24 ミスリル鉱山と魔虫の目的
「まったく……なんだ、ここは?」
俺は、樹木の生い茂る道なき道を進んでいた。
真空刃を生み出す風の呪文を唱え、周囲の草木を切り払いながら、どうにか道を作っていく。
植物は鬱蒼と生い茂り、その中には、肉を裂くほど鋭い棘を持つものや、触れただけで皮膚が火傷するような毒を持つものまで混ざっていた。
無理やり押し通るのは、賢い選択とは言えないだろう。
とはいえ、呪文を唱え続けながら進むのも、魔力の消耗が激しくて骨が折れる。
まるで、この地そのものが踏み込む者を拒んでいるかのようだった。
「サタン様、申し訳ありません」
ゾイルが後ろから謝る。
「いいって。お前のせいじゃないさ」
俺はひらひらと手を振って、気にするなと伝えた。
鉱石を取りに行くと決めたあと、俺とヨルカは荷物を持って里の外へ出た。
すると、ゾイルは門の外で座って待っていた。
「サタン様! どうされたのですか? ……!!! まさか、追い出されたのですか?」
ゾイルは、里の者たちが俺に非礼を働いたのではないかと心配しているようだった。
「いや、そうじゃない。まあ落ち着け」
「しかし……早すぎます。一体、どうして出てこられたのですか!?」
俺はゾイルに事の顛末を説明した。
「いや、本当に申し訳ありませんでした!!」
「お前が気にすることじゃないさ。相手が一枚上手だったってだけだ」
「ちょっと、置いていかないでください!」
先を行く俺とゾイルに向かって、ヨルカが叫ぶ。
俺とゾイルが道を切り拓いているぶん、移動自体は楽なはずだが、やはり荷物が重いのだろう。
里を出てまだ二時間ほどだというのに、すでにふらついていた。
「なんでそんなに荷物を持ってきたんだよ?」
「だって、その鉱石が見つかるまでどれくらいかかるかわからないじゃないですか。その間、調理ができないのは専属料理人として失格だと思うんですよね。しかも、今回わたしが役に立てるとしたら、これくらいしかないと思うんですよ」
それなら里で待っていればいいのに、と一瞬思った。
だが、それもヨルカなりのけじめなのだろう。
「ところで、あとどれくらいかかるんだ?」
「あと三十分といったところです。私も里にいたころは、よく材料の調達を手伝っていましたから」
「それなら、里の連中で取りに行けばいいのにな……」
「たしかに、師匠なら問題なく行けそうですね……。しかも、これほど道が消え失せるほど草木が生い茂っているということは、かなり長い間、あの鉱山には誰も入っていなかったのでしょう」
*
「お前さんたちに取ってきてほしいものは、ミスリルという物質だ」
鍛冶屋のジュウベイは、そう言ってミスリルの採取を依頼してきた。
「ミスリル? どんな物なんだ、それは?」
聞き慣れない名前に、俺はその特徴を尋ねる。
「ゾイルに聞けばわかるだろうが、水色と銀色が混ざったような鉱石だ。きれいな色をしてるから、見ればすぐわかるはずだ」
ジュウベイの話によると、ミスリルは鉱石らしい。
「鉱石ってことは、これから俺たちが行くのは鉱山ってことか?」
河原で石ころを拾うような、気軽な話ではなさそうだ。
「採掘に行くってことなら、道具はどうするんだ? ピッケルとか貸してくれるのか?」
「ミスリルは、道具でちまちま掘るより、硬すぎて爆発魔法のほうが手っ取り早いぞ。岩盤ごと吹っ飛ばしちまえ」
「ミスリルごと吹っ飛んだりしないのか?」
「大丈夫だ。そこらの爆発魔法じゃ、びくともしねえ物質だ」
まるで、こちらが爆発魔法を使える前提で話が進んでいる。
一応、確認しておこう。
爆発魔法って使えるのか?
