31 どんな武器がほしい?
「ヨルカ、ゾイル。ちょっといいか?」
俺は二人に声をかけ、皆のいる場所から少し離れたところへ移動すると、声を潜めて話し始めた。
「まず、ゾイルに確認したいんだが、ベルゼブブってやつがミスリルを所望したと言っていたな。このあたりでミスリルが採れるのは、あの鉱山だけなのか?」
「はい。この近辺では、あの鉱山だけです」
「そうか」
俺は小さくうなずいた。
「そこで一つ思ったんだが……“ベルゼ”ってやつは、アバドンを脅威に思って力の半分を封印したと言っていたよな。今もおそらく、アバドンに密かに監視をつけているはずだ」
「ええ……たしかに、その可能性は高いかと」
「それに、思い出してほしい。ヨルカが捕まっていた洞窟にいたオーガどもは、“ベルゼ”の配下だと言っていたな?」
「はい、たしかにそう言っていました……。ですが、サタン様は何を?」
ヨルカは、まだ俺の意図が見えないらしく、首をかしげている。
「あのオーガどもの主は、十中八九、“自称魔王”のベルゼブブだ。……そこで考えてみろ。偶然にしては、できすぎてないか?」
「なるほど……」
ゾイルはすぐに察したらしく、目を細めた。
「つまり、私たちも監視されている可能性がある、ということですな」
「? ……どういうことです?」
ヨルカだけが、まだ話についてこられていない。
仕方ない。もう少しかみ砕いて説明するか。
「ベルゼブブは、あの洞窟を去った俺たちを監視させていた。洞窟を出る時、オーガどもが妙にあっさり引き下がったのが、ずっと気になってたんだ」
俺は順を追って話した。
「その一方で、ベルゼブブはアバドンがあの鉱山で何かしていることも知っていた。……じゃあ、邪魔な二組をまとめて始末したいなら、どうする?」
そこまで言ったところで、ヨルカの目がぱっと開いた。
「あっ、なるほど!!」
ヨルカは声を弾ませる。
「私たちとアバドンたちがぶつかるように、里の人たちを動かして、私たちにミスリルを取りに行かせればいいってことですね!」
「そういうことだ」
俺はうなずく。
「実際には、俺たちが出かけたあとで、里にミスリル採取の依頼が届いたらしいが……結果的には、俺たちは偶然にもその鉱山へ向かっていたわけだ」
「アバドンたちがミスリルを探していたなら、その場で鉢合わせしていた可能性もありましたな」
ゾイルが低く言う。
「ああ。もっとも、実際には向こうが集めていたのは別の鉱石だったから、直接ぶつからずに済んだ。……だが危うく、奴の策にまんまと乗せられるところだった」
少しの食い違いがなければ、俺たちはベルゼブブの思惑どおり、アバドンと正面からやり合わされていたかもしれない。
「ということは……」
ゾイルが周囲へ目を向ける。
「あまりこの里に長居はできませんね」
「悪いが、そういうことになる」
「いえ、お気遣いなく」
ゾイルはあっさりと言った。
「私はもはや、この里の者ではありません。武器と防具を整えたら、すぐに出発するとしましょう」
「ゾイル、お前ドライだな……」
ヨルカが少し驚いたように、ゾイルを見上げる。
「未練がないわけではありません」
ゾイルは静かに答えた。
「ですが、今の私には優先すべきことがあります」
その言葉に、ヨルカもそれ以上は何も言わなかった。
俺たちは里長のもとへ戻り、鍛冶職人と話がしたいと伝えた。
里長はすぐに了承し、鍛冶職人ジュウベイのいる鍛冶場へ案内してくれた。
鍛冶場には熱気が満ちていた。
炉の火が赤々と燃え、鉄を打つ音の余韻が空気に残っている。
煤にまみれた壁際には、半ばまで仕上がった刃や鎧の部材が並んでいた。
「おう、お前ら! よくあれだけのミスリルを取ってきてくれたな! 里の者も大喜びだ!」
俺たちが鍛冶場へ足を踏み入れるなり、鍛冶職人のジュウベイは大きく両腕を広げて迎えてくれた。
どうやら、ベルゼブブへの献上品をそろえることは、この里にとってそれだけ重要なことらしい。
それだけの働きをしたのなら、少しくらいこちらの希望を強く言っても許されるだろう。
「約束どおり、武具を作ってくれよ」
「任せろ! とびきりいいもんを作ってやる!」
ジュウベイは豪快に笑って請け負った。
「それで……サタン殿はどんな武器がいいんだ? 双剣か? それとも両刃か?」
「そうだな……」
俺はそこで言葉に詰まった。
……そういえば、細かい形までは考えてなかった。
なんとなく剣がいい、というくらいで、具体的な姿までは決めていなかったのだ。
俺がしどろもどろになっていると、頭の中でルシファーが助け舟を出してきた。
