26 透明マント 魔虫が巣くう坑道
「とりあえず、作戦としては虫たちに見つからないよう気をつけよう。あのアバドンとかいう上位魔人を呼ばれても面倒だしな」
「それなら、私に良い策があります」
「それは?」
ゾイルは一枚のマントを差し出した。
鱗のような革に、一部だけ毛が生えている。
四メートルほどもある大きなマントだ。
「実は、放り出されたあと、里の外にいた私に師匠が投げ渡してくれたものでして……」
「ほうほう? それで?」
「これは里の財宝でして、透明マントなのです」
「なに!? めちゃくちゃ貴重なものじゃないか?」
「はい。このマントは、透明になれる魔獣パスカルレオンの毛と皮で作った魔法道具で、売りに出せば一生遊んで暮らせるだけの財産を築くことができます」
「そんなに貴重なのか……」
「はい。まず、パスカルレオンは目に見えないので見つけること自体がほぼ不可能です。魔力感知できる目で見なければ、その姿すら見えないと言われています。慎重な性格で知能も高く、罠にかかることもありません。私も十年、狩人としてパスカルレオンを探していましたが、見つけることすらできませんでした」
「誰も見たことのないパスカルレオンって、どんな生き物なんだろうな」
「私が聞いた話では、木の上で生活する動物だそうです。ですが、姿を見たという者の話は、“神の観察者で、目が左右別々に動き、すべてを見透かしている”とか、“細長い槍のような武器を持っていて、油断すると一瞬で体を貫いてくる”とか、“異様にゆっくり動くやつだった。おそらく時間を操る能力者だ”などなど、その姿はばらばらで一貫性がありません」
「このマントの皮と毛の形状を見るに、大きなトカゲにたてがみが生えていそうな感じだな」
「同感です。しかし、これはどうやったら透明に変化するのでしょうか?」
「一度着てみてくれ」
ゾイルは透明マントを羽織ってみる。
マントのサイズは大きく、ゾイルがすっぽり入っても、まだ余裕がありそうだ。
「おお、色が変わってきたぞ」
ゾイルが羽織ってしばらくすると、だんだん色が変化していく。
(なるほどな。透明になるヒントは、魔力と温度だな)
どうやらルシファーによると、温度が外気温より一定以上に上がり、さらに着ている者の魔力を吸収することで透明になる仕組みのようだ。
「なるほど、原理は理解した。それじゃ、魔法で少し温めたら出発だ」
「サタン様、そっとですよ。少しでも焦がしたりしたら、今度こそ師匠に殺されてしまいます」
「わかってるよ。ヒートサンライト」
俺は生活魔法でマントを温める。
この魔法は寒い場所でも暖を取れる優れた魔法である。
部屋を暖めるのにも便利な、生活魔法に分類されるものだ。
生活魔法なら、ルシファーに頼らずとも俺は扱える。
瞬く間に、透明マントはゾイルの姿をかき消した。
「おお、ゾイルの姿が見えなくなった」
「それはすごい。どうなっているのかはわかりませんが、ここからはサタン様がうっすら見えます」
「すっぽり覆っているように見えるが、そっちからは外の様子が見えるんだな」
俺は第三の目で、ゾイルのいるであろう場所を見てみる。
すると、透明マントの膜がうっすら見え、その中のゾイルは濃い色で映っていた。
やはり、魔力を感知できる目で見れば、かろうじて見えるようだ。
第三の目を扱える者には、何かいるようには見えるのだから、安心しきるのはよくないな。
「ゾイル、魔力感知できる目ではその姿はわずかに見える。マントに入っているからといって油断するなよ」
「承知しました」
「では、俺も入ったらゆっくり進むぞ」
こうして二人は透明マントにもぐり、足音に気をつけながら坑道に入った。
道幅は意外に広く、横幅四メートルほどの穴が続いていた。
坑道には一定間隔で明かりが灯っており、薄暗いが歩けないほどではない。
第三の目で坑道の壁面を見てみると、うっすら青緑色に光っている。
壁だけではなく、天井や転がっている石ころまで、同じようにぼんやりと光っていた。
その光景は、なんとも幻想的だった。
「ゾイル、この壁や天井が青緑色に光っているぞ」
「ああ、サタン様は魔力の潜在を見られる特殊な目をお持ちでしたね。ここらの鉱石はミスリルをわずかに含みます。しかし、純度が低すぎる鉱石は、私たちの目にはただの石ころにしか見えません」
