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22-5 ゾイル、故郷に立つ   森の奥の隠れ里

「もうすぐ、里に着きますよ」


「やっとか……。この森は魔獣や魔虫が多すぎて過酷だな」


魔界の森には、強くはないが数の多い小型の魔物が数多く棲んでいる。

サタン一行は、次々と襲いかかってくる魔物に四苦八苦しながらも、なんとか進んできた。


もちろん、さまざまな魂も回収済みだ。


蝙蝠型の魔獣に、ゴキブリ型の魔虫。

バッタ型の魔虫に、シカ型の魔獣。


特別強い魔物ではなかったので、魔虫は俺一人で倒した。

ゴキブリ型の巨大な魔虫が相手だったときなど、ゾイルもヨルカも最初から戦闘を放棄し、真っ先に逃げ出していた。


ほんとにこいつら、魔虫が相手になると役に立たない。


それとなく苦情を伝えると、


「逆に、サタン様がなぜ戦おうとしていたのかが謎ですよ」


と言い返されてしまった。

解せぬ。


逃げたところで追いかけてくるのだから、撃退したまでの話だ。


「まさか、食べようとは考えていませんよね? 嫌ですよ。いくらサタン様の頼みでも、魔虫は絶対に料理なんかしませんから!!」


ヨルカは全力で拒否している。


仕方がないので、魂だけ抜いて取り込む。

おかげで、移動速度上昇や空間知覚の性質を取り入れることができた。


(おお、また能力を手に入れたか)


ルシファーが、心躍るように話しかけてきた。


「便利そうな能力だよな。肉体のほうも取り込みたかったが……しょうがない」


移動速度上昇は文字どおり、素早さが上がる能力だ。

戦闘時には敵との距離を一気に詰め、攻撃することができる。


しかし当然、歩く速度も速くなる。

普通のペースで歩くと、ゾイルとヨルカがついてこられなくなるため、ゆっくり歩くよう気をつけなければならない。


空間知覚は、広い範囲の敵や攻撃を認識できるという優れものだ。

不意打ちや敵の数を把握するのに役立ちそうだし、これで待ち伏せにも対応しやすくなった。


鹿の魔獣はヨルカがおいしく調理してくれ、その肉も余すことなくいただいた。

魔虫の肉も、せっかく狩ったのだから食べようと提案したが、ゾイルとヨルカに猛反発された。


せっかくだから、いろいろ食べてみたいのに……。


ワ族の村に戻ったら、族長のイルカに魔虫の調理を頼んでみよう。

イルカなら、何でもおいしく料理してくれるに決まっている。


魔力の総量も、わずかに増えたようだ。


 


「サタン様、あれが私の里です」


ゾイルにそう言われたものの、一瞬、何のことかわからなかった。

だが、目を凝らしてよく眺めると、たしかに門のようなものが見える。


それほどまでに、里全体が森と違和感なく一体化していたのだ。

ゾイルに教えられなければ、そのまま気づかず通り過ぎていただろう。


巧妙に隠された里。

さすがは隠れ里というべきか。


俺たちはゾイルに案内されるまま、里の門へと近づいていく。


「止まれ。何用だ」


門の前まで来たところで、上から鋭い声が飛んだ。


見上げると、門の上に設けられた見張り小屋から、二人の見張りがこちらを見下ろしている。


「俺はゾイル。里長に挨拶しに来た。この二人は俺の客人だ。中へ入れてもらいたい」


ゾイルが門番たちへ答える。


「おい、あれ……ゾイルじゃねえか!」


「ほんとだ、生きて帰ってきたぞ! おい、みんな! ゾイルが帰ってきたぞ!!」


門番の二人はたちまち興奮し、里の中へ向かって大声で知らせた。

すると、奥のほうから歓声とも悲鳴ともつかぬ声が一斉に上がる。


「どうやら、ゾイルは歓迎されているようね?」


ヨルカが、うれしそうにゾイルの肩へ手を置いた。


「ああ……もう十年も経った。みんな、すっかり忘れているんじゃないかと思っていた。忘れていなくても、勝手に里を抜けた俺を憎んでいるかと……。だが、どうやら状況はそこまで悪くないらしい」


