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32 地獄の剣術修行 祠に満ちる堕ちた星の気配

「さて、武器が出来上がるまで待っているのも暇だし、ゾイルの師匠のところで剣術を教えてもらうか」


「そうですね……ただ、サタン様。お気をつけください。師匠の訓練は……地獄ですよ」


「なに、俺はこの旅で肉体も魔力もかなり強くなった。問題ないだろ」


「……それならいいのですが」


ゾイルは、どこか含みのある言い方で答えた。


「それ、私もやらないとだめですか?」


ヨルカが露骨に嫌そうな顔で、俺に聞いてくる。


俺が答えようとした、その瞬間だった。


口が勝手に動き始める。


「もちろんだ。これからも旅を続けたいのなら、そなたも強くならねばならぬ。また捕まるのは嫌であろう?」


またルシファーだ。


勝手に俺の口を使ってしゃべりやがった。


「なんですか、その口調?」


ヨルカは驚いたように目を見開き、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


……こいつ、最近ますます遠慮がなくなってきてないか。


勝手に俺の体を使う頻度が増えているし、少しずつ支配権を広げられているような気すらする。


このまま、俺の体を乗っ取られたりしないだろうな……。


「サタン様?」


ゾイルが心配そうに、俺の顔をのぞき込んだ。


どうやら少し顔色が悪くなっていたらしい。


「ああ、大丈夫だ。それよりゾイル、師匠にちゃんと挨拶してこいよ。まだろくに話してないんだろ? マントの礼も言わないとな」


「そうですね。師匠には、詫びと礼、それに訓練の願いを伝えてきます」


ゾイルは静かにうなずいた。


「それと、私も一つ気になっていたことがあります。なぜ師匠が、洞窟の魔虫たちの相手をしなかったのか……その理由も探ってみます」


やはりゾイルは優秀だ。


身内相手でも感情だけで動かず、きちんと疑問を持ち、確かめようとする。


頭も切れるし、冷静でもある。


……味方でいてくれて本当によかった。



それから数日、俺たちはホクサイの剣術訓練を受けた。


使うのは真剣ではなく木刀。


だが、その木刀もホクサイの手にかかれば話は別だ。


岩すら平然と切断し、粉砕してしまう。


粉砕するのはまだわかる。


だが、木刀で岩を“切る”って、どういう理屈だ?


肉体硬化の能力を得た今でも、木刀だからといってまったく油断できない。


俺は木刀を構える。


「では、参る」


その言葉と同時に、目の前のホクサイが消えた。


「おうッ!?」


かろうじて左側面から殺気を感じ取り、木刀で左半身をかばうように受ける。


甲高い音が響き、手が痺れた。


ほとんど勘だったが、なんとか初撃は防げた。


だが、安心する暇などない。


次の瞬間には、上下左右から容赦のない連撃が襲いかかってきたからだ。


防御が追いつかず、少しずつ打撃が体に入る。


致命傷ではない。


だが、このままでは確実に削り殺される。


激しい連撃を受け止め続けるうちに、腕が棒のように重くなってきた。


「くそ……これじゃ、あの時と同じだ」


脳裏をよぎるのは、オーガ戦の記憶。


攻撃を受け続け、腕が痺れ、武器を握れなくなりかけたあの時の感覚だ。


攻撃の圧に押され、息が乱れる。


視界の端が揺れ、汗がぽたぽたと地面へ落ちる。


(クソ、速すぎる。……いや、それだけじゃない。滑らかすぎる)


