22-2 異臭の獲物、至高の一皿
「さて、俺たちも、そろそろゾイルとヨルカのもとに戻るか」
ずいぶん長く話し込んでしまった。
他にも黒い奴がいたら、話しかけてみよう。
そう思いながら、来た道を引き返す。
「サタン様、遅いですよ」
「悪い悪い。お、今日もうまそうな料理だな」
「はい。今日はゾイルが仕留めてくれた邪香山シカをさばいて、カレーにしてみました」
「カレー?」
「まあ、いろいろなスパイスを混ぜた料理だと思ってください。邪香山シカは肉の臭いが強烈なので、こういう食べ方が一番なんです」
ゾイルはサタンに皮を差し出した。
「これは邪香山シカの臭腺です。なかなか強烈なにおいでしょう?」
「うっ」
受け取った皮からは、脇汗を集めて煮込んだような、強烈な悪臭が漂っていた。
俺は慌てて、その皮をぶん投げた。
「あっ、サタン様! それは売る――というか、物々交換に使うので、捨てないでくださーい!」
ゾイルは慌てて、投げ捨てられた皮を拾いに行った。
「そんな臭いものを欲しがる奴なんているのか?」
「ええ。臭いからこそ、いろいろな用途に使えるのですよ。薬草と混ぜ合わせれば、異性の魔人を惚れさせる媚薬を作ることも可能です」
「おおおっ!? なんだって!?」
「サタン様、鼻の下が伸びてますよ」
ヨルカが白い目で俺を見てくる。
「べ、別に使ってみたいとか考えてないからな。あくまで知的好奇心だ!!」
「さて、気を取り直して食事にしましょう」
手を洗ったものの、まだ手には臭いが残っていた。
しかし、カレーの良い香りが、その臭気をきれいにかき消していく。
「なんだこれは……匂いだけで、よだれが……」
「このカレーは、臭いの強い素材をうまく活用する料理なんです。ほら、先ほどのような嫌な臭いではないでしょう?」
ヨルカは、カレーの入った器を俺に差し出した。
「うっ……!! 見た目はやばいな! だが……」
器から立ちのぼる蒸気が、俺の鼻腔をくすぐる。
茶色い半液体状のスープの中に、肉と黄色や赤の野菜が浮かんでいる。
先ほどは悪臭としか思えなかったにおいが、今では食欲をかき立てる香りへと変わっていた。
「匂いはいいが、肉の味はやっぱり臭いんだろうな……」
「いいから食べてみてください」
そう言われ、俺はカレーを一口食べた。
どろりとした、少し粘度のある液体が口の中に広がり、その濃厚な味が舌の上にとどまる。
「うまい! うますぎる!! なんだこれ!」
最初に感じたのは、野菜由来の甘みと深いコク。
そこに肉の脂と黒玉ねぎの旨味が重なり合う。
さらに、肉の奥に眠っていた赤身ならではの野性味が顔を出す。
その合間に、ひょっこりと酸味が現れた。
後味には、スパイスの辛みが舌と喉をほどよく刺激し、次のひと口へと手を伸ばさせる。
「ヨルカ!! これ、めちゃくちゃうまいな! 邪香山シカがこんなにおいしく食べられるなんて驚いた!」
ゾイルも大きくうなずき、絶賛している。
そう。
肝心の邪香山シカは、予想していたよりもはるかに臭みがなく、格段においしく食べられていた。
「肉は魔獣の乳に漬け込んで、そのあと玉ねぎにも漬けておいたんです。臭み対策はばっちりですよ」
「それだけ丁寧に下処理をしていたんだな。これは本当にすごい」
「へへっ。おほめいただきありがとうございます。これは私のお気に入りの料理なんです」
ヨルカも嬉しそうに答えた。
次から次へと食欲が湧き上がる。
この料理なら、いくらでも食えそうだ。
体がじんわりと発汗し、内側で何かが燃えるような感覚がある。
それと同時に、魔力の上限が取り払われていくような感覚すらあった。
「ぷはー! 最高だ! こんな気持ちになれる料理も、なかなかないもんだ!」
「いい食事でしたね」
「喜んでいただけて何よりです」
俺は食べ終わると、満ち足りた気分のまま眠りについた。
そして、シャドウと会ったことを二人に話すのを、完全に忘れていた。
まあ、別に急いで言う必要もないだろう。
このときは、そう思っていた……。




