう言って、二人も何も言わず、糸に導かれるままついてくる。
そうして俺たちは、タマ族の住処を覆う幻覚魔法の影響範囲まで戻ってきた。
そこで二人の透明化を解除し、秘密の集落へと案内する。
「なんと……これはすごい幻覚魔法ですね。われらの隠れ里の隠匿の術がかすんで見えます……」
「あの~、そもそもここって?」
狭い洞窟を抜けると、そこには首領のタマゴロウが待ち構えていた。
「サタン!! 勝手に出て行ってもらっては困りますぞ!」
首領は怒りの表情を浮かべて俺たちを出迎えた。
いや、出迎えたというより、待ち構えていたというべきか。
タマゴロウの尾が、パチンと床を打つ。
しなやかな体はぴんと張りつめ、金色の瞳が鋭く細められる。
「そして、なんですか!!? その魔人たちは!?」
俺はひとまずタマゴロウの怒りを無視し、二人に彼を紹介した。
対タマゴロウには、ちゃんと秘策がある。
「こちらは、ここの首領のタマゴロウさんだ」
「猫……」
ゾイルはなぜか、うっとりした表情になっていた。
「ちょっと、サタン様。この猫……タマゴロウさん、めっちゃ怒ってますけど、大丈夫なんですか?」
ヨルカは心配そうにこちらを見てくる。
タマゴロウは毛を逆立て、耳を後ろに伏せ、さらには言葉にならない声でうなっていた。
「まあ、ちょっと見てろって」
二人にそう言うと、俺は先ほど走りながら採取してきた植物の葉と実を、タマゴロウに差し出した。
「タマゴロウさん、タマゴロウさん。この葉っぱと実、いりませんか? 何かと忙しいタマゴロウさんのために採ってきたんですが……」
タマゴロウの顔が、驚愕へと切り替わる。
「にゃにゃ!!? そ、それは!!?」
差し出された物が信じられないのか、怒りなどすっかり忘れてしまったようだ。
「必要ないなら仕方ありませんね。タマ族の皆さんにお配りしましょう」
食い入るように見つめる。
「ゲキマタタビ!! しかも、ゲキマタタビの実まで!?」
よくわからないが、レアな品物もあったようだ。
「タマキンさんや、ほかの人たちに配りますね」
「待て待て!! わしも少し言いすぎたゆえ、落ち着くとよいぞ。サタン殿が儂のためにそれを採取してくれたというのなら、勝手な外出も不問にするとも!」
「……それから?」
「もちろん、その二人のことも客人として迎えよう。だから早くそれを!!」
勝った。
タマゴロウ、ちょろすぎる。
俺がゲキマタタビの葉と実を差し出すと、タマゴロウはそれをひったくるように受け取り、鼻先へ持っていって深く息を吸い込んだ。
次の瞬間、タマゴロウは快感に溺れ、びくびくと痙攣しながら地面に伏してしまった。
どうやら刺激が強すぎたらしい。
すると倒れたタマゴロウに代わり、黒猫のタマキンが対応してくれた。
「おかえりなさい、サタン殿。インドラ様が客人と一緒に来るよう仰せですので、どうぞこちらへ」
タマキンについていきながら、ゾイルが俺に問いかける。
「サタン様、ここはどこなのですか?」
俺は、ルシファーから聞いた話も含め、これまでのいきさつを二人に聞かせた。
「「なんですって!!? ここに雷帝様が!?」」
ここにインドラが先ほど生まれたと告げた瞬間、ゾイルもヨルカも同時に驚きの声を上げた。
「二人とも知っているんだな」
あまりの驚きように、逆に俺のほうが驚く。
どうやら、何も知らなかったのは俺だけだったらしい。
「当然です!!! この大陸の伝説なのです。まさか実在されていたとは……」
ゾイルは心底驚いた顔のまま、口を半開きにしていた。
「この大陸の者は、幼い頃から言い伝えや昔話を聞いて育つのですよ! 私もおばあさまからよく聞かされていました」
「生まれたのは、さっきだがな」
「それもびっくりですよ。ちょうどサタン様がこの集落に来た時を見計らっていたとしか思えません!」
ヨルカも興奮して、声が大きい。
「インドラも卵の中で外の様子をうかがっていたらしい。俺が来たタイミングで孵化したのは間違いないと思う」
「もしかして、サタン様の中の天使……みたいな者と関係が?」
ヨルカが、ずっと気になっていたのだろう疑問を口にした。
