109 ゾイル VS 雷鬼 風鬼
ゾイル
――バチィッ。
空気そのものが裂けた。
黄電が一本の線となって視界を走る。
ただの雷ではない。
空間の縫い目をこじ開けるような、断裂の雷。
ゾイルは即座に刀を抜いた。
「界断」
黒い斬線が走り、正面から来た雷撃を真っ二つに裂く。
裂けた黄電が左右の壁を抉り、迷路の岩塊を音もなく滑り落とした。
その崩れた先。
「この侵入者、やるじゃねぇか」
広間に、二つの巨影が立っていた。
一体は、青黒い肌に膨れ上がった筋肉をまとい、四本の腕を持つ大鬼。
下の腕には剣が二つ。上腕には三鈷杵と五鈷杵を持つ。
肩の周囲に雷輪を浮かべ、全身から黄電を噴き散らしている。
怒りと破壊を形にしたような鬼神。
「我が地獄の副将、雷鬼!!」
もう一体は、白灰色の長髪をなびかせた細身の鬼。
立っているだけなのに、その周囲だけ空気の流れが狂っていた。
袖の揺れひとつで砂塵が巻き、落ちた石片が宙に浮く。
静かな顔つきとは裏腹に、その支配する風は異様に緻密だった。
「我が地獄の副将、風鬼だ」
「侵入者がここまで来るとはな」
風鬼が薄く目を細める。
「愚かか、あるいは……少しは楽しめるか」
雷鬼が牙を見せて笑った。
「楽しめるに決まってんだろォ!なぶり殺し甲斐のありそうな顔してやがる」
ゾイルは刀の切っ先をわずかに下げた。
「副将が二人同時か。手間が省ける」
雷鬼の頬が引きつる。
次の瞬間、地が爆ぜた。
巨体とは思えぬ踏み込み。
雷鬼は一直線に突っ込むと、上腕をまとめて振り下ろした。
三鈷杵と五鈷杵を持つ拳の軌道に沿って雷が収束し、巨大な断頭斧のような一撃になる。
さらに二本の巨大な剣がゾイルの頭上に振り下ろされる。
真っ向。
「界断」
速いが、軌道は直線。
斬線が雷でできた斧を断ち、衝突した衝撃で広間に白い閃光が弾ける。
さらにゾイルの刀が閃いた。
「界門空裂」
さらに二本の斬撃が空間へ消え、別の空間、風鬼の頭上に剣閃がひらめく。
「なに!?俺の剣が!!?」
「風来防」
風鬼が風の防御で雷鬼の斬撃を防ぐ。
「お前、奇妙な剣技を使うな……面白い。だが俺の攻撃はまだ終わってないぜ?」
界断で一撃を割られた、そのすぐ次。
砕けた雷は四方へ散り、散った雷が壁と床に当たって跳ねた。
「なッ!!?」
横。
斜め後ろ。
頭上。
直線ではない。
砕けた雷が反射し、迷路の壁を経由して思わぬ角度から刺し込んでくる。
ゾイルは一発を身を沈めて避け、二発目を刀の峰で逸らした。
だが三発目。
死角の天井から落ちた黄電が肩口を打ち抜く。
バヂィッ!!
「ぐっ……!」
肩が焼け、肉の焦げる臭いが立つ。
腕が一瞬痺れた。
雷鬼はその隙を逃さず、巨体で距離を潰してくる。
だがその前に風鬼が静かに手を上げた。
広間の風向きが反転する。
左右から吹いていた風が、急に一点へ収束した。
ゾイルの足元だけが抜けるように空気を失い、体勢がわずかに前へ崩れる。
そこへ、無数の風刃。
見えない。
薄い。
音すらほとんどない。
ゾイルは反射で刀を振るう。
「疾風一刀流――漆の型、《嵐返り》」
円を描く斬撃が周囲の風刃を弾き飛ばす。
空気が悲鳴を上げる。
だが風鬼の風はそれで終わらない。
弾かれた流れが崩れず、逆に渦となってゾイルの背後へ回り込む。
「散った風も、俺の刃になる」
風鬼が淡々と言う。
背中。
脇腹。
首筋。
後ろから三条の風刃が走る。
ゾイルは振り向きざまに二本を斬り払ったが、三本目が脇腹を深く裂いた。
鮮血が散る。
「っ……!」
そこへ雷鬼の剣。
雷をまとった剣戟が真正面から来る。
直線攻撃……ならば。
ゾイルは踏み込みで迎え撃つ。
「界断!」
黒い斬線が剣戟を包む雷ごと裂いた。
雷鬼の右腕に深い傷が走る。
黄電と血が飛ぶ。
だが、雷鬼は嗤っていた。
「今のは囮だァ!」
次の瞬間、裂かれた雷が雷鬼の腕から散弾のように拡散した。
近距離から扇状に広がる。
この雷鬼の雷は飛散し、本流と離れた後でも地を這い続ける。
斬って防ぐには範囲が広すぎる。
ゾイルは咄嗟に身をひねる。
それでも避けきれず、胸と腿に何本も突き刺さる。
ビシィッ!! バチィッ!!