一太刀ごとの動きに、まるで無駄がない。


しかも木刀が、意思を持っているかのように防御の隙間を突いてくる。


激流のような激しさと、流水のような滑らかさ。


そんな連撃を前に、俺にできるのは次の一手を必死に防ぐことだけだった。


反撃の隙など、一瞬たりとも訪れない。


直線的な速さだけなら、まだ動体視力で追える。


だが、相手は防御の綻びを縫って打ち込んでくる。


こうなると、もうお手上げだ。


「ぐふッ!」


ついに一撃をまともにもらった。


脇腹に鈍い衝撃が走り、息が詰まる。


やはりホクサイの剣術は別格だ。


俺はあっという間に、コテンパンに叩きのめされてしまった。


「痛てて……容赦ないな」


「さて、サタン殿。今度は私に打ち込んできてください」


ホクサイは正面に木刀を構え、俺に攻撃を促す。


その構えには、まるで隙がない。


俺は木刀を上段に構えた。


肉体強化、視覚強化、身体能力の底上げ――今の自分に使えるものをすべて乗せて、全力の一撃を振り下ろす。


木刀が音を裂き、音速すら超えた速度でホクサイへ叩きつけられる。


だが。


ホクサイは、その全力の一撃をいとも容易く受け流した。


流された俺の一撃は地面に落ち、爆ぜるように土を吹き飛ばす。


「すごい威力ですな。ですが……当たらなければ、攻撃に意味はありません」


次の瞬間、反撃の一撃が俺の頭を小気味よく叩いた。


「いってぇ!?」


その後、しばらく休憩となった。


「サタン殿の攻撃は、少々身体能力に頼りすぎですな」


ホクサイは落ち着いた口調で言う。


「ゆえに、動き出しが読まれれば、いかに剣を振るう速さがあろうとも、先ほどのように簡単にいなされてしまう。打ち込む際は、腕だけでなく体全体の筋肉を連動させるとよいでしょう。あと、足運びですが……」


ホクサイは、たった一度の手合わせだけで、驚くほど細かく俺の癖と欠点を見抜いていた。


その後、言われた通りに改善しながら何度も打ち込んでみた。


だが、身体能力をいくら強化しても、俺の斬撃はホクサイの髪一本すらかすめることができない。


それどころか、ホクサイの体運びと斬撃が速すぎて、目で追うだけでも精一杯だった。


ゾイルの剣術もすごい。


だが、その師匠であるホクサイは、やはり格が違う。


そう思い知らされた。


意外にも筋がよかったのは、ヨルカだった。


ヨルカは近接戦では、短い木刀の二刀流で戦う型に決めたらしい。


もともと身のこなしが軽く、速度は申し分ない。


だが、やはり力が足りないのか、決定打に欠ける印象があった。


「ヨルカは双剣使いか。身のこなしはよいし、武器の選び方も間違っておらぬ。接近戦では双剣を使うとよいだろう」


ホクサイは顎に手を当てながら言った。


「ただし、相手の服しか斬れぬようでは武器として役に立たん。打ち込みの練習が必要だな」


「うっ……それ、地味にへこみます」


ヨルカがしょんぼりしていた。


そして、ゾイルとホクサイの手合わせは、本当に凄まじかった。


斬撃が縦横無尽に飛び交い、木刀がぶつかり合う甲高い音が、一秒の間に何度も響く。


打ち込まれた斬撃を受け止め、あるいは受け流し、すぐさま反撃。


その反撃をまた受け止め、さらなる斬撃へつなげる。


斬撃だけではない。


ところどころに刺突も交じる。


変則的な攻めに対しても、二人とも迷いなく対応していた。


おそらく、どちらもまだ全力ではないのだろう。


それでも、その応酬は十分すぎるほど異常だった。


そんな激しい手合わせが、十分近くも続いた。


「ゾイル。お前、剣術の修行は怠っていなかったようだな」


「はい。実戦で剣を振るうことは封じておりましたが、素振りだけは欠かさず続けておりました」


「ふん。それだけ振れておれば上等だ」


ホクサイは鼻を鳴らしつつも、どこか満足そうだった。


「今後、サタン殿にはお前からも指導してやれ」


「はい。師匠の名に恥じぬよう、精進いたします」


ホクサイがゾイルを認めた。


そのことが、俺にはなんだか少しうれしかった。


その後、俺はゾイルに連れられて祠の前まで来ていた。


入口には魔獣の骨や藁人形がいくつも飾られ、なんとも仰々しい。


近づくだけで、妙に湿った空気が肌にまとわりつく。


「さあ、サタン様。こちらが除霊の祠です。中にシャーマンがいますので、声をかけてください。話は通してあります」


「お、おう……ちょっくら行ってくるわ」


俺は狭い入口をくぐり、中をのぞいた。


湿った薬草の匂いが、薄暗い祠の中に満ちている。


シャーマンの女は古びた面を顔にかけ、黒い煙を焚きながら、唄のような呪を低く口にしていた。


俺は、言われた通り静かに正座する。


(まさか……バレないよな……)


