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42 タマ族の秘蔵庫

「これは驚いた。バジリスクの酒漬けがあるぞ!!」


高さも横幅も五メートルを超える巨大なガラス瓶。

その中の液体に漬かっていたのは、雄鶏のとさかを持ち、二枚の翼を生やし、尾の先が槍のように尖った巨大な蛇だった。


この魔獣はバジリスクと呼ばれ、格付けでは中位魔獣にあたる。

牙には猛毒を持ち、さらに目からも毒と同じような呪いを放つことができる化け物だ。


その呪いは、《視毒呪》と呼ばれている。


もちろん今は死んでいるため、目が合ったところで死にはしない。

だが、生きているバジリスクに見つめられれば、飛ぶ鳥さえ撃ち落とすと言われているほどだ。


視線だけで相手を殺す。

なんという理不尽性能。

神様、ちょっと盛りすぎではないだろうか。


そんな反則級の魔獣を、いったいタマ族はどうやって仕留めたというのだろうか。


「フフフ。ニャンと、このバジリスクは私たちが若いころに仕留め、この酒の中に漬けたものです。運ぶだけでも大変だったんですよ?」


「見られるだけで死んでしまうと言われるバジリスクを、いったいどうやって……」


ジュウベイは驚きのあまり、言葉を失っていた。


「それはですね。まず、われらの得意な幻術魔法をかけまして、虚像を作り出したのです。そこでバジリスクは、その恐ろしい目で虚像をにらみつけるのですが、当然効果はありません。その隙に、ぴかぴかに磨き上げた金属を用意し、バジリスクの面前に持っていく。そして幻術を解除してやると、自分自身と目が合い、自らの呪いであえなくご臨終、というわけです」


タマキンは、どうだと言わんばかりの顔で胸を張った。


自分の視線で自分が死ぬとは。

無敵に見える能力でも、返し技ひとつで終わることがあるらしい。


……というか、最期がそれでいいのか、バジリスク。

魔獣界でもかなり恥ずかしい死因ではないだろうか。


「おお、これはマンティコアの足と尻尾か!」


マンティコアとは、赤い人面に獅子の体、そしてサソリの尻尾を持つ魔獣である。

口の中には何列もの鋭い牙が並び、見た目だけなら悪趣味の見本市みたいなやつだ。


しかも、サソリの尻尾からは毒針を飛ばしてくる。

格付けとしては下位魔獣だが、この保管庫にはかなりの量の肉が蓄えられていた。


「さすがはジュウベイ様、よくご存じで。これはマンティコアの肉ですニャ。こいつはどう猛で、強力な顎を持ち、群れで襲いかかってくる危険な魔獣ですニャ。正面から戦うにはとても危険ですが、頭が悪いので、幻術魔法と罠を組み合わせれば簡単に捕獲できるのです。雑な幻影にもあっさり引っかかる奴でして」


「幻術魔法をうまく使えば、戦わずとも勝てるのだな」


俺も感心したようにうなった。

世の中、筋肉より頭のほうが強い時もある。

いや、この場合は猫の幻術のほうが強いのか。


「さてさて、私たちは採取のほうも得意でして、ここからはキノコや山菜、魔鳥や魔爬虫類の卵なんかもたくさんありますニャ。なんせインドラ様は三百年もお眠りになっていたので、食料はたんまりあるのです」


「インドラ……様も山菜やキノコを食べるのか?」


見た目はどう見ても肉食だが……。

あの牙と爪で山菜をもしゃもしゃ食っている姿は、ちょっと想像しづらい。


「はい。伝承によれば、インドラ様は何でも召し上がるらしく、中でも毒性のある魔獣の肉を好んで食べるそうです。ただし、成長段階で節目を迎える時期には、捕獲が難しい強力な魔獣の肉が必要とのことですニャ」


「強い魔獣の肉? それは、あの幼竜の状態で自分で戦うってことか?」


「いえいえ!! 今のインドラ様をそのような危険にさらすなど、とんでもございません! その魔獣を捕まえるのも、われらの仕事ですニャ」


インドラの世話も大変なんだな、と俺は思った。

寝床、食事、遊び道具、そのうえレベルアップ用素材の調達まである。

ほぼ貴族の子育てである。


改めて目の前のタマキンを見る。

どう甘く見積もっても、下位魔人程度の実力しかなさそうだ。

弱点のある魔獣なら知恵と罠でどうにかなるかもしれないが……。


「タマ族に、それらを捕まえられる者はいるのか?」


一応、聞いてみることにした。


「先ほど先人たちの残した資料を確認しましたが、インドラ様の成長に必要な食材の入手は、残念ながら今の我々では捕獲も狩猟も難しい相手ですニャ。ああ、どこかにその強い魔獣を倒してくれるお方がいないだろうか……」


