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102 地獄の拷問・処刑場

第三階層。

黒縄地獄は、焼けただれた岩の大地が広がる灼熱の荒野だった。

地面のあちこちには、黒く焼け焦げた縄のような線が幾何学模様のように走っている。

それは縄ではなく、獄卒が罪人を切り刻むための裁きの線だった。

「上の階よりもだんだん魔力が濃くなってきたな」

「鬼も先ほどの地獄より少し強いようです」

五メートル級の鬼たちは罪人を地面に押さえつけ、その黒い線に沿って切れ味の悪いのこぎりで体を切り裂いていく。

腕、脚、胴、首すべてが線の通りに分断される。

切れ味の悪いのこぎりは、肉が切れるまでに時間がかかるうえ、組織の損傷が激しい。

苦痛を最大限に引き出す工夫なのだ。

罪人は絶叫しながらも死ぬことはできない。

肉が裂け、骨が断たれても、しばらくすると体は再び元に戻る。

そして再び地面に引き倒され、黒縄の印に合わせて切り刻まれる。

熱気で満ちた空気の中、悲鳴と鬼の怒号が絶えず響いていた。

ここでは裏切りや欺きに生きた者たちが、その罪の線に沿って永遠に裁かれ続けるのだ。

サタンは岩陰で様子を伺う。

「先ほどの獄卒よりもでかいな……戦っても良いが、まだ奴らに気づかれてないようだ」

「そうですね。この先強敵がいるかもしれません。その時のために体力を温存しておきましょう。

ゾイルも隠密行動に切り替える。

「先ほどの階層の騒ぎが気づかれる前に素早く慎重に行きましょう」

アスカントは最速で最深部に向かうことを提案する。

「ここはしばらく隠密行動しよう」

サタンはインビジュアルの魔法をかけた。

一同の姿が消えうせる。

「姿はみえなくなるが、音や魔力感知が鋭敏な奴に気をつけろ」

「……って言っている間に、地獄の魔獣には気づかれたようですよ」

アスカントは周囲に警告する。

サタンは魔力感知を広げた。

アスカントの言うように複数の生物がこちらに近づいてくる。

「獄卒たちにはまだ気づかれてない。隠密に狩るぞ」


黒い縄が地面を這うように動いた。

だがそれは縄ではない。

焼けた節を持つ蛇だった。


魔力感知でサタンたちの位置を掴み、一直線に襲いかかる。

焦縄蛇しょうじょうだ

ヘビの影が実態と離れ、サタンの動きを縛る。

《黒縛》

影の縄で対象を拘束する力。

サタンの腕の動きが止まる。

「サタン様!」

「なかなかに強い拘束だが……これしきの拘束でおれは止められない」

ゾイルが斬る前に、サタンの指が動く。

黒い炎が蛇を包み、魂ごと引き裂いた。

サタンはそれを呑み込む。

瞬間、記憶が流れ込む。

盗賊の男。

村人を縛り上げ、火を放った夜。

縄が焼け、肉の匂いが広がる。

その罪が魂を歪め、焼けた縄の魔獣へと変えた。

サタンの指先に、微かな能力が残る。


「サタン!上にも」

タマが空を見上げ鳴き声を上げる。

鉄嘴鴉てつばしがらす

空から影が落ちる。

巨大な鴉の群れ。

嘴は焼けた鉄。

見えないはずのサタンたちを、

魔力の気配だけで捉えている。

一羽が急降下。

サタンは空を掴むように手を伸ばす。

風の吸引で鴉をつかみ、地面に叩きつけた。

その魂を吸収した瞬間。

戦場。

倒れた兵士の死体から装備を剥ぎ取る男。

まだ息のある兵士の喉を、槍で突いた。

「死んでから奪うより早い」

腐った戦場の記憶。

魂は空を彷徨うスカベンジャーとなり、死肉を啄む鴉へ変じた。

サタンに魔力感知性能向上の能力が宿る。



「……なんだか魔獣どもが騒がしいな」

獄卒の一人が周囲の異変に気が付く。

「おい!!上の階の獄卒長がやられたらしいぞ!」

「なんだって?悪魔の仕業か?」

「いや、刃物で切られた形跡ばかりだ。悪魔は魔法を使う。……その線は薄いだろう」

