22 謎の種族シャドウとの邂逅
洞窟を出た翌日。
奇襲を受けることもなく、旅は続いていた。
「サタン様、本日はこのあたりで野営にいたしましょう。ヨルカ、料理は任せてもいいか。俺はテントを設営する」
「ええ、わかったわゾイル。サタン様、これからお食事の準備をいたしますので、のんびりしていてください」
ヨルカは、従者としての役割がずいぶん板についてきた。
里を出たばかりのころとは大違いだ。
「いいのか? 俺も手伝うが?」
「大丈夫です。こういうことも私たちの仕事ですので。その辺を散歩でもしていてください」
ゾイルの顔を見ると、無言でうなずいている。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
俺は食事の用意ができるまで、周囲の探索と警戒をして回ることにした。
決して、のんきに散歩していたわけではない。
すると、少し先に黒いもやのようなものが揺れているのに気づいた。
「おい、ルシファー! 起きろ! 早く!」
(なんだ、そんなに慌てて)
「黒い影がいるぞ! 早く、視界の切り替えをやってくれ!!」
(なんだ、そんなことか。《アイズ・スイッチング》)
「おお、すごい! あれは……魔人か?」
(いや、よく見てみろ。足がないぞ)
ルシファーの言う通り、黒い影は人型ではあるものの、足がなかった。
そのうえ、肌は全身灰色で、真っ黒な服のようなものに包まれている。
「は、話しかけてみるか?」
(好きにすればよいだろう)
ドライなやつめ。
ルシファーは、あまりこの黒い影に興味がないらしい。
「じゃ、じゃあ、話しかけるぞ」
未知との接触。
なんだか緊張する。
俺は恐る恐る、その影に声をかけた。
「あのー……ここで何してるんだ?」
黒い影は、ゆっくりとこちらに振り返った。
「おや。あなた、俺のことが見えるんですか?」
思ったより明るい声だ。
というか、しゃべるのか!?
敵意はなさそうだった。
「お、おう。前から姿はぼんやり見えてたんだが、今ははっきり見えるぞ。目の色が変わったからかな?」
「なんと! ついに俺たち一族の姿が見える者が現れたのですね。言われてみれば、あなたの目はたしかに特殊な色をしております」
「ところで、お前たちは何者なんだ?」
「俺たちは、種族名をシャドウと申します。俺の名はアスカントです」
「アスカントか。よろしくな」
(シャドウという種族、聞いたことはあるか?)
(ああ。確信はなかったが、今ので理解した)
(いったい何者なんだ?)
(それは、我の口から言うより、そやつ本人から聞くがよい)
(それもそうだな)
「シャドウとは、どういう存在なんだ?」
「俺たちは、肉体を持たぬ魂の集合体が変質した存在でございます。魔力を糧にして生きながらえております」
「ああ、なるほど。だから俺には見えるのか」
「やはり、あなたは魂が見えるのですね?」
「生まれた時からな。でも、お前たちみたいな存在を知ったのは最近だぞ?」
「俺たちは他者の魔力を食らい、それと融合しております。元の魂からはかなり変質しておりますので、見えなくても無理はありません。俺たちの姿が見える者は、かなり少ないはずですよ」
なるほど。
このシャドウが見えるのは、ルシファーが宿ったことで魔力の濃淡まで見えるようになったからか。
「ところで、あなたの名はなんというのです?」
「ああ、悪い。名乗り遅れた。俺の名はサタン。旅の者だ」
「……あなた、俺たちと少し似ておりますね。いくつもの魂が、あなたの中で渦巻いているのが見えます」
「さすがだな。その通りだ。俺も魂を食ってるからな」
そう言った瞬間、アスカントはさっとサタンから距離を取った。
「ひえっ! ど、どうか俺は食べないでくださいまし!」
アスカントは震えながら懇願した。
「そう震えるなって。今回話しかけたのは、ただの好奇心だ。取って食うつもりはないから安心しろ。ところで、お前の一族はどこにいるんだ?」
