38 竜のタマゴ
「おうおう。こんなところにタマ族がいるとは驚きだな。おめえがいるってことは……その怪しい卵、やっぱり竜の卵だな!!」
どうやら、この二足歩行のネコはタマ族というらしい。
そして、この卵はやはり竜の卵ということか。
タマ族と竜の卵にどんな因果関係があるのかはわからない。
だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
八人の盗賊魔人に囲まれてしまったのだ。
この立ち位置では、間違いなく俺たちまで巻き込まれる。
「ニャに者だ!? お前たちは! ……そのいでたち、お前らが噂の魔人盗賊団ゴロツキーだな!」
白ネコは震える声で、盗賊たちの正体を問いただした。
「その通り。俺たちは新進気鋭の盗賊団ゴロツキーだ」
先頭に立つ男が、にやにやと笑いながら胸を張る。
「俺たちの財力と戦力を拡大するために、その卵を渡してもらおうか。素直に渡せば、ケガせずに済むぜ」
「こ、断る!」
「ならしょうがねえな。少し痛いかもしれねえが、眠っててもらうしかない」
盗賊団はいやらしい笑みを浮かべたまま、白ネコとの間合いをじわじわと詰めていく。
いくら見えないとはいえ、このままではぶつかって確実にばれる。
それなら、存在を知られていないうちに奇襲をかけたほうがいい。
俺は、フローズン・ファングフィールドを唱えようとした。
これで盗賊団ゴロツキーをまとめて凍らせる――はずだった。
だが、なぜか魔法が発動しない。
それは俺だけではなかったらしい。
盗賊団の一人が慌てたように叫んだ。
「オヤブン! 魔法が発動しません!」
「何!? ……いや、そういえばそうだった!」
オヤブンが、はっとしたように目を見開く。
「ドラゴンの鱗には、魔法妨害結界が常時発動してるんだった!」
どうやら思い出したらしい。
「でも、生まれてませんよ?」
「卵の状態なら、その殻がその役割をしてるんだろうさ」
その会話を聞いて、白ネコが驚いたように反応した。
「なんでお前がそんなことまで知ってるんだにゃ!? それは一族だけが知る秘密のはずニャ!」
「ははっ。金になりそうな知識は、だいたい知ってるのさ」
なるほど。
だから魔法が発動しないわけか。
妨害結界の有効範囲がどこまでなのかはわからないが、この場では魔法は使えないらしい。
なら、肉弾戦に持ち込むしかない。
しかし、このオヤブンはなかなか侮れない。
お宝のありかを嗅ぎ分ける鼻も、知識の深さも、勘の鋭さも相当なものだ。
俺は半ば感心しながら、この状況をどう打破するか考える。
別に、このネコを助ける義務があるわけじゃない。
だが、なんだか放っておけない感じがした。
俺は透明化したまま刀を抜いた。
卑怯かもしれない。
だが、相手は盗賊だ。
ここは目をつぶってもらおう。
そして、迫りくる一団に向かって横一閃。
「うわあ!!」
「ぐあっ!」
「ひいっ!」
何が起きたのか理解できないまま、盗賊たちが次々に悲鳴を上げて倒れていく。
「な、何が起こった!?」
一行は一気にパニックに陥った。
俺は戸惑う盗賊たちを、次々と切り伏せていく。
いや、正確には峰打ちで無力化していく。
そして、残るはオヤブン一人となったところで、俺たちは透明化を解いた。
突然姿を現した俺たちに、オヤブンも白ネコもそろって目を見開く。
姿を消したまま討伐してもいいが、このネコには恩を売っていろいろ聞き出したい。
「さて、残るはお前だけだな。どうする? ここで俺とやるか?」
「誰だ、お前!!?」
「俺の名はサタンだ」
「お前、よくも俺の可愛い子分を!!」
「お前の子分は俺が無力化しただけだ。安心しろ。峰打ちだから死んではいない。脳震盪くらいは起こしてるだろうがな」
「黙れ! 子分たちの無念、俺様が晴らしてやる!」
……全然話を聞いてないな、こいつ。
オヤブンは槍を構え、鋭い突きを連続で繰り出してきた。
「だから、お前の子分は誰一人死んでねえっての」
だが、なかなか鋭い突きだ。
木すら貫きそうな威力と速度がある。
しかも槍はリーチが長いぶん、刀で間合いを詰めるのも簡単じゃない。
とはいえ、魔法を使えなくても、オヤブンは俺の敵ではない。
ホクサイの地獄みたいなしごきに耐えた今の俺なら、この程度の槍術、片手でもさばける。
それに驚いたのは、ジュウベイが鍛えたこの刀だ。
オヤブンが遠心力を乗せて振るった槍の横薙ぎを受けても、刃こぼれひとつしない。