その問いを聞いて、俺もこの際だからと説明することにする。
「ああ、それについてだが……俺の中にいるのは、天界から追放された堕天使だ。肉体が滅びかけた時に、偶然受肉してしまったんだよ。先日、天から落ちてきた光もこの堕天使だ。黙っていたのは、このルシファーという堕天使が、二人が思っている以上に災いと祝福をもたらす存在で、秘密にしておいたほうが危険が少ないと判断したからだ」
「サタン様に害はないのですか?」
「うーん。何かと理由をつけて敵と戦わせようとすること以外、害はないな。むしろ、今までの戦いでは助けられっぱなしだし」
「乗っ取られる心配は?」
ゾイルが核心を突く質問をした。
「……それについては、ないとは言えないな。しかし、俺はこいつを信頼しているし、先日の件も、俺が毒豚で気を失って、その間ルシファーが代わりに体を動かしてくれていたのが原因だしな」
「……だいたい事情はわかりました。それでは私たちも、あなたが信じるルシファー様の存在を信じることにしましょう」
「ありがとう」
「しかし、ジュウベイさんがサタン様と一緒にいるのは驚きました。あの人は里でも気難しい人で、誰かの下につくなど考えられませんでしたからね」
「サタン様のカリスマ性を考えれば当然です!!」
なぜか誇らしげなヨルカ。
俺にカリスマ性などないと思うのだが。
「たぶん、カリスマ性というより、単純にマタゾウのお付き人のカオナシを助けたからだと思うぞ。正体を知ってしまった以上、里にはいられなかっただろうし」
「あの黒子がカオナシだとは……」
ゾイルもまた、頭を悩ませる問題が増えたとばかりに頭をかいている。
「ところで、お前たちはあのあと里で何事もなかったのか?」
「はい。監視虫をつけられたこと以外は、特に何も」
「サタン様と接触すると思って、きっと泳がされていたんでしょうね」
「それならいいんだ。ただ、ベルゼブブの配下がこのあたりに集結したらしい。気をつけたほうがよさそうだ」
「サタン様なら余裕なのです」
ヨルカの俺への信頼感が半端ない。
「うん……まあ、戦ってみないとわからないよな。ただ、言えるのは、インドラ様が成長するまでは油断できないってことだ」
そのためにも、限界突破に必要な素材の確保が急務である。
「逆に言えば、成長したインドラ様がついていれば、いくら強大な魔人でもそう簡単には手を出せないでしょう」
「その通り!」
すると、先を歩いていたタマキンがこちらを振り返った。
「さて、皆さま。お話はそのあたりで。それとサタン殿。われら一族の前で話す時は、インドラ様にはきちんと“インドラ様”と敬称をお使いください」
「おっと、失礼した」
俺は素直に頭を下げた。
「インドラ様! サタン殿と、そのお仲間です」
玉座へ続く門を開け、タマキンはうやうやしく頭を下げる。
「ククキュイクキュイククク」
「ようこそ、お客人。あなた方を歓迎すると仰せです」
タマキンが通訳する。
「キュイキュイクククギュウ」
「ところで、タマキンから事情を聞いたか、と仰せです。ギガエレキナマズのことですな」
「ああ、聞いた。当然引き受ける。だがその前に聞かせてくれ。なぜ俺が来たタイミングで生まれてきたんだ?」
タマキンを通して会話するのは面倒だな、と俺が思ったその時だった。
インドラ様も同じことを思ったのか、驚くべき方法を取った。
『聞こえるか?』
インドラ様は、タマキンの脳を通し、俺たち全員へ思念を飛ばしてきたのだ。
インドラ様の言葉が、タマキンの頭の中で言語変換され、そのまま俺たちへ伝わってくる。
耳ではわからないのに、頭の中では意味がわかる。
なんとも奇妙な感覚だった。
タマキンは驚いた表情を浮かべたが、インドラ様の話が終わるまで口を挟まず、静かに聞いていた。
『昔、この集落に、タママタというそなたのような天使の受肉体がいた。その者は強く、寿命という概念すら超越し、長年にわたって我に仕えてくれていたのだ。われはその者を気に入っていた。しかし三百年前の天魔大戦によって、タママタも、われも、天使の軍勢に致命的な深手を負わされた。その時に戦った天使は……お前の中にいるルシファーだ』