「お、俺たちの仲間は、基本的に各地を放浪して暮らしております。狭い場所にコロニーなんぞ作ってしまえば、魔力の奪い合いになりますので……。であります、閣下」
「閣下と呼ぶな」
緊張した面持ちで話すアスカント。
だから、食うつもりはないんだって。
(食ってしまえ。お前の体が面白い変化をするかもしれんではないか)
(いやいや、こんな変質した魂を食ったら腹を下しそうだ)
(魂も消化器官で処理するのか。それは実に面白い)
なぜかルシファーは笑っている。
こいつは放っておこう。
「一つ聞きたいことがあるんだが、アスカント。ベルゼってやつに心当たりはないか?」
「ああ、最近このあたりにも進出してきている者ですね。奴の配下は非常に強いと聞いております」
「それは俺も知ってる。数日前に、奴の部下と戦ってきたからな」
「それでしたら、あとは……奴はもともと、ここよりもっと北。モラビ大草原を越え、サラン砂漠を越え、クシャル山脈を越えた先の国に本拠地がある、という話でしょうか」
「そんな遠くに本拠地があるのか。じゃあ、その草原地帯や砂漠地帯は、もう奴の支配地なのか?」
「部分的です。あの辺りは別の魔人が主に支配しています。まあ、その魔人との縄張り争いのために南下しているようです。ベルゼは最近では、このサタヤイ大森林にまで勢力を伸ばし、この大陸全土を統一しようとしております」
ベルゼは、この大陸の支配者になる一歩手前まで来ているらしい。
そうか。ここはサタヤイ大森林という場所なのか。
初めて知った。
しかも、この大陸は逆三角形に近い形をしているらしい。
せっかくだ。聞けることは何でも聞いておこう。
「ずいぶん地形に詳しいんだな。ほかにも大陸はどれくらいあるんだ?」
「あなた、本当に何もご存じないのですね……おっと、失礼いたしました。仲間は世界各地におりますので、年に一度、亜空間で集会を開いて情報共有しているのです。大陸は全部で七つ。ちなみにここは、最大の七大陸――ユーザルト大陸でございます」
(亜空間だと?)
その言葉に、今まで無関心だったルシファーが初めて強く反応した。
(おい、サタン。そやつに、その亜空間を作っている者がどんな相手か聞け)
亜空間ってなんだよ、と思いつつも、俺は言われた通りに尋ねた。
「その亜空間を作ってるやつって、どんな奴なんだ?」
「ああ、やはり気になりますか。俺たちのボス、アスタロト様でございます」
「ボス? シャドウの王か?」
「いえ、ボスはシャドウではありません。それに、ボスの上に王がおり、王はベリアル様という方です」
(……)
ルシファー、黙っちまった。
いったい何者なんだ?
「アスタロトとベリアルか。覚えておこう」
「様をつけてください、様を」
「そいつは強いのか?」
「あなた、なんと不敬な……! 強いなんてものではございませんよ。このあたりの下位魔人や中位魔人など、まとめて一撃でしょう」
「まじか。目をつけられたくないな」
「はは。一応、あなたのことはアスタロト様に伝えておきます。俺たちの姿が見える者の出現は、かなり久方ぶりですので。それから、こちらを――ぽちっと」
アスカントはそう言って、俺の手の甲に何か印を押した。
「余計なこと言うな!! ……ん? なんだこれ?」
「あなたの居場所が、俺にすぐわかるよう目印をつけさせていただきました。暇があれば遊びに参りますよ」
いつの間にか、少し口調が崩れている。
「まあいい。暇だったら、またいろいろ情報を教えてくれ。でも、アスタロトには俺のことを言わなくていい」
「様をつけてください。久方ぶりに魔人と話せて楽しかったですよ。情報、楽しみにしていてくださいね」
アスカントはそう言い残し、どこかへ去っていった。
「ふふ。サタン、ですか。面白い方でしたね」
アスカントは、まるで友ができたかのような温かな気持ちを胸に、再び放浪の旅へ戻っていった。