二人はマントの中で小声で話をする。
「おい、静かに! 誰か来た……」
前方の道から明かりが差し、周囲が明るくなってくる。
誰かが近づいてきているのだろう。
俺とゾイルは道の端に寄り、やり過ごすことにした。
来たのは、ハチとカマキリの半虫半魔人の二人だ。
俺の第三の目には、なかなかの実力者として映った。
緊張の中、俺とゾイルは呼吸を止め、気配を消すことに意識を向ける。
羽音が聞こえ、音はどんどん近づいてきた。
ついには二人の目の前にまで来る。
「キシシ、急にアバドン様が来たのはビビったぜ。来るなら事前に言っといてほしいよな」
ハチ型の半魔人が言ったようだ。
「近年、ベルゼ様が勢力を増してきているから危機感を感じておられるのだ。なんたって、自分の力を半分封じられていると、元ライバルに対抗するのが難しいからな」
カマキリ型の半魔人がそれに答える。
会話していることから考えても、どうやら知性もある個体のようだ。
ここでもベルゼという名が出てきたな。
どうやら、先ほどのアバドンと、オーガの主であるベルゼの二人は、昔はライバルだったようだ。
アバドンが何らかの理由で力を失っている間に、ベルゼが一歩先へ抜け出たらしい。
「キシシ、俺たちはアバドン様についてきたが、あの時、ベルゼ様のほうについて行ったほうがよかったかな」
「おい、口に気をつけろ。その発言がほかの者の口からアバドン様へ伝わったら、お前は一瞬で消されるぞ」
「すまんすまん。でも、お前も考えたりしないか?」
「俺はアバドン様を信じるだけだ」
「まじめなやつ」
二人の半魔人は会話しながら通り過ぎていった。
しばらく進むと、分かれ道に差しかかった。
すかさずゾイルはしゃがみ込み、この道を通った魔虫の痕跡をたどる。
「サタン様、この先は二手に分かれていますが、痕跡から判断するに、左の道が比較的使われているようです」
「さすが狩人だな」
「獲物の追跡はお手の物です。痕跡や足跡から推測するに、ここを通っているのは二足歩行の生き物でしょう」
「さっきのやつらの足跡か……」
「いえ、先ほど奴らの足は確認しましたが、二人以外にもさまざまな種類の足跡があります。ですので、まだ複数人いると考えてよいでしょう」
「魔虫の人型がまだいるのか……戦闘になると厄介だな」
「しかし、私たちにはこの透明マントがあります。先ほどの二人も気づいていなかったようですし、大丈夫でしょう」
「まあ、心配しても無駄か。さっさとミスリルを取って来ようぜ」
俺たちは、薄暗いトンネルを再び進み出す。
(そなたに魔法の講習をしてやろう)
坑道に入り、透明マントのおかげで、すれ違っても誰にも気づかれない。
ルシファーは退屈になったのか、俺に話しかけてきた。
緊張感がないな、と思いつつも耳を傾ける。
ルシファーの話は、魔法の優位性についてだった。
(火は水や氷に弱く、水は雷と風に弱い。雷と風は土に弱く、土は木に弱い。木は火に弱い)
「つまり、相手の魔法を打ち消すには、優位性のある魔法で相殺すればいいんだな?」
(ああ、そういうことだ。ついでに言っておくが、木の魔法はなかなか使える者が少ない。ドライアドなどの半精霊のようなものは使えると聞いたことがあるがな)
「なるほど。木の魔法は俺も聞いたことがなかった。使える者が少ないからか」
(そのほかに、重力や爆発などは上位魔法で、どの属性にも属さない。だから相殺を狙わず、避けるなり、結界で防御するしかないぞ)
「結界魔法には、属性の分類はないのか?」
アントスパイダーから逃げていた時に、火の壁を作り出す呪文を唱えたが、あれは結界ではなかっただろうか。
(いいところに気がついたな。実は、単純結界魔法がベースなのだが、属性を付与することで相手の攻撃をより効果的に防ぎ、さらに相手にダメージを与えることができるのだ)
「アントスパイダーに使った火の呪文も?」
(あれは魔虫に対してよく効く。属性を付与すると魔力の消費が激しくなるのがデメリットではあるがな)
たしかにあの時はかなり魔力を消費し、一時的に動けなくなった。
使いどきはよく考えたほうがよさそうだ。