(このような形の剣を作ってもらえ)
次の瞬間、ルシファーは勝手に俺の体を使い、近くにあった木の板へ詳細な図を描き始めた。
「これは……初めて見る形の剣だな……」
ジュウベイが感心したように図をのぞき込む。
ルシファーが描いたのは、片刃で緩やかな反りを持つ、刀という武器だった。
しかも、一つの金属で一体に作るのではなく、刃の部分、峰、側面で別の性質の金属を使い分ける構造になっている。
刃には硬度の高い金属。
峰には、硬さよりも衝撃を吸収する、靭性の高い金属。
それぞれの長所を合わせるつもりらしい。
「こりゃあ、なかなか腕が鳴りますな」
ジュウベイはにやりと笑った。
「鎧のほうはどうする?」
これについては、俺にも考えがあった。
「鎧は重いから要らん。だが、籠手だけ作ってくれ」
俺は筋力強化と肉体硬化、さらに魔力を纏う防御があるおかげで、重い鎧の必要性をあまり感じていない。
だが、先日のオーガ戦で、手に痺れが来ると武器を握れなくなることを痛感した。
手だけは守っておきたい。
「なるほど、軽装なんだな。じゃあゾイルはどうする?」
「私は、この使い慣れた剣を研いでほしい。防具はいらない」
そう言って、ゾイルは自分の剣をジュウベイへ差し出した。
「たしか、俺が昔、お前の剣を魔鋼とミスリルで作ったな。多少刃が鈍っているから、最高の切れ味にしてやるよ」
ジュウベイは剣を受け取り、満足そうにうなずく。
「ちなみに、ミスリルを使えば魔法も付与できるが、何か欲しいものはあるか?」
「そうだな……対多人数用に、斬撃を飛ばせるようにしたい。何か方法はあるか?」
「それなら風属性が相性よさそうだな。お前の師匠も同じ属性を使う」
ジュウベイはそう言って、小さな石を指先でつまんで見せた。
「そのためには、この刻印魔法を施した魔石が必要になる」
「ただし、数回撃ったら、魔石に魔力がたまり直すまでは使えなくなる。無駄撃ちはするなよ」
ほう。
そんな便利なものがあるのか。
どうやら、魔石に簡略化した魔法陣を刻んでおけば、そこに蓄えた魔力で術を発動できる仕組みらしい。
「風の魔石の能力を使うには、どうすればいい?」
「なに、簡単な話だ」
ジュウベイは剣の柄を握る仕草をした。
「術の引き金として、柄に魔力を込めるだけでいい。そうすれば、魔石の中に溜めた魔力を使って術が発動する」
「ってことは、それを応用して、柄に魔力を流し込み続ければ回数制限なしで撃てるのか?」
「理屈の上ではな」
ジュウベイは肩をすくめた。
「だが、戦闘中にそんな真似を続ければ、魔力切れで自分が先にへばるかもしれん。普段から少しずつ魔石に魔力を込めておいて、いざって時に使うのが賢い使い方だろうな」
なるほど。
少なくとも、普通の使い方としてはそっちが正しいのだろう。
だが、魔力量が桁違いに多いやつなら、実質的に回数制限を気にせず使えるってことでもある。
「そこのお嬢ちゃんはどうするんだ?」
ジュウベイがヨルカを見る。
「私は、電撃属性の弓がほしいわ」
「電撃属性か……あるにはあるんだが……」
ジュウベイは少し顔をしかめた。
「上位魔法の魔石は高価なんだよな……」
どうやら、ミスリルだけでは価値が釣り合わないほどの高価な魔石らしい。
その時だった。
「それなら、これでどうだ?」
ゾイルが、先ほど剥ぎ取ったパスカルレオンの皮を差し出した。
「!!? ……おいおい、これを俺にくれるのか? この価値、お前だって知っているだろう?」
そういえば、ホクサイがゾイルに貸していたパスカルレオンのマントも相当高価だと言っていた。
ジュウベイの反応を見る限り、やはりかなりの値打ち物らしい。
「ああ、知っている」
ゾイルは静かに言う。
「だが、俺たちにとっては、これよりヨルカの武器の方が大事だ。……そうですよね、サタン様?」
「ああ。今の俺には不要なものだからな」
俺はパスカルレオンの魂を食って、透明化の能力を手に入れている。
だから、この皮そのものはもう必要ない。
……いや、待て。
ゾイル、もしかしてそれに気づいてるのか?
「……わかった」
ジュウベイはしばらく黙ったあと、ぐっとうなずいた。
「そこまで言うなら、俺も職人の意地を見せよう。お前らの武器は、俺の持てる技術と素材を惜しみなく使って作ると約束する」
どうやら覚悟を決めたらしい。
俺たちに最高の武器を作る、と断言してくれた。
出来上がりが楽しみだ。
「ああ、頼む」
「一週間ほどしたら、またここへ来てくれ」
ジュウベイはそう言って、すでに頭の中で工程を組み立て始めているようだった。




