28 剣の封印を解いた仲間が強すぎる
パスカルレオンは、音速じみた速度で舌を射出した。
鞭のようにしなったそれが大地を薙ぎ払い、土塊を宙へと舞い上げる。
サタンを中心に広がる冷気の伝播を、地面ごと削り取ったのだ。
硬い岩盤にまで深い溝が刻まれる。
奴の舌は、速度だけでなく強度までも異常だった。
無数の巨大な氷刃が生え広がる。
だが、それらはパスカルレオン本体には届かない。
氷槍は奴を取り囲むように、上下左右の空間を埋めていた。
「キュロロロロ。その呪文、お前の周囲を中心に波紋状に冷気と氷が広がっているようだな。ならば、私のところに地面を伝って冷気が届く前に、前面の地面ごとえぐり取ってしまえばよい」
なかなか頭が回る。
一度見せた術を即座に分析し、対策まで立ててきた。
だが、まだ甘い。
「サタン様、奴の姿が……!」
ゾイルが驚きの声を上げた。
その目にも、先ほどまで曖昧だったパスカルレオンの輪郭が、うっすらと見え始めていた。
「ああ。これを狙っていた」
俺は短く答える。
さっきの氷槍は、最初からダメージ狙いじゃない。
目的は、この空間そのものの温度を下げることだった。
俺たちがこの坑道で使っていた透明マント――あれはパスカルレオンの皮を加工したもので、体温や魔法の熱を周囲に馴染ませることで姿を消していた。
ならば、本体も同じだ。
冷気で熱を奪えば、透明でいられなくなる。
それに気づいたのは、最初に氷槍を撃ち込んだ時だった。
槍がかすめた一瞬、その部分だけわずかに色を持ったのを、俺は見逃さなかった。
さらに氷槍を空間へ満たし、自由に動き回れないようにもしている。
無理に突破しようものなら、氷の破壊音と砕けた跡ですぐ居場所が割れる。
「キュロロ。くそ、忌々しい。お前らなど、私の姿が見えようが敵ではないわ!!」
「ゾイル、行け!!」
「はい!」
ゾイルが剣を握り、パスカルレオンへ一直線に駆けた。
パスカルレオンも迎え撃つ。
高速の舌が、真っ直ぐゾイルへ走る。
次の瞬間、剣閃が走った。
ギャリンッ――という硬質な音。
舌は弾かれ、ゾイルの体をかすめもせず逸れていく。
狙いを外した舌は、そのまま地面へ突き刺さり、岩を深々とえぐった。
「!!!!!!!!!? くそ!!」
パスカルレオンは慌てて舌を引き戻し、再び打ち込む。
「今度は外さない!」
鋭く伸びた舌が、今度こそゾイルを捉えた――ように見えた。
だが、それすらも受け流される。
ゾイルの身には、かすり傷一つつかない。
「キュロロ!? クソッ! クソッ! どうなってる!?」
ゾイルは見切っていた。
舌の先端、そのすぐ側面に剣先をそっと当て、わずかに力の向きをずらしている。
受け止めるのではない。
受け流すのだ。
しかもその瞬間、舌に押される力を逆用し、自分自身も反対方向へ身を滑らせている。
とんでもなく繊細で、なおかつ度胸のいる技術だった。
進路を狂わされた舌は、勢いのまま地面へ突き刺さる。
パスカルレオンからすれば、必殺の一撃を毎回空振りさせられているようなものだ。
当然、そのたびに隙が大きくなる。
そんな相手など、ゾイルにとっては好き放題斬れる木偶と変わらない。
再び風を裂く舌圧を受け流したゾイルは、一気に距離を詰めた。
そして、パスカルレオンの目の前へ跳び込む。
驚愕に染まった顔。
その表情が青ざめるよりも早く、ロングソードが蒼白の弧を描いた。
下から上へ。
ミスリルを含んだ魔鋼の刃が、肉と骨をまとめて断ち切る。
鈍い烈音とともに、太い首が一太刀で宙を舞った。
首元に生えた剛毛すらものともせず、切断面は妙に綺麗だった。
返り血すら浴びぬその動きは、もはや斬撃ではなく舞いに近い。
隠れ里で見た師匠の剣筋を、そのままなぞったかのようだった。
制御を失った巨体が、ずしん、と重い音を立てて地面へ崩れ落ちる。
……いや、すごすぎるだろ。
なんだこいつ。
なんでこんなやつが俺に慕ってついてきてるんだ。
剣を持たせたら無敵なんじゃないか?