物理的な耐久も申し分ない。
相手の実力の底が知れたところで、俺は反撃に出た。
竜の卵のせいで魔法は使えない。
だが、魔力を武器に纏わせることまでは妨害されないらしい。
俺は刀に魔力を纏わせ、軽く振るってみた。
すると、頑丈そうな金属の槍が、まるで野菜でも切るみたいに、あっさり真っ二つになった。
「なにっ!?」
「勝負あったな」
俺は刀を下ろして言う。
「とりあえず、今のお前じゃ俺には勝てない。わかったら、このネコと卵は諦めて引け」
オヤブンは悔しそうに歯ぎしりした。
だが、この状況では勝ち目がないと理解したらしい。
切断された槍を投げ捨てる。
「くそっ!! 覚えてろよ!」
そう言って、地面に倒れていた子分たちを次々に担ぎ上げて逃げていった。
……七人まとめて持ち上げるのか。
すごい力持ちだな。
そう思いながら、その背中を見送った。
仲間を置いていかないあたり、そこだけはちょっと好感が持てる。
「さて、大丈夫――か? ……あれ!?」
俺は振り返って、白ネコと卵のほうを見た。
だが、そこにいるはずの姿がどこにもない。
「旦那、あのネコなら、盗賊団とやり合い始めたあたりで逃げていきましたよ?」
「あ、そう……」
なんともちゃっかりした性格だ。
まあ、俺が善意の存在かどうか向こうにはわからない。
そう考えれば、その行動も間違いではないのかもしれない。
「ちなみに、どっちへ行ったかわかるか?」
「あっちです。ついてきてください」
ジュウベイのあとを追うと、ほどなくしてネコを見つけた。
やはり、自分の体高と同じくらいもある大きな卵を抱えたままでは、そう速く移動できないらしい。
というか、あれ、前見えてるのか?
案の定、ネコは二足歩行でふらふらとどこかへ向かっている。
俺たちは静かに、そのあとをついていった。
「どこへ向かってるんだろうな?」
「まあ、あの状態で旅してるわけじゃねえでしょうし、この辺に隠れ家でもあるんじゃないですかね」
するとネコは、ぴたりと立ち止まって周囲を見回した。
俺たちは慌てて物陰に隠れ、様子をうかがう。
ネコはしばらくあたりを確認したあと、植物に覆われた岸壁の中へ、すっとすり抜けるように消えていった。
「消えた!?」
「旦那、行ってみましょう」
俺たちは焦る気持ちを抑えつつ、警戒しながらその地点へ近づく。
「たしかこの辺で……おっと、旦那! ここです!」
ジュウベイが何かを見つけたらしい。
「ほら、ここの岩肌と、その切れ目を挟んだ向こう側の岩肌、微妙に違うのわかりますか?」
垂れ下がった植物をめくると、亀裂のように見える細い隙間があった。
その境目を挟んで、左右の岩肌の質感がわずかに違って見える。
「しかし、この隙間を通るのは無理が……おお!?」
俺が言いかけたところで、ジュウベイの腕が岩の中に突き刺さった。
いや、これは――。
「こりゃ、幻覚魔法だな」
ジュウベイが唸る。
目の前の岩壁は、本物にしか見えない。
第三の目で見ても同じだった。
「あのネコが、この高等な幻覚魔法を?」
「そうとしか考えられませんな」
「何者だ、あいつ……」
ただのかわいらしい魔獣かと思っていたが、どうやら認識を改める必要があるらしい。
「あのタマ族ってのは、雷帝インドラに仕える配下一族だったはずですよ。というか、この辺り一帯の部族は、昔はみんなインドラに仕えてたんですが……」
つまり、今も卵を守る役目を受け継いでいるということか。
「そのインドラは、いつ死んで卵になったんだ?」
「伝承じゃ、およそ三百年前です」
「まじか。どんだけ卵のままでいる気なんだ?」
「これほど長い間孵らねえのも、たぶん記録更新中でしょうね」
そうなってくると、世界に十体しかいないって話も、ちょっと眉唾だな。
「それで、旦那」
ジュウベイが振り返る。
「ここまでネコを追いかけてきましたが、どうするつもりなんで?」
「うん。好奇心で追いかけてきたけど……その先は考えてなかった」
二足歩行で必死に卵を運ぶネコの姿が、なんだか心配でついてきてしまった。
だが、その後どうするかは考えていなかった。
「助けてやったんだし、少しくらい事情を聞いてもいいだろ。会いに行くか!」
「相手は迷惑じゃないですか?」
「ここまで来たら、今さらだろ?」
というわけで、俺たちは周囲を見渡し、ついでに魔力感知であたりに誰もいないことを確かめたうえで、岩肌の中へ足を踏み入れた。