心臓がやけにうるさい。


もし俺の中に堕天使がいると知られたら、里どころか大陸規模の騒ぎになるかもしれない。


それでも顔には出さず、俺はただ目を伏せた。


その時、内側から声が響く。


(ふん、小娘ごときのまじないで、我が揺らぐとでも? 我とそなたとの融合は、その程度で崩れるほど生易しいものではないわ)


それは、俺の内に棲む“堕天の王”――ルシファーの声だ。


堂々としすぎていて、逆にこっちは不安になる。


……いや、本当に大丈夫なんだろうな?


だが、いつもよりルシファーが苛立っていることだけは、はっきり伝わってきた。


儀式が進む。


シャーマンは額に刻んだ朱の印を指先でなぞり、それを宙へ掲げると、低くうなるように叫んだ。


「──来たれ、穢れしものよ! その在処、我に示せ!」


“穢れ”。


その言葉に、ルシファーの怒りが一気に噴き出した。


次の瞬間、風もないはずの祠の中で、どくろ蝋燭の火が一斉に揺れた。


空気がひりつき、見えない圧力が部屋いっぱいに満ちる。


空気そのものが、焼けるような殺気と重圧を帯びていた。


女の手が、目に見えて震え始める。


「……っ!? な……なに、これは……!」


がたり、と音を立てて仮面が落ちた。


あらわになった顔は蒼白で、額には脂汗がにじんでいる。


「この力……この気配……いや、そんなはずが……“堕ちた星”……!?」


その瞳は、底知れぬ闇をのぞき込んだ者のように震えていた。


やがて、驚愕に満ちた声が絞り出される。


「この器……まさか……“あれ”を……宿しているのか……?」


俺は黙ったまま、何も答えなかった。


内側で、ルシファーが嘲るようにささやく。


(愚か者め。私の名を知ることすら、あの程度のシャーマンには毒なのだ)


祠の空気が重く沈む。


沈黙が、息苦しいほど長く続いた。


シャーマンの顔は、もはや青白いを通り越していた。


血の気が抜け、今にも崩れそうだった。


そして次の瞬間。


どさり。


女は何の前触れもなく、その場に崩れ落ちた。


「……!」


俺は思わず立ち上がり、駆け寄ろうとする。


だが、その肩に冷たい声が落ちた。


(やめておけ。下手に触れれば、その娘は狂うぞ)


「何かしたのか?」


(ああ。少しばかり、“私の片鱗”を見せてやった。“ほんの少しの情報”だが、そこいらの脳には耐えられん)


俺は女の呼吸を確かめる。


浅いが、命に別状はなさそうだった。


「……とりあえず、このままにしとくか」


俺は家主を残し、そのまま祠をあとにした。


「おや、サタン様。もう終わったんですか?」


外で待っていたゾイルが、あまりに早い俺の帰還に目を丸くする。


「ああ。なんか、特に何も憑かれてないらしい」


「そうですか……」


ゾイルは少し首をひねったが、それ以上は追及しなかった。


翌日。


シャーマンは目を覚ました。


だが、俺を見ても何の反応も示さなかった。


「……あなた、誰?」


その言葉に、俺は悟る。


「何も覚えていないのか?」


「……? あの祠で、何かしたんですか?」


首をかしげる彼女は、まるでただの村娘に戻ったようだった。


俺は静かに息を吐く。


ルシファーは“少し”と言っていた。


だが実際には、大量の情報を脳へ押し込まれ、記憶の一部が焼き切れたのだろう。


……助かったのか。


それとも、見逃されたのか。


(ふふ、哀れなものだな。大量の情報で“真実の記憶”は消える。もはや、あの娘は日常生活以上のことはできぬであろう)


内側から、愉快そうなささやきが響く。


ルシファーは術も魔力も使わず、ただ“情報”だけで相手を無力化してしまったのだ。

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