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129 奴隷船 制圧

船長の声が降る。

人間たちが凍りつく。

若い男が一歩出かけ、片目の男が腕を掴んで止めた。

今飛び込めば、ただ斬られるだけだ。

船長は見下ろして嗤った。

「雑魚が少し頭を使った程度で、勝てると思ったか?」

剣先がわずかに沈む。

「安心しろ。殺しはしねえ。だが二度と逆らう気が起きねえ形にしてやる」

その瞬間。

サタンが、笑った。

ほんの僅かに。

口の端だけで。

船長の眉が動く。

「……何がおかしい」

サタンは喉元に刃を突きつけられたまま、低く言った。

「お前、自分で言っていただろう」

息は乱れている。

それでも声は、不思議なほど静かだった。

「殺しはしない、と」

船長の顔から笑みが薄れる。

その一瞬。

本当に一瞬だけ、生じた判断の遅れ。

油断からくる一瞬の隙。

サタンは両手で魔剣の刃ではなく柄元を掴み、喉元から外側へ押し流した。

皮膚が浅く裂ける。

血が走る。

構わない。

そのまま体を捻り、下から脚を刈る。

船長の重心が崩れた。

完全には倒れない。

だが、膝が折れる。

そこへサタンは起き上がりざま、額を叩きつけた。

頭突き。

骨と骨がぶつかる重い音。

船長の視界が揺らぐ。

さらに、鼻梁へもう一発。

返す拳で喉。

掌底で顎。

武術でも剣術でもない。

殺し合いのためだけに磨かれた、無駄のない連打。

船長がたまらず後退する。

「この……!」

魔剣が再び振り上がる。

だがさっきより遅い。

鼻血が流れ、片目が潰れかけている。

サタンはその懐へ飛び込んだ。

今度は剣を避けない。

肩で受けた。

肉が裂ける。

熱い痛みが走る。

それでも前に出る。

船長の腕の内側へ潜り込み、肘関節を抱えたまま体を反転。

自分の背を支点にして、全体重で引き落とす。

船長の巨体が、ついに宙を浮いた。

「ぉ、らぁぁっ!」

若い男が思わず叫ぶ。

次の瞬間。

船長の体が甲板へ叩きつけられた。

轟音。

空気が揺れる。

魔剣が手から離れ、板の上を滑っていく。

船長が起き上がるより早く、拳を振り下ろす。

一発。

二発。

三発。

頬骨。

喉。

みぞおち。

最後に、船長のこめかみへ、体重を乗せた拳がめり込んだ。

鈍い音と共に、船長の体が船外へ弾き飛ばされる。

サタンは海面に落ちていく船長に告げる。

「命を賭けた相手に対し、殺気を持たねば、勝機など無い」

ドッボン。

闇夜の水面に鈍い音を立てて、船長は海底に落ちていく。

次の瞬間、巨大なサメたちが船長の体を空へ跳ね上げる。

再び海面へたたきつけたかと思うと、その巨大で鋭い歯が、四肢を喰いちぎった。

海は血に染まった。

魔剣使いの巨体が、完全に沈黙する。

夜の甲板に、荒い呼吸だけが残った。

やがて、ゆっくりと立ち上がる。

全身が血まみれだった。

自分の血か、相手の血かも分からない。

だが、立っている。

片目の男が呆然と呟く。

「……素手で、やりやがった」

若い男も言葉を失っていた。

さっきまで船長に蹴散らされていた人間たちが、誰一人声を出せない。


「船員を縛れ」

低く命じる。

「殺すな。操船できる奴は生かして使う」

その一言で、止まっていた時間が動き出す。

人間たちが一斉に駆けた。

縄を持つ者、船員を押さえる者、負傷者を運ぶ者。

さっきまで怯えていた者たちの動きではない。

彼らは見たのだ。

魔力も武器も失った男が、それでも船長を倒すところを。

サタンはふらつきながらも、甲板の中央に立つ。

黒い海。

鮫の背びれ。

裂けた帆。

血と潮の匂い。

そのすべてを見渡して、短く言った。

「船は取った」

声は掠れていた。

だが、夜の甲板には十分すぎるほど響いた。

「次は生きてこの海を越える。航海士に伝えろ。航路を変え、モラビ草原に向かえと」

その言葉で、反乱はただの暴発ではなく、本当の奪還へと変わった。


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