↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
136/170

120 地獄の八竜 終結

「ガ……ァァァァァ……!!」

苦悶と怒号を重ねた咆哮。

それだけで無間地獄の地面がめくれ上がり、黒い瘴気の津波が四方へ走る。

残る首たちが狂ったように暴れ、砕けた中央首を守るように幾重にも絡み合った。

サタンはインドラの背で踏みとどまる。

魔力は大きく削られた。

傷も深い。

だが終わりは見えている。

ルシファーの声が胸の奥で低く響いた。

「今だ。再生が整う前に落とす」

インドラも喉を鳴らす。

「次は確実に核を破壊する。近づくぞ」

サタンは口元の血をぬぐい、笑った。

「望むところだ」

オロチは巨体だ。

首も牙も呪いも、どれも必殺。

だが大きいということは、深く入り込まれた時に対処が遅れるということでもある。

今、中央首は傷んでいる。

周囲の首も再生を庇う動きに引っ張られ、連携がわずかに鈍っている。

その一瞬の乱れに、三人は賭けた。

「インドラ、中央首の懐へ突っ込め」

「牙の檻に自分から飛び込むか」

「だからこそだ」

インドラの眼が獰猛に細まる。

「いい。竜らしくて好きだ」

次の瞬間。

雷竜が加速した。

羽ばたきではない。

ほとんど落雷に近い突進。雷竜の全身が、さらに強く発光した。

紫、金、黒の雷。

それらが鱗の隙間から噴き出し、インドラ自身の輪郭を溶かしていく。

まるで一頭の竜が、肉を保ったまま雷へ昇華していくような光景だった。

翼が広がる。

その翼はもう、膜ではない。

稲妻を圧縮して形にした巨大な刃。

発光する両翼の縁が、巨大なオロチの体を鋭く切り裂いていた。

「ぐっ」

傷は浅いが確実にダメージが蓄積される。

無間地獄の闇を金紫の線となって裂き、オロチの首群へ真正面から飛び込む。

三つの首が一斉に噛みつく。

右。

左。

上。

だがインドラは急減速と急旋回を同時に行い、牙と牙の隙間、巨体同士のわずかな死角を縫うように滑り込んだ。

その軌道はもはや飛行ではなく、戦場そのものを切り裂く雷の蛇行だった。

「上、来る!」

サタンが叫ぶ。

頭上から落ちてきた首へ、黒糸縛り。

無数の黒い拘束帯が顎と首筋へ食らいつき、一瞬だけ軌道を逸らす。

その隙にインドラが潜り抜ける。

直後、下から巨大な尾が薙ぎ払われた。

オロチの胴そのものが鞭のようにしなる。

「甘い!」

インドラは吠え、前脚でその尾を弾いた。

雷をまとった鉤爪が鱗を削り、火花と瘴液を散らす。

真正面から受けてはならない重量。

だが受け流し、軌道を一瞬ずらすだけなら十分だった。

そのまま、中央首の懐へ。

近い。

半壊した中央首の傷口が、巨大な裂け目となって目の前に開いている。

焼けた肉。

裂けた鱗。

白光の焦痕。

その奥ではなお瘴気が蠢き、再生しようともがいていた。

「サタン!」

「行け」

インドラの声とルシファーの声が重なる。

サタンはインドラの背から跳んだ。

サタンは宙で黒雷を作り出し、右手の刀に纏わせる。

断線と黒炎と黒雷を圧縮して本来の刀身より長く鋭くした、漆黒の刃。

長さは人の身に見合わぬもの。

巨大なヤマタノオロチを切るのであれば、長いことに越したことは無い。

オロチの中央首がサタンを見た。

潰れかけた喉から、それでも呪いの咆哮を吐こうとする。

「遅い」

サタンが、踏み込む。

いや、空中で雷を踏み、高速移動し、さらに黒風を爆ぜさせて加速する。

一閃。

黒い剣筋が、中央首の裂けた傷口へ深く走った。

ずぶり、と鈍い感触。

骨に届く。

だがまだ浅い。

四階層にいた山亀ですら一刀両断できそうなほどの威力と鋭さを持った一撃でも、竜の鱗と肉を切り抜くには足りなかった。

オロチほどの巨首を一撃で切るにはもっと威力が必要だ。

すぐさま左右の首がサタンへ噛みつく。

退路を塞ぎ、獲物ごと飲み込む挟撃。

そのとき。

インドラが来た。

「グルァァァァァッ!!」

雷竜の咆哮。

巨大な顎が横から食い込み、サタンへ迫っていた左の首の喉笛へ噛みつく。

鱗が砕ける。

肉が裂ける。

金紫の雷が噛み口から流れ込み、オロチの首が苦鳴を上げた。

さらにインドラの前脚。

鋭い竜爪が、もう一方の首の顔面を引き裂く。

牙と爪。

純粋な竜同士の近接戦。

神代の災厄と、竜殺しの果てに生まれた雷竜が、至近で噛み合う。

オロチも数に任せ複数の首で、インドラの胴を噛む。

大きさで負けているインドラにオロチとの正面からの力勝負には分が悪い。

巨体同士がぶつかるたび、地獄の底そのものが震えた。

「サタン、押し込め!」

ルシファーの声。

サタンは中央首の傷へ刺し込んだ黒刀を、両手でさらにねじ込む。

その刃へ白光が走った。

ルシファーが、サタンの刀へ直接光属性を流し込んでいる。

神力の破邪の光。

黒と白。

相反するはずの色が、今は斬撃の中で一つになっていた。

「――断ち切れ」

