20 魔拳激突 武を知るオーガ
(あのオーガ、若干だが魔力操作もできるようだな)
ルシファーは感心したように、オーガの分析を始めていた。
なるほど。ただの馬鹿力だと思っていたが、どうやら少なからず魔力を上乗せした一撃だったようだ。
すると何を思ったのか、オーガは剣を地面に突き立てた。
そして武術家のような構えを取ってみせる。
明らかに、素手での勝負を望んでいる。
……勝つことが目的ではないのか?
「素手で勝負か。いいだろう」
魔力を練り上げ、全身に纏う。
少しだけ腕の感覚は戻ったものの、しびれはまだ残っている。
その腕を保護するように、魔力を多めにまとわせた。
俺はオーガへ向かい、魔力を込めた拳で殴りかかる。
だがオーガは、その攻撃を真正面から受け止めず、受け流すようにいなした。
(手にまとわせた魔力の量を見抜いているのか)
真正面から受け止めればダメージを負うと理解しているのだ。
しかし、攻撃をいなすのは簡単なことではない。
明らかに武術の心得がある。
自然界に住むオーガが、これほどの技術を持つことなどあり得ない。
サタンはここで初めて、このオーガが同格、あるいはそれ以上の者たちと共存しながら生きている、社会性ある存在だと確信した。
先ほど倒したホブゴブリンとは違う。
到底、相手にならないだろう。
オーガは先手に転じた。
オーガの拳は大きい。
サタンの頭よりもなお大きく、まるで大砲のような一撃だった。
まともに食らえば、ただでは済まないのは明白だ。
拳のサイズが大きすぎるため、下手に避けるより受け流す方法を選ぶ。
正直、肉弾戦は得意ではない。
しかも厄介なことに、このオーガには魔力操作と武術の心得がある。
無駄な動きが少なく、拳筋も正確にサタンを狙ってくる。
これだけの巨体でありながら、動きも敏捷だ。
技術的には相手が上だ。
オーガの攻撃を、魔力を纏って強化した体で受け流しながら観察する。
――このオーガは何者だ?
その疑問が頭から離れない。
「ルシファー、徒手空拳はいけるか?」
(愚問だな。我にできぬことはない)
「じゃあ、頼んだ!」
俺はあっさりと、ルシファーに体の権利を一時的に委ねる。
(任せておけ。しかし、我はこいつの攻撃をいなすことに徹する。攻撃はそなたが対処せよ)
「ありがたい」
こんな時でも、ルシファーは俺の鍛錬を欠かさない。
拳と蹴りによる攻防は、十分もの間続いた。
互いの衝突のたび、周囲に衝撃波が走る。
洞窟の天井や壁から、ぱらぱらと細かな砂や石粉が降り注いだ。
洞窟の空間は、ゆっくりと、しかし確実に形を失っていく。
このまま戦闘が長引けば、崩壊するのも時間の問題だろう。
俺はハイキックを放つ。
……オーガの胸部ほどの高さだが。
オーガはそれを平然と腕で受け止めた。
「まとわせる魔力が少ない部位の攻撃は受け止めるのかよ。ほんと嫌な奴だな」
オーガはお返しといわんばかりに裏拳を放つ。
「あぶねッ」
太い丸太のような腕から繰り出される一撃を、身を低くしてかわす。
その低い体勢のまま地面に手をつき、腹部めがけて蹴り上げる。
サタンは知る由もないが、それは躰道で使われる変技の一つだった。
倒木するように体軸を倒しながら相手の攻撃をかわし、その勢いを利用して威力を高める術技である。
蹴りはオーガの腹部に直撃し、その巨体を一瞬だけ浮き上がらせた。
しかし、分厚い腹筋に守られ、ダメージはわずかなようだ。
「きりがないな。ルシファー!!」
肉弾戦は分が悪い。
さらに、剣の一撃を受け止めたことで、まだ体にはしびれが残っている。
これ以上は持たないと判断した俺は、ルシファーに呪文を放つよう指示を出した。
正直、腕が悲鳴を上げている。
オーガにこちらの戦力を分析されている気もしたが、背に腹は代えられない。
(わかった)
「燃える魔球よ。敵を燃やし粉砕しろ。ファイヤーキャノン!!」