タマキンは天を仰ぎながら、ちらりとこちらを見てきた。


おい。

その“偶然見ました”みたいな顔でこっちを見るな。

雑すぎる振りだぞ。


「もしかして……インドラ様がサタンの旦那に自分の世話をしろって言ったのは……」


ジュウベイも、その結論にたどり着いたようだ。


「そうなのです!! きっとインドラ様は、サタンの戦力を当てにしておられるのですニャ!! なんという深謀遠慮!!」


「いや、たぶんそこまで考えてないだろ。『なんか使えそうなの来た』くらいじゃないか?」


とはいえ、たぶん本質はそこまで外していない気もする。

幼竜なのに、すでに使う側の発想をしているあたり、さすが竜である。


俺はため息をつきながら、話の先を促した。


「それで? どういう魔獣を倒して、捕まえてくればいいんだ?」


「おお、引き受けてくださいますか!?」


白々しい。


「ああ、演技はいいから早く教えてくれ」


「フフ……まずインドラ様は幼竜期。その壁を突破するには、中位魔魚ギガエレキナマズを捕まえてこなければなりませんニャ。もちろん、タマ族は泳げないので、協力はできませんよ?」


言い切った。

手伝えない部分だけは実に堂々としていた。

せめて申し訳なさそうに言え。


「水中戦になると考えられますので、注意してくださいニャ。ギガエレキナマズは成長すると五メートル級の大魚となり、なんでも口にしてしまいます。それに普段は水面に顔を出さないので、捕獲がかなり難しいのです。水の中に入ってしまえば、電気に身を焼かれたうえで体の自由を奪われ、そのまま溺れてしまいますから」


タマ族は雷無効の能力を持つため、防御面では相性がよさそうだが、泳げぬ以上、水中では食われて終わりらしい。


「怖いこと言うなぁ。昔はどうやって捕まえていたんだ?」


「それが分からぬのですニャ。はるか昔には、われらの一族にも強力な個体がいたのですが、インドラ様が眠りについて以来、力のある個体も生まれてこず……。その強力なご先祖様は、まるで散歩のついでのようにギガエレキナマズを取ってこられた、としか記述がなく……」


ご先祖様すげー!!


いや、本当にすごい。

情報量が少なすぎるが、とにかくすごいことだけは伝わる。

歴史書の雑な伝説パートみたいだな。


俺はふと思いついたことを口にする。


「そのご先祖様って、タマ族の進化後の姿なのかな?」


「おそらく。強力なご先祖様は、尻尾が二本に分かれ、背中からは二対四枚の羽が生えていたそうですニャ」


「旦那と似ていますね」


ビンゴ。


おそらくだが、その強力な先祖は、俺と同じように堕天した天使が受肉した存在ではないだろうか。

受肉したあとに進化したのか、進化後の肉体に天使が受肉したのかは分からない。


だが、もし堕天使が受肉していたのなら、タマ族の中にも強者が生まれる可能性は高い。

ちょうど、俺とルシファーのように。


(二対四枚の羽なら、おそらく主天使から智天使くらいの天使が堕天し、受肉したのだろうな)


ルシファーが頭の中でそっと教えてくれる。

やはり正解だったようだ。


(ふーん。そう言われても、いまいちピンとこないんだが……強いのか?)


(足元にも及ばないな)


(相変わらず自信家だな)


(事実だ)


はいはい。

出たよ、いつものルシファー節である。


(そもそも、天使が堕ちることってよくあるのか?)


(基本的には、神の意志に反した時だけ堕天するのだ。よくある話ではない)


神への反逆。


俺からすれば、自分の意思を持って意見を言うことの、何が悪いのかと思う。

だが、天界ではそうした行為すら許されないのだろう。


清浄な空気があり、食うにも困らない。

確かに“天国”なのかもしれない。


だが、住みやすいかどうかは別問題だ。

飯がうまくても、上司が面倒なら地獄みたいなものだしな。


(そうそう、先ほどから少し気になる気配がある。魔力感知を広げてみろ)


そう言うと、ルシファーはまた心の奥へ引っ込んでしまった。

言いたいことだけ言って消えるあたり、本当に偉そうである。


言われた通り、俺は魔力感知の能力を最大限まで広げてみる。


膨大な情報量が、一気に頭の中へ流れ込んできた。

脳みそに無理やり地図を詰め込まれたような感覚だ。


そして、その中に俺が探していた者の魔力を見つける。


「タマキンさん。悪いが、俺は少しだけ外に行く!」


「早速討伐に行くのニャ?」


「いや、その前に仲間と合流だ!」


俺はにやりと笑い、そのまま駆け出した。

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