サタンが低く呟く。

断線が剣身から無数に枝分かれし、傷口の内側へ食い込んだ。

目に見えない切断の糸が、内部から首の構造をばらし始める。

オロチが狂ったように暴れる。

中央首を振り回し、サタンを振り落とそうとする。

だが、その瞬間。

インドラが真正面から中央首へ体当たりした。

雷をまとった巨体同士の衝突。

轟音。

中央首の動きが止まる。

そしてインドラは、そのまま牙を剥いた。

「今だ、サタン!!」

サタンの額の血管が浮き出る。

胸の奥でルシファーが息を合わせる。

「行け」

黒雷が刀に奔る。

白光が芯を通す。

黒炎が刃を包む。

黒風が切断面を押し広げる。

サタンは吠えた。

「うおおおおお!!」

横薙ぎ。

人の剣技として極まった、速く、無駄のない、ただ“斬る”ためだけの一閃。

そこへ竜の本能から来る咬み裂く意志と、ルシファーの裁きの光と、インドラの体当たりで固定された首の軌道。

全てが噛み合う。

刃が走る。

一瞬、音が消えた。

次の瞬間。

中央首が、ずるりとずれた。

巨大な首が、胴から切り離される。

血ではない。

赤黒い瘴液と、白く焼けた蒸気と、黒雷の火花をまき散らしながら、ヤマタノオロチの中央首が地へ落ちた。

ドスン!

落下した首が無間地獄の地面を砕き、深い亀裂を走らせる。

七つ首の王だった首が、ついに断たれた。

だがまだ終わらない。

残る五つが狂乱し、首を失った激痛で暴れ始める。

再生しようと、失われた中枢を埋めようと、他の首へ瘴気が集まる。

ルシファーが即座に告げる。

「今のうちに核を潰せ。頭を落としただけでは終わらん」

サタンは着地しながら叫ぶ。

「インドラ!」

「分かっている!」

雷竜が上空から急降下する。

失われた中央首の断面――そこは今、再生と瘴気の流れがむき出しだ。

もっとも無防備で、もっとも危険な場所。

インドラはその断面へ突っ込んだ。

前脚の爪を突き立て、牙を食い込ませ、胴の奥へ潜るようにこじ開ける。

オロチが絶叫する。

残る五首が一斉にインドラへ噛みつこうとする。

だがサタンがその前へ出た。

満身創痍。

それでも、ここで退く理由はない。

「来い。三枚におろしてやるよ」

右手に黒刀。

左手に黒雷。

足元から断線が広がる。

六つ首のうち最も近いひとつが突っ込む。サタンが踏み込む。

「黒雷炎断!」

斬撃。

黒い一線が走る。

直後、二つ目の首には白い光がひとつだけ瞬く。

ルシファーの神聖な対個人滅殺魔法が、斬撃の内部で発動した。

「《聖葬・一命断絶せいそう・いちめいだんぜつ》」

ひとつの命だけを、世界から切り離すための光。

斬られたのは肉だけではなかった。

骨だけでも、神経だけでもない。

個体そのものが、白い線で断ち切られる。

静かな一瞬。

ずるり、とヤマタノオロチの首が、根元から滑り落ちた。


三つ目の首にサタンの剣線がひらめく。

疾風一刀流・黒 拾参の型《虚空絶ち(こくうだち)》

黒い魔力を扱える今できるようになった幻の太刀。

オロチの首は悲鳴を上げる暇もなく、その首が離れていく。


四つ目が迫った瞬間、ルシファーの白光を放つ。

神滅穿条・白耀終圏しんめつせんじょう・はくようしゅうけん

純白の殺意が一直線に突き刺さる。

神聖属性対個人滅殺技。 

たった一体を。

たった一点を。

逃さず、赦さず、存在ごと終わらせるためだけに研ぎ澄まされた魔法

インドラが、オロチの胴で咆哮した。

腹の底から、雷が膨れ上がる。

先ほどまでの遠距離ブレスではない。

至近・零距離。

「真滅・龍穿極槍りゅうせんごくそう

金黒の雷が、オロチの胴から爆発した。

内側から裂ける。

骨格が砕ける。

瘴気の管が焼き切れる。

首へ繋がる力の流れが、一気に途絶える。

サタンは最後の力で跳んだ。

爆ぜる胴体の前へ。

そして、雷に照らされたその瞬間、オロチの最奥にある“核”を見た。

黒く脈打つ、巨大な瘴気の心臓。

「見えた」

ルシファーが応じる。

「貫け」

サタンは両手で黒剣を握る。

サタンの手を覆うようにルシファーが柄を握っているような気がした。

白光。

黒雷。

黒炎。

そしてインドラの体内から溢れる金黒雷。

全てを一本へ。

サタンは落ちながら、核へ向かって剣を突き立てた。

「――これで終わりだ」

《雷心穿・天獄断命らいしんせん・てんごくだんめい

貫通。

瘴気の心臓が、止まる。

次の瞬間、ヤマタノオロチの全身に、無数の亀裂が走った。

鱗の一枚一枚にまで、白と黒と金の裂け目が広がっていく。

オロチの六つ首が、最後に空を仰いだ。

怒りでも、呪いでもない。

もはや声にもならぬ、災厄の断末魔。

そして。

神代の怪物は、崩れた。

切り離された六つ首も、失われた王首も、すべてが雷に焼かれ、光に裁かれ、黒に呑まれ、再生できぬ塵へ還っていく。

地鳴りが、長く続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。