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22-3 トレントの悩みと願い

三人は森を進む。


ざわ、と枝葉が揺れる。

風が吹いたわけではない。

森そのものが、こちらを警戒しているような気配だった。


「……なんか、嫌な感じがします」


ヨルカが小さくつぶやく。

その声に、ゾイルも眉を寄せた。


「ああ。静かすぎるな。鳥も鳴いていない」


俺も同じことを感じていた。

木々は青々と茂っているのに、生き物の気配が妙に薄い。

まるで森全体が息を潜め、侵入者である俺たちを観察しているようだった。


次の瞬間だった。


地面が盛り上がる。


「っ!?」


俺たちの足元から、何本もの太い根が槍のように突き上がってきた。

反射的に跳びのく。

さっきまで立っていた場所を、鋭い木の杭が容赦なく貫いた。


「いきなりかよ!」


俺が叫ぶより早く、今度は左右の木々の枝がうねる。

鞭のようにしなりながら、何本も一斉に襲いかかってきた。

「森が敵意むき出しだな」

ゾイルは最小の動きで鞭のような枝葉の攻撃を避ける。


「サタン様、上です!」


ヨルカの声に顔を上げる。

頭上の枝葉の隙間から、無数の木の実のような塊が降ってきた。

だがそれは実ではない。

棘だらけの種だった。


「ちっ!」

俺は魔力弾を放ち、空中でまとめて撃ち抜く。

破裂した種から粉のようなものが広がり、周囲の草を一瞬で黒ずませた。


毒か。

なかなか物騒だな。


「これ、完全に歓迎されてませんね……!」

ヨルカは俺の背後に下がりつつ、短剣を握りしめる。

だがその表情は怯え一色ではない。

状況を見極めようとしていた。


「誤解されてるだけかもしれません」

ゾイルが枝をもう一本叩き落としながら言う。

「この森、誰かに荒らされた後なのかも。侵入者は全部まとめて敵扱い、ってな」


その言葉を聞いて、俺は周囲を見た。

確かに木々の幹には、古い切り傷がいくつも残っている。

焦げ跡のある場所もあった。

ただの自然の森じゃない。

何者かに痛めつけられた痕跡だ。


「なるほどな……」


俺は構えたまま、大きく息を吸った。


「おい! そっちに聞こえてるなら言うぞ! 俺たちは森を荒らしに来たわけじゃない!」


その瞬間、攻撃がぴたりと止まった。


枝のうねりが止まり、根もそれ以上は伸びてこない。

森が、言葉の意味を測るように沈黙する。


やがて――

前方の巨大な老木が、ぎしり、と音を立てて動いた。


幹に見えていた部分が裂け、そこに節くれだった顔が浮かび上がる。

深い皺のような樹皮。

苔をまとった長い眉。

二つの窪んだ目の奥で、淡い緑光が揺れていた。


「……トレントか」


ゾイルが低くつぶやく。


老木の魔物――いや、この森では守り手なのだろう。

巨大な腕のような枝をゆっくり持ち上げ、そいつは俺たちを見下ろした。


『魔の者……よくも、森へ踏み入った』

声は重かった。

大地の下から響いてくるような、腹に沈む声だ。


『斧を持つ者、火を放つ者、木を裂く者……近ごろ多い。ゆえに、疑った』


「まあ、そりゃそうなるか」


俺は肩をすくめた。

いきなり殺しに来るのはどうかと思うが、事情はわからなくもない。


ヨルカが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

「私たちは森に住む者。森の木々とは共生関係にあることを理解している。森の賢者よ。どうか気を静めてください」


「こっちも必要以上に傷つける気はない。襲われたから払っただけだ」


トレントはしばらく黙っていた。

風もないのに、その全身の枝葉がざわざわと鳴る。

考えているのだろう。


やがて、緑の目が俺に向いた。


『おぬしが、先に言葉を発した。力で押し切らなかった』


「まあな。全部吹き飛ばすのは簡単そうだったけど、そうしたら後味悪いし」


『……ふむ』


少しだけ、森の空気が和らいだ気がした。


『ならば、試させてもらおう』


「試す?」


トレントの根がゆっくりと地中を這う。

その先で、土がぼこりと膨れた。

そこから現れたのは、黒ずんだ粘液に覆われた何かの残骸だった。

小型の魔獣の死体らしい。

だが腐っているというより、瘴気に侵されているように見える。


『森の奥に、穢れの泉が生まれた。本来この森にはない瘴気だ。あれのせいで木々が狂い、小さき者らも変じておる』


ヨルカの顔が曇る。


「だから森全体が過敏になっていたのね……」


『我ひとりでは、根を張ったまま離れられぬ。泉を浄めるか、原因を断ってほしい』


なるほど。

ただの頼み事じゃない。

森の主が、自分では動けないから代わりにやれというわけだ。


ゾイルが口の端を上げた。


「依頼ってことか。話が早くて助かる」


「報酬はあるのか?食い物とか?」


俺が聞くと、ヨルカが「まずそこなんですか」と小声で突っ込んだ。


トレントは枝を揺らした。

笑ったのかもしれない。


『森の恵みを与えよう。癒しの樹液、魔を遠ざける若葉、そして道に迷わぬための枝。おぬしたちには役立つはずだ』


食べ物ではないが、悪くない。

これからの旅を考えれば、むしろかなりいい。


「受けよう」


俺が答えると、トレントの幹が低く唸った。


『感謝する、異邦の者たちよ』


森の奥から、かすかに嫌な気配が流れてくる。

湿り気を帯びた瘴気。

生き物を腐らせ、木々を狂わせる、不快な空気だ。


俺はその気配のする方へ目を向けた。


「じゃあ、その穢れの泉とやらを潰しに行くか」


ゾイルが剣の柄に手を置く。


「ようやく本題だな」


ヨルカも緊張をにじませながらうなずいた。


「気をつけましょう。森自体は敵じゃなくても、奥にいるものは違うはず」


トレントの枝が、ゆっくりと一本伸びる。

その先端が裂け、淡い緑色の光を宿した小枝が三本落ちてきた。


『それを持て。森は、味方を見失わぬ』


俺は小枝を拾い上げた。

手にした瞬間、周囲の木々のざわめきが少しだけ穏やかになる。


どうやら、本当に信用してもらえたらしい。


「よし。行くぞ」


そう言って俺たちは、森のさらに深い奥へと踏み込んだ。

今度はさっきと違う。

警戒の視線は残っていても、木々はもう俺たちを拒まなかった。


森の主に託された依頼。

その先で待つものが何であれ、叩き潰して終わらせるだけだ。


森の奥へ進むにつれ、空気はさらに重くなっていった。


湿った土の匂いに混じって、鼻の奥を刺すような異臭が漂ってくる。

腐臭というほどではないが、もっと質が悪い。

喉の奥にへばりつくような、嫌な臭いだ。


「この匂い……泉の方からですね」


ヨルカが眉をひそめる。


木々の間を抜けると、やがて開けた場所に出た。

そこにあったのは、森の中央にぽっかりと口を開けた小さな泉だった。


本来なら澄んだ水をたたえていたはずなのだろう。

だが今は違う。

水面は鈍く濁り、紫がかった膜のようなものが浮き、周囲の草木まで黒ずんでいる。


その泉のそばに――いた。


「……狸?」


思わず、そんな言葉が口から出た。


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