「とにかくだ。黒縄獄卒長に連絡を!拷問は中止!他の者は周囲を探索だ」



焦鉄蜘蛛しょうてつぐも

地面の裂け目から、赤い線が何本も張られていた。

蜘蛛の巣。

だがそれは糸ではない。

赤熱した鉄線だった。

巨大な蜘蛛がゆっくり動く。

見えないはずのサタンたちへ、正確に糸を射出する。

ゾイルが一歩踏み出す。

だがその前に。

サタンの刀が振られた。

「界断」

空間ごと蜘蛛が断たれる。

魂を喰らう。

記憶が流れ込む。

処刑人。

縛られた罪人の首に、刃の線を描く男。

「線の通りに切れ」

何百人。

何千人。

同じ作業。

魂は線に囚われ、地獄の蜘蛛となった。

サタンは静かに目を閉じる。

元々持っていた粘鋼糸の能力が強化される。

《断線》

触れた空間に切断の線を描く。

先ほど手に入れた黒縛と組み合わせればより強力な拘束能力を発揮するだろう。



「そこか」

獄卒たちが魔獣群れが集まっている場所を見つける。

死骸の部位が周囲に散らばり、まさに地獄絵図となっている。

「サタン、獄卒たちが集まってきた。まだわたしたちの姿は捕らえられてないようだ……」

「タマ、幻覚魔法で囮を!」

「ニャ」

タマは獄卒たちにもわずかに見えるように調整した幻を少し離れた場所に生み出す。

「あ、あそこに何かいるぞ!」

「皆の者!あの者たちを捉え、拷問にかけるのだ」

黒縄の獄卒長は指示を出す。

地響きを立て、鬼たちは幻影に向かって走り出しだした。


黒縄地獄を進みながら、アスカントは静かに説明した。

「地獄は一つではない。それは先ほども説明しましたね」

足元では、裂けた魔獣の残骸が黒く溶けている。

「悪魔の地獄と、鬼の地獄です。それぞれ特徴があって……悪魔側の地獄は契約の地です」

アスカントは続ける。

「人間でも魔族でも、生前に悪魔と契約を結ぶ者がいる。力、財産、願いを得る代償として、死後の魂を差し出す契約だ」

風が黒い砂を巻き上げる。

「契約者が死ぬと、その魂は悪魔の地獄へ送られる。そこで魂は作り替えられる」

ゾイルは眉を上げる。

「作り替えられる?」

アスカントが小さく呟く。

「そうだ。悪魔の兵、使い魔、眷属、あるいは新たな悪魔へと転生する。

あそこは魂を“資源”として使う場所だ」

サタンは歩きながら、魔獣の魂を指先で弄ぶ。

「……ではここは違うのか」

アスカントは首を縦に振る。

「ここは鬼の地獄」

遠くで絶叫が響く。

「ここに来るのは、契約をしなかった死者。そして、生前に罪を重ねた者たちです」

「鬼の地獄の役割は二つ」

アスカントの声は淡々としていた。

「一つは、罪人を裁くこと……」

黒縄地獄の鬼たちが幻影を捕まえ、引きずっている。

タマの幻覚魔法もとうとう実態を持つようになったのだ。

鉄縄が振り下ろされ、肉が裂ける。

「もう一つ。魂を消すことです」

ゾイルが顔を上げる。

「消す?」

「そうです。ここで拷問と処刑を繰り返すことで、魂は徐々に削れる」

アスカントは黒い地面を見下ろした。

「やがて魂は砕け、輪廻へ戻ることすらできず消滅するのです」

ゾイルが小さく息を吐く。

「完全な処分場というわけか」

「それだけではない」

遠くで鬼が笑った。

「鬼にとって罪人の魂は食料でもある」

黒縄地獄の魔獣がうごめく。

「拷問で歪んだ魂は魔獣になり、鬼の餌となり、またこの地獄の力となる」

サタンは足を止めた。

先ほど喰らった魂の記憶が、まだ頭に残っている。

焼けた縄。

悲鳴。

罪。

サタンは静かに呟いた。

「……なるほど」

七色の瞳が、地獄の景色を見渡す。

「地獄とは、魂の最終地か」

風が黒縄地獄を吹き抜けた。



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