俺は心の中でルシファーに問いかける。
(うむ、任せておけ。氷と炎の魔法を混ぜれば完成する。混ぜる配分と、爆発させるタイミングの調整は必要だがな)
いつの間にか、爆発魔法まで扱えるようになったらしい。
たしかに、タイミングを一歩間違えれば自爆しかねない。
「魔鋼とはどう違うんだ?」
俺はジュウベイに聞いた。
魔鋼とは、魔界で作られる武具に使われる一般的な金属だ。
魔素の影響を受けて、さまざまな性質に変化する。
魔素の濃い土地かどうか、あるいは使い手の魔力量によっても、その性質はかなり変わるらしい。
「まあ、魔鋼と一口に言ってもピンキリだが……ミスリルは、一般的な魔鋼よりも硬く、軽い。しかも加工次第では柔軟さまで持たせられる。なにより、魔法との親和性が非常に高い」
「つまり、魔力をまとった攻撃が強くなるってことか?」
「武器に使えば、その通りだ。逆に防具に使えば、呪文のような魔力攻撃もある程度防げる。優れものだよ」
それは、かなり使い勝手のいい物質らしい。
魔法を乗せることもできれば、逆に防ぐこともできる。
加工次第で正反対の性質を持たせられるのだ。
まさに万能金属だ。
「ところで、材料不足だって言ってたが、なんでミスリルを見たこともない俺たちに依頼するんだ? どう考えても非効率だろ」
「フン。最初は察しの悪い奴だと思っていたが、その質問はなかなか鋭いな。いいだろう。このミスリルは、以前までは普通に採りに行ける場所にあったんだが、今じゃ魔虫の巣になっちまったのさ」
「そこで魔虫を始末して来いってわけか? 里の者は危険にさらせないから、厄介事を俺たちに押しつける気か?」
「まあ、魔虫を始末しろとまでは言わねえ。とりあえず、ミスリルを拳ひとつ分ほど持ってきてくれりゃいい」
「それだけで足りるのか?」
「ミスリルはとんでもなく高価なんだよ。普通は魔鋼に少量混ぜて使う。だから、そんなに量はいらねえ」
全部をミスリルで作るのかと思っていたが、そんなことをすれば、とんでもない価値を持つ武具になってしまうらしい。
「詳しい場所は、ゾイルが知っているはずだ」
「わかった。じゃあ、これから採りに行ってくる。……その前に、マタゾウに飯を食わせてくれって伝えてくれ」
俺は黒子にそう告げた。
*
「しかし、ゾイルの里の飯もうまかったな」
ハンマーグリズリーの甘露煮、黒米、ハンマーグリズリーのタン焼き、ハンマーグリズリーと邪すっぽんのにゅう麺、ハンマーグリズリーの手の煮込み。
思い返すだけで、腹の奥がまた熱くなるようだった。
「あの硬いハンマーグリズリーの肉を、どうやったらあんなに柔らかくできるのか……探らなければなりません!」
ヨルカも、里の料理に触発されたのか、すっかりやる気になっている。
「クマとスッポンのスープも濃厚で、それぞれのクセが絶妙にかみ合ってたな」
思い出しただけで、またよだれが出てきそうだ。
「クマのタンがあんな味になるなんて、驚きでした」
ヨルカも興奮気味に感想を口にする。
クマのタンを食べるのは、俺も初めてだった。
だが、あの里ではどの部位も無駄なく、しかも見事に料理されていた。
「ハンマーグリズリーの料理は、うちの里でも客をもてなすための特別な料理なんですよ。ハンマーグリズリーは雑食で、何を食べて育ったかによって味もかなり変わるんです。木の実を好んで食べる個体は、肉質にも甘みが出ます。ヨルカの反応を見るに、今回は当たりだったようですね。よかったですね、サタン様」
うまい飯を食えたおかげか、また魔力の総量が増した気がする。
ゾイルと出会った頃に比べれば、二十倍ほどにはなっているだろう。
もっとも、もともとの魔力量が少なかったのだから、倍率だけ見ても大した意味はない。
それでも、ここ一か月も経たないうちに、これほど伸びているのは異常だ。
その自覚くらいはあった。
今の俺なら、中位級の相手ともそれなりに渡り合えるかもしれない。
……まあ、だからといって、わざわざ戦いに行こうとは思わないんだけどな。