いや、たしかに前から身体能力がおかしいのは知っていた。
ヨルカの放った、あの雨みたいな矢を見切って避け続けていたし、この前だって魔法も剣も使わず、ゴブリン数十匹を始末していた。
たしか、手のひらより小さい解体用ナイフか矢じりみたいなもので戦っていたはずだ。
……あの時、ちゃんと見ておくべきだったな。
傍観していた魔虫たちも、ゾイルの剣技に言葉を失っている。
とりあえず、相手が呆然としているうちに話を終わらせよう。
「おい、お前ら大丈夫か?」
「俺はどうもないが、ロイビーが全身やられてる。……ところで、お前たちは一体何者だ?」
「その話はあとだ。とりあえず、こいつを治す」
そう言って俺は、調合済みの薬草へ魔力を流し込んだ。
すると、淡い光が薬草を包み込む。
みるみる薬効が高まり、ただの薬草だったものが、とんでもない回復薬へ変わっていく。
この特薬草、今思えば相当やばい代物だ。
後で知ったのだが、魔物の商人に売れば、一か月どころか下手をすればもっと遊んで暮らせるくらいの値がつくらしい。
その時の俺は、そんなことをまったく知らなかった。
ただ、自分の薬草知識とルシファーの回復魔法を混ぜたら、なんかすごいのができた、くらいの認識だった。
「これ、飲めるか?」
俺はハチ型の魔虫ロイビーへ薬草を差し出した。
「お前、それ毒じゃないだろうな?」
カマキリ型の魔虫が、露骨に疑いの目を向けてくる。
「フン。殺す気なら、こんな回りくどいことするか。やるならさっきの戦闘でまとめて巻き込んでる」
俺がぶっきらぼうに返すと、カマキリ型は一瞬だけ黙った。
「……それもそうだな。おい、ミナス。お前の一部で確かめろ」
「へい、了解しました! 魔人の旦那、その薬草、少々お借りしても?」
魔人らしき男ミナスが、にこにこしながら前に出る。
そして何のためらいもなく、自分の指先をぽろっと外した。
「……は?」
俺とゾイルの声がきれいに重なった。
外された指先は、ぴくぴくとうごめきながら薬草へ張りつく。
「……これは毒じゃなさそうですね」
「ちょ、ちょっと待て。今の何だ?」
近くでよく見ると、そいつの皮膚は微かにうごめいていた。
「ああ、こいつは蟲寄生型魔人でな。服みたいに見えるのも全部蟲だ。目にも耳にも口の中にもいる」
「へ?」
俺が固まる。
後ろでゾイルの絶叫が響いた。
「ぎゃああああああっ!?」
「サタン様の後ろに隠れます!!」
「お前、さっき首が飛ぶのを見ても平然としてたのに、そっちは駄目なのかよ!?」
「首は斬られるものですが、皮膚の下で虫がうごめくのは駄目です!!」
基準がわからない。
カマキリ型の魔虫が、なぜかちょっとだけ呆れた顔をした。
「こいつは、自分の思考を虫と共有するのが快感らしくてな。虫好きが行き過ぎた」
「いやあ、お恥ずかしい! 私、ミナスと申します。もとは普通の魔人だったんですが、蟲が好きすぎましてねぇ。一族を抜けて、アバドン様率いる魔虫軍に入ったんですよ~」
「マガトはお前らの仲間か?」
「仲間と言えば仲間ですが……やつはアバドン軍の中でも嫌われ者。アバドン様も、敵ばかり作る奴にあきれておりました」
「……奴はゾイルの敵だ。処分しても構わないか?」
「ええ、いっそそうしてくれた方が、こちらとしても助かる……それはそれとして、早くロイビーさんに飲ませてあげてくださいな」
「……そうか」
カマキリ型の魔虫は一つ息を吐くと、こちらへ頭を下げた。
「頼む。ロイビーを助けてくれ」
「ほら、飲め」
ロイビーは恐る恐る特薬草を口にする。
次の瞬間だった。
「……っ!?」
砕けていた節々がみるみる治り、ぐったりしていた身体に力が戻っていく。
ロイビーは目を見開いた。
「痛みが……引いていく。治った!!」
「嘘だろ……いくらなんでも早すぎる」
カマキリ型の魔虫が絶句する。
「よかったな。サタン様のおかげだ。恩とともに、いずれ魔界を支配するお方だと、よく覚えておけ」
「!?……ゾイル、お前いま何を」
思わず振り向く。
「おや、違うのですか?」
なんでそこで首をかしげるんだ。
いつからそんな評価になっている。
ここは断固否定しておかないと、後々面倒なことになる。
相手はアバドンとかいう、とんでもなく危なそうなやつの部下なのだ。
「俺はそんな……」
と言いかけた瞬間。
「――もちろんだとも!! この魔界、いずれ我のものとなるのだ!!!」
(!?)
俺の口が、勝手にそう言った。
ルシファーだ。
あの野郎、また乗っ取りやがった。
こいつめ……!
「さすがはサタン様ですね」
ゾイルが妙に誇らしげにうなずく。
お前まで納得するな。
俺は恐る恐る、三人の反応を見る。
カマキリ型の魔虫はしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。
「……私は、魔界の強者アバドン様の部下だ。だが、今日はお前たちに助けられた」
そして、ロイビーとミナスのほうをちらりと見てから続ける。
「お前たちがこの坑道で何をしようとしていたのか、もう問うまい。部下にも話は通しておく。好きに行動するといい」
一拍置いて、やや真面目な顔のまま付け足した。
「あと今の“魔界を支配する”発言も……聞かなかったことにしてやる」
「助かる」
俺は即答した。
「正直、あれは聞かなかったことにしてもらえると非常に助かる」
「おい、さっき堂々と言ってなかったか?」
ロイビーが半眼で突っ込んでくる。
「言ってない。あれは不可抗力だ」
「口が勝手にしゃべったと?」
「……まあ、そんな感じだ」
「怖っ」
ロイビーが素で引いた。
するとミナスが、にやにやしながら口を挟む。
「でも実際、将来ほんとに魔界を支配したりして」
「やめろ。縁起でもない」
「いや、私はちょっと見てみたいですねえ。サタン様が魔界を治める姿」
「ゾイルまで乗るな!」
気づけば、ついさっきまで殺し合い寸前だった空気が、少しだけ和らいでいた。
カマキリ型の魔虫は、そんなやり取りを見て、ふっと鼻で笑った。
「妙な連中だな、お前たちは」
「そっちにだけは言われたくない」
俺が言うと、相手も肩を揺らした。
戦場のようだった坑道に、ほんのわずかだが、妙な和やかさが生まれていた。