全身が跳ねた。
筋肉が痙攣し、膝が沈む。
その瞬間、風鬼の指がわずかに動いた。
落ちていた瓦礫がふっと浮き、次には砲弾のような速度で撃ち出される。
風の弾丸。
それも一つではない。
十、二十、三十。
ゾイルは刀を横薙ぎに振るった。
「疾風一刀流――捌の型、《昇嵐》」
巻き上がる斬撃が前方の瓦礫群を粉砕する。
だが砕けた石片すら風鬼は操る。
粉砕された破片が細かい礫の雨となって、横合いから顔面を襲った。
頬が切れる。
額が裂ける。
視界に血が流れ込む。
「面倒な……!」
ゾイルが舌打ちした、その時。
雷鬼が天へ四腕を掲げていた。
雷輪が拡大する。
広間の上空いっぱいに、紫色の紋様が幾重にも重なった。
“千蛇雷”
直後、落雷。
一本ではない。
何十、何百もの細かな雷が柱となって降り注ぐ。
だがそれらはまっすぐ落ちてくるだけではなかった。
地面に当たった瞬間、蛇のように這い、壁を走り、跳ね返りながら食らいついてくる。
「チィ――!」
正面から落ちる太い雷柱だけを、ゾイルは界断で裂く。
黒い斬線が縦に走り、真正面の一筋は断ち切れる。
だが裂いた両脇から枝分かれした細雷が足元に絡みついた。
バヂィィィッ!!
脚が焼かれる。
膝から下が痺れ、踏ん張りが利かない。
さらに斜め後方の壁から跳ねた雷が背中を打った。
「がっ……!」
ゾイルの体が前へつんのめる。
そこへ風鬼。
「沈め」
袖を払っただけ。
それだけで、広間中の風圧が一斉にゾイルへ叩きつけられた。
上から。
横から。
下からすら。
見えない大槌が何十発も同時に落ちたような衝撃。
ゾイルは地面に叩きつけられ、石床を滑った。
迷路の壁に激突し、岩を砕きながら止まる。
ゴフッ。
血が口からこぼれる。
右腕が痺れて感覚が鈍い。
肩は焼け、脇腹は裂け、脚も雷で焦げていた。
雷鬼が唸るように笑う。
「どうしたァ! 斬って進むんじゃなかったのかよ!」
風鬼もまた、冷えた声で続ける。
「直線の力には強い。だが、それだけだ。お前は読むことはできても、空間の支配はできない」
ゾイルは壁にもたれたまま、浅く息を吐く。
口元の血を親指で拭った。
「……そうかもな」
だが、その目はまだ死んでいない。
むしろ、さっきまでより鋭く細められていた。
雷鬼の雷。
直進する主砲は界断で裂ける。
だが危険なのは、その後に砕けて跳ねる雷。
反射、拡散、分裂。
風鬼が気流でわずかに角度を変えれば、死角からでも刺さる。
風鬼の風。
単純な風刃なら相殺できる。
しかし本質は刃ではない。
形のない風を刃にも槌に弩にも自在に扱う操作性にある。
二体はそれぞれ強いのではない。
噛み合っている。
いくらカウンターを生み出そうと、隙がない。
「強いな……」
ゾイルはゆっくり立ち上がった。