ゾイルもまた、ほっとしたように答える。

だが、その表情にはまだ緊張が色濃く残っていた。


無理もない。

ゾイルにとって、本番はここからなのだ。


里長に会い、さらに剣術の師と向き合わなければならないのだから。


「開門!!」


門番たちはそう叫ぶと、門上の滑車を回し始めた。

重い音を立てながら、門扉がゆっくりと持ち上がっていく。


門が開くにつれ、里の内部が見えてきた。

中ではすでに多くの者たちが集まり、こちらを興味深そうに見つめている。


高床式の住居から次々と人が出てきて、里中の者が総出で俺たちを迎えようとしていた。


俺には、新たに目覚めた空間知覚の能力がある。

そのおかげで、この里にいる一人一人の動きが手に取るようにわかった。


だが、情報量が多すぎる。


頭の奥がじわじわと熱を持ち、処理するだけでひどく疲れる。

正直、こんな力は戦闘のときだけ使えば十分な気もする。


だが、ルシファーは容赦がない。


“常時使いこなせ”――そう命じてきた。


しんどい話だ。

だが、せっかく得た力も、磨かなければ宝の持ち腐れになる。


それは理解できる。

なんでもルシファーに頼るわけにはいかない。


だから俺は、嫌々ながらもこの里の中で能力を使い続けていた。


その時だった。


里の奥から、二つの気配がこちらへ真っ直ぐ近づいてくるのを知覚する。

周囲の里人たちは、その二人のために自然と左右へ分かれ、道を開けた。


この扱いからして、あれが……。


「里長、そして師匠。ご無沙汰しております」


ゾイルが、近づいてきた二人へ深く頭を下げる。

よほど緊張しているのだろう。額にはびっしょりと汗が浮かんでいた。


「ゾイル……よく帰ってきた」


里長は、やわらかな声でそう告げた。


その言葉に、ゾイルははっと顔を上げる。

目には、うっすらと涙さえにじんでいた。


「里長……私は……」


「なぜ帰ってきた!!!」


次の瞬間、もう一人の男が怒声を放った。

そして、誰も反応できぬまま、そいつは動いた。


一瞬だった。


目の前にいたはずの男が、消えたように見えた。

そう思った時には、すでにゾイルの体が宙を舞っていた。


殴られたのだ。


あまりにも速い。

俺の目にすら、動きの始点が捉えきれなかった。


気づけば、ゾイルは大きく吹き飛ばされ、はるか後方――門の外まで叩き飛ばされていた。

ゾイル本人でさえ、自分が殴られたことを認識できていないようだった。


あまりの出来事に、俺も、ヨルカも、里の者たちも、誰一人として声を出せない。


場が凍りつく。


……この師匠、相当な使い手だ。


「閉門しろ」


師匠は門番へ短く命じた。

低く響くその声には、有無を言わせぬ迫力があった。


「え、でも……」


門番は戸惑っている。

せっかくゾイルが帰ってきたというのに、今度は締め出せというのだから当然だ。


「閉めろ!!」


師匠は、今度は気迫ごと叩きつけるように言い放った。


「は、はいぃぃぃ!!」


その圧に完全に呑まれ、門番はびくりと身を震わせる。

慌てて滑車を回し、門を閉じ始めた。


ゴオン――と重い音が響く。

門は容赦なく閉ざされた。


そしてゾイルは、なお立ち上がれぬまま、門の外に置き去りにされた。


「失礼なところを見せてしまったな、客人。私はあのバカの師であるホクサイだ」


「……ホクサイ殿、私はサタン。この者はヨルカです。ゾイルの旅の仲間です」


びっくりして、言葉が詰まりそうになった。

しかし、気を取り直して挨拶を終える。


「サタン殿、私はこの里の里長であるマタゾウ。……ゾイルは後ほど里の中に入れるので、まずは私の家にどうぞ」


里長は、ホクサイがゾイルを殴り飛ばしたことに驚いていたようだが、気を取り直したのか、自分の家へ招いた。


どうやらこの里では、里長のマタゾウよりホクサイのほうが発言力が強いらしい。


見た目は魔人で言えば四十歳くらいのナイスミドルにしか見えないが、もしかしたらかなり長く生きているのかもしれない。

魔人の年齢は、見た目と比例しないのだ。


「おっかない師匠さんですね」


ヨルカは、俺にそっと耳打ちする。


「まったくだ。この人に剣の修行をつけてもらうの、やめようかな……」


俺もヨルカにこそっと告げる。


さっきの光景が頭から離れない。

ふつう、みんなが感動の再会をしている最中に殴り飛ばすか?


ちょっと俺の常識から外れている。

頭のおかしい要注意人物だと決めつける。


(ならん。絶対にあの者から、なんとしてでも指導を受けるのだ!!)


ルシファーが、また頭の中で強く言った。


「うげっ!?」


思わず声が漏れる。


ヨルカはぎょっとした顔で、サタンの顔を見る。


(絶対に剣術を学ぶのだ)


ルシファーがこう言ったら、まず意見を曲げない。

なんとなく、ルシファーの性格がつかめてきた俺であった。


「どうかされましたかな?」


前を歩いていたホクサイが、俺の漏らした声に反応した。


「い、いえ。大したことではありませんので、お気になさらず」


俺は愛想よく返答した。


(おい、どういうことだ?)


俺は頭の中でルシファーに問いただす。


(あの者の動きを見ただろう? 魔力がほとんど無い代わりに、身体能力が飛躍的に向上した個体のようだな。そのうえ、一切無駄のない美しい動きだった。体を動かす技術が卓越している。絶対に指導を受けるのだ)


ルシファーの声は、どこか興奮しているようだった。

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