ルシファーの詠唱が終わると同時に、炎の玉が猛スピードでオーガへ向かう。
まともに直撃すれば、周囲十メートルほどを焦土に変える威力だろう。
先ほどシャーマンが放ったファイヤーボールの上位互換――ファイヤーキャノンが、オーガを襲う。
爆発音と熱気が洞窟内に広がった。
続いて、洞窟の一部が崩落する音が響く。
「……まじか」
土埃が晴れると、人影が見えた。
思わず愚痴が漏れる。
「あれでも仕留められないのか」
オーガはファイヤーキャノンの直撃を受けたにもかかわらず、その場に立っていた。
魔力をまとった腕を前に出して防御し、その身を守ったのだ。
シャーマンが二人減ったことで魔法障壁の効果は薄れ、攻撃自体は通ったようだ。
だが、それでもオーガに致命傷を与えるには至らなかった。
今の攻撃で、魔力はほとんど尽きてしまった。
体もぼろぼろだ。
さて、どうしたものか……。
「オマエ達、いったい俺らのすみかに何の用ダ?」
俺が悩んでいる最中、驚いたことにオーガが話しかけてきた。
「しゃべれるのか。ただの馬鹿力の野郎かと思っていたが、魔力も扱えるようだし、話もできるのだな。お前たちがヨルカを攫ったから、連れ返しに来ただけだ」
「そこの女か。生贄が必要だといったからツレテきた。コンナニ被害が出るのなら、連れてきたのは間違いダッタ。連れていくがイイ」
「ああ? ケンカ売っといて何言ってんだ!?」
ヨルカがオーガの言葉に腹を立てたのか、吠える。
ほんとこの娘は、思ったことを全部言う……。
まあ、ヨルカのことは放っておくとして、オーガの言葉を吟味する。
驚いたことに、流暢に話すうえ、知性もあるようだ。
「これ以上争いを望まないというのか? 俺はお前たちの仲間を殺したんだぞ?」
「弱いから死んダ。それだけダ」
オーガは、弱い者は死んで当然だと言わんばかりに吐き捨てる。
どうやら、こいつらに仲間意識はなさそうだ。
価値基準は、強さがすべてなのだろう。
「まあ、俺らもヨルカが無事なら、これ以上争う理由はないからな。ただ一つ聞かせろ。生贄とは何だ? 誰に対しての生贄だ?」
「オマエらには関係ないが……教えてやろう。私たちの偉大な主、ベルゼ様に対してダ」
「ベルゼ様だと?」
「ああ。偉大なお方は、私やこのシャーマン達に力を与えてくださったのだ。ただのゴブリンやホブゴブリンだった私が進化できたのも、あのお方のおかげ。オマエもなかなかの実力者。ベルゼ様に忠誠を誓うというのなら、紹介してやろう」
なるほど。
戦いをやめたのは、勧誘のためだったか。
「興味ないな。俺はおいしいものを食べて過ごせれば、他はどうでもいいんだ」
「それほどの力があって……愚かな。あのお方はいずれ、この魔界の支配者となるお方。身の振り方をよく考えることダ」
「気が向いたら挨拶でもしてやるよ。とりあえず今日はここで失礼しよう」
「ちょっ!? サタン様、かたきを取ってくださらないのですか?」
「かたきって、俺たちの味方、誰も死んでないんだからいいんだよ!」
それを言うなら、むしろゴブリンたちやホブゴブリンのシャーマンを殺した俺たちに向けて使う言葉だろう。
「いいから、今日は引くぞ」
俺は踵を返し、洞窟の出口へ向かって歩き出す。
実際、魔力の底が尽きかけたこの体で、これ以上戦闘を継続するのは危険だ。
「置いていかないでください!!」
ヨルカは慌てて俺の後を追ってくる。
しかし、オーガの言ったベルゼ様とは、いったい何者なのだろうか。
あのオーガは、ホブゴブリンから進化したと言っていた。
魔物の進化は稀に起こることがあるが、それはかなり珍しい現象だ。
それを人為的に起こし、進化を促す存在。
敵対すれば、間違いなく厄介な相手になるだろう。
「これは注意しておく必要があるな……」
サタンたちは洞窟での出来事を胸に刻み、その場を後にした。




