25 地獄 奈落の鍵を求める者
「着きました。あの採掘場跡地に、ミスリルがあるはずです」
指さす先には、森を抜けた先――
崖の側面に、大きな横穴が口を開けていた。
風を切るような羽音も聞こえてくることから、近くには虫も多くいるのだろう。
距離にして五十メートルほどまで近づき、俺たちは物陰に潜んで、しばらくその採掘場跡地を観察する。
五十メートルは、俺の空間認識にぎりぎり入らない距離だ。
空間認識で内部の様子まで知りたいが、これ以上近づくと隠れる場所もなく、目視で見つかりそうだった。
「わたしはここで待っていますね!」
ヨルカは荷物をどさっと地面に置き、基地の設営を始める。
宣言どおり、これ以上近づくつもりはないようだ。
虫におびえて動けなくなるのも困るので、その要望には同意した。
「サタン様、あれをご覧ください」
ゾイルは採掘場跡地の入口を指さした。
そこには、人型の大柄な男がいた。
体は浅黒く、身長は二・五メートルを超える。魔人にしても異様な大きさだ。
臀部からはサソリの尾が生え、足はバッタのような形状をしている。
第三の目でその姿を見てみる。
その者の魔力のオーラは禍々しく、得体の知れない強者のように見えた。
「あれは、かなり強そうだな」
「はい。おそらく、バッタの魔虫が何らかの方法で魔人化した姿かと」
「進化しているということか?」
「はい、間違いなく」
「ところでゾイル……魔人化って、そもそも何!?」
俺は素直に聞いてみる。
少し驚いたように、ゾイルはやれやれといった表情を浮かべた。
「いいですか、サタン様。魔虫や魔獣は、進化の過程で魔人化することがあります。基本的にそうなった者は知能や知恵を持ち、さまざまな魔法も使えるようになるのです。端的に言えば“良いとこ取り”です」
余計なことを言わず、素直に教えてくれるあたり、ゾイルは大人だ。
「より厄介な存在ということか」
「本来、魔虫は素早さと防御力に優れた個体が多いです。さらに、動体視力は並みの魔人を凌駕します。そこに知恵を身につけたとなれば、戦い方はよく考えなければなりませんね」
なるほど。
知恵があるとは厄介なものだ。
素早いだけなら、粘着性の糸で身動きを取れなくさせることもできるだろう。
しかし、そんな見え透いた罠は通じないと想定したほうがよさそうだ。
そして気になるのは、目の前の魔人化した魔虫だ。
「お前の見立てで、あの魔人はどのくらいの位置の強さだと思う?」
「おそらくは上位魔人かと……」
勝てるか、そんな強い奴!
俺は心の中で帰る準備を始める。
あの横穴の中には、きっと仲間だってぞろぞろいるに違いない。
こんな虫だらけの洞窟の中で死にたくはないのだ。
(待て。待て。お前にも、きっとあの者に勝てる可能性は残されている)
ルシファーが頭の中で俺を引き留める。
勝てる可能性が残っている?
珍しく、「我なら勝てる」とは言わない。
俺は基本的に、絶対に勝てる戦いしかしたくないタイプだ。
そんな低い可能性に命を懸けたくはない。
もうさ、ミスリルなんてよくない?
そう思い始めてきた。
敵に勘づかれないよう、魔力をできるだけ抑え込み、さらにトレントからもらった小枝を握りしめる。
俺が帰ろうとしていると、虫魔人のほうから声が聞こえた。
「アバドン様、コレを」
坑道の中から、一匹の魔虫が主に光り輝く何かを手渡す。
おそらく口調からするに、子分なのだろう。
しゃべることはできるようだが、まだ魔人化しているわけではなさそうだ。
上位魔人の名は、アバドンというらしい。
「うむ。よくやった。しかし、まだ足りぬ。奈落の底の牢に閉じ込められた、我が分身体の封印を解くための鍵を作るには、これでは足りぬのだ」
アバドンという虫魔人は、坑道の中で採掘される何かを子分たちに探させているようだ。
赤い……光?
魔虫たちがこのあたりに巣を作ったのは、アバドンという主のために、この鉱山で採れる物質を献上するためだったのだろう。
渡したものは、ミスリルなのだろうか。
「ハッ!! モウ少しで集まりそうナノデ、イマシバラクお待ちください」
恭しくそう告げる子分の魔虫。
「期待しておるぞ。また来る」
すると、アバドンという虫魔人は、一瞬にしてその場から消え去った。
「うわ! 消えた」
俺は目の前の光景が信じられず、思わず声を上げてしまった。
周囲に土煙は上がっておらず、地を駆ける音も聞こえなかった。
見えぬほど素早く走り去ったわけではなさそうだ。
噂に聞く転移魔法だろうか?
すると、例のごとくルシファーが解説してくれた。
「転移系の魔法は、指定した場所に瞬時に移動できる優れた呪いだ。
便利な反面、膨大な魔力を消費してしまうから、使いどきは考えなければならない。
また、自分が一度行った場所で、その地に自分の血で座標を刻まなければならない」
なるほど。
便利な魔法には、それなりの制限があるようだ。
ルシファーの態度から推察するに、俺にはそれを行うだけの魔力はないのだろう。
アバドンが立ち去って少し経つと、魔虫たちも鉱山へ戻っていった。
俺は魔虫たちが去ると、大きくため息をついた。
自分でも知らぬうちに、かなり緊張して体に力が入っていたらしい。
「何なんだ、さっきのやつ?」
緊張が切れ、俺は壁に背をもたれる。
「アバドンとか呼ばれていましたね。鍵がどうとか言っておりましたが……」
「なんか赤い光を放っていたが……ミスリルじゃないような」
「はい。ミスリルは青白い金属ですし、光り輝くこともありません」
「何がともあれ、あの上位魔人もいなくなったことだし、奴が帰ってくる前に行くか。あいつが親分なら、あの坑道の中にはあれ以上のやつはいないだろう」




