19 オーガの迫りくる巨剣と四人の呪術師
4匹のホブゴブリンは、身長がそれぞれ1.7メートルほどあった。
サタンより少し大きい。
黒いローブを羽織り、杖らしきものを手にしている。
首には動物や人の骸骨、乾燥した指が吊るされていた。
身なりからするに、呪術師なのだろう。
術でオーガを支援してくることが想定される。
そして、オーガと思しき個体は、3メートルほどの巨体を誇っていた。
赤い顔に、額から二本の角が生えている。
手には、幅2メートルほどもある分厚い巨大な剣が握られていた。
刃は磨かれていない。
だが、叩き切ることや叩き潰すことが目的なら、とにかく頑丈であれば問題ないのだろう。
近接型のボスに、支援役。
さらに遠距離攻撃を担う魔法使い。
バランスのいいチームだ。
こいつらは、少し厄介そうだ。
まずは様子見として、俺は複数の魔力弾を放つ。
狙うのはシャーマンたちだ。
まずはあいつらを潰すことに専念することにしよう。
魔力弾が4人のシャーマンへと襲いかかる。
魔力弾は以前にも増して、速度も威力も上がっていた。
魔力の量に比例して強さが増す。
シンプルで、なおかつ使い勝手がいい。
ルシファーの手を借りずとも撃てるのもあって、サタンはこの技を気に入っていた。
衝撃音とともに、土埃が周囲に広がる。
「やったか?」
視界の悪い中、俺は目を凝らした。
(まだだな)
ルシファーは端的に答える。
土埃が晴れると、そこには傷ひとつ負っていないシャーマンたちの姿があった。
(魔法障壁だ。呪文の詠唱時間を考えると、おそらく俺たちがゴブリンどもの相手をしている間に、あらかじめ済ませていたのだろう)
なるほどな。
ゴブリンたちは、完全に捨て駒だったというわけか。
俺たちが魔法を使うとわかった時点で、魔法障壁の詠唱を終えていたに違いない。
しかし、魔力弾が効かないとなると、次は接近戦に持ち込むしかないか。
武器もない状態でオーガに肉弾戦を挑むなど、普通の下級魔人なら無謀そのものだ。
オーガはこの辺りの森では、肉体的な強さで言えば最上位に位置する。
2メートルを超えるハンマーグリズリーや、森の主だった一角イノシシを獲物にしているといえば、その強さも少しは伝わるだろうか。
(サタン。ただの魔力弾では、今のあいつらには効きが悪い。だからといって、普通の肉弾戦ではオーガに勝つのは厳しいだろう。魔力を体に纏わせて戦うのだ。障壁のせいで威力は落ちるが、シャーマンを仕留めるくらいなら十分だ)
ルシファーが指示を出す。
俺は言われた通りに魔力を練り上げ、その魔力を全身の体表に留めた。
威力が最大になるような細かな調整は、ルシファーがやってくれる。
「サタン様、私も加勢いたします」
ヨルカは手探りで荷物から弓矢を取り出し、シャーマンたちに向けて魔力を込めた矢を放つ。
暗さのせいで、周囲の状況はあまり見えていないだろう。
それでも、シャーマンたちの気配を感じ取って、複数の矢を放っているようだった。
直撃した矢はなかったが、そのうちの一本がシャーマンの一人をかすめた。
魔法障壁は、物理攻撃を防げない。
そのことが確認できた。
しかも、シャーマンたちの集中は削がれている。
魔法は集中が肝心だ。
シャーマンたちはヨルカに危険を感じ取ったのか、そちらへ目を向ける。
「俺を前によそ見とは、余裕だな!」
俺はヨルカに意識が向いたシャーマンたちへ一気に接近し、拳を放つ。
先日の戦いで得た筋力強化のおかげで、自分でも驚くほど全身の筋力が底上げされていた。
移動速度も、拳を繰り出す速度も上がっている。
そこへさらに魔力を纏わせるのだから、威力は申し分ない。
思い切り殴りつけた拳は、障壁を貫き、シャーマンの顔面にめり込んだ。
顔の骨が折れる音と感触があった。
さらに殴られたシャーマンは後方の壁まで吹き飛び、叩きつけられる。
ゴシャッ、と何かが潰れる音が響いた。
シャーマンは壁面に血しぶきを撒き散らし、ただの肉塊と化した。
(弱いレベルとはいえ、やはり魔力障壁は厄介だな。あれがなければ、その場で爆散させるくらいの威力は出たのに)
ルシファーは悔しそうにつぶやく。
いや、殴った瞬間に爆散されるなんて御免こうむりたい。
返り血や内臓が降りかかるではないか。
血の中には病原菌が多いと聞く。
変な病気にはかかりたくない。
魔力妨害があってよかったと、俺はひそかに思った。
(魔法を使える者に対しては、かなり優位を取れる魔法だ。特に遠距離攻撃を主としてくる敵にはな。そなたもすぐ使えるようになるから安心せよ。いや、障壁以上の結界魔法も可能だ)
ルシファーが言うように、これから強者との戦いになれば、強力な魔法の応酬になるのは必然だろう。
いずれ習得したい。
さて、では残りのシャーマンも素早く殴り殺すとしよう。
一人殺されて動揺している残りのシャーマンへ近づき、今度は魔力を乗せたハイキックを叩き込む。
シャーマンは反応することもできず、その蹴りを頭部に受けた。
頭部はひしゃげ、吹っ飛んだ体はあたりの岩にぶつかりながら壁へ激突する。
グシャッ。
肉と骨が砕ける音が聞こえた。
胴からは折れた骨が飛び出し、その者が絶命したことを告げていた。
すると相手も反撃を試みる。
残る2人のシャーマンが、ファイヤーボールの呪文を放ってきた。
「氷よ、我を守れ。フロストウォール」
ルシファーが俺の口を借り、瞬時に呪文を唱える。
地面から分厚い氷の壁が出現した。
(助かった、ルシファー)
その氷壁に、2つのファイヤーボールが激突する。
大量の蒸気を発しながら、ファイヤーボールと氷の壁はともに消え失せた。
相手のファイヤーボールも、なかなかの威力らしい。
蒸気で視界が晴れない中、今度は巨大な影がサタンたちを襲う。
オーガだ。
それまで俺の力を観察していたようだが、部下の手に負えないと判断し、ついに動き出したのだ。
オーガが巨大な剣を振り上げる。
岩塊のような刃に、全身の筋肉を総動員して力を込めた。
さらに、わずかな魔力まで乗せられている。
「オーガストライク!!」
次の瞬間、剣が振り下ろされた。
「避けれん!!!」
(手に魔力を集中させろ!)
頭の中に響くルシファーの声。
その指示に従い、サタンは両手に魔力を叩き込むように集中させた。
青白い魔力が腕を覆い、盾のように凝縮していく。
迫り来るのは、ただの剣ではない。
巨人が振り下ろす一撃。
まるで山そのものが落ちてきたかのような質量だった。
衝突。
剣と手がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃が爆発する。
空気が弾け、洞窟全体が震えた。
圧縮された衝撃波がサタンの体を叩き、足元の地面へと叩き込む。
「ぐあっ……これはやばい……!」
全身の骨がきしむ。
嫌な音が体の奥から響いた。
洞窟の地面も悲鳴を上げるようにひび割れ、その衝撃は周囲へと走る。
筋力強化された肉体に、さらに魔力を纏わせてなお――
その一撃のすべてを受け止めきることはできない。
だが、相手の剣は斬るためではなく、叩き潰すことに特化した武器だった。
そのおかげで、腕を両断される事態だけは免れた。
周囲の地面は粉砕され、サタンの足元を中心に巨大なクレーターが広がっている。
膝が砕けそうになる衝撃を、歯を食いしばって耐える。
意識を手放すな。
サタンは意思の力だけで、かろうじて意識をつなぎ止めていた。
体に纏っていた魔力は霧散する。
「二度は受け止めきれないな」
さすがに、厚い装甲のハンマーグリズリーを仕留めるほどの攻撃力を持つだけはある。
受け止めた腕には激痛が走り、しびれて、動かそうにも感覚が戻ってこない。
一度オーガから距離を取り、再び魔力を練り上げて体に纏わせる。
「さて、どうしたものかね……」
サタンたちは、もう一度戦略の練り直しを強いられた。




