97 マグマジロウの地獄の溶岩焼き
「向こうの巨人、腹減ってそうだぞ」
溶岩の炎が、肉と巨人の影を赤く照らしていた。
溶岩の熱で焼けた肉の匂いが、地獄の空気に広がる。
ジュウゥゥ……
脂が溶岩に落ち、炎が小さく弾ける。
ゾイルが肉をひっくり返した。
「いい感じだな」
サタンは切り分けた肉を一口食べる。
タマも横でかじっている。
ネフィリムは鼻を鳴らす。
どうやら匂いを嗅いでいるらしい。
ゾイルが苦笑する。
「完全に飯に釣られてるな」
ネフィリムはゆっくり手を伸ばした。
巨大な指で、先ほど仕留めたマグマルマジロウの死体の一部を掴む。
「あ、おい!俺たちの獲物」
「まあ、どうせ食べきれないから、奴にあげてもいいだろう」
そしてそのまま――バリッ。
丸ごと噛みちぎった。
骨も肉も、甲殻ごと。
ゾイルが顔をしかめる。
「豪快すぎる」
巨人は二、三度咀嚼したあと、首を傾げた。
そして再び、焼けている肉を見る。
興味深そうに。
アスカントが小さく笑う。
「彼らは料理を知りません。ネフィリムは基本的に、生き物をそのまま食べます」
焼けている肉を見ている。自身が食べてきた肉と目の前の肉が同じ物のはずなのに、香りが違うことを疑問に思うのだろう。
耐熱の甲殻を持つ生物を溶岩地帯に放置しても、熱が通らないのは自然な道理。
巨大な肉塊ならなおさらだ。
ネフィリム達は焼き方すら知らない。
匂いを嗅ぐ。
また首を傾げる。
サタンは焼けた肉を一切れ持ち上げた。
「欲しいか?」
ネフィリムは答えない。
だが、目は肉に釘付けだった。
「試してみるか」
ゾイルは巨人に向かって、焼けた肉を投げる。
肉は小さすぎて、巨人から見れば石ころ程度だ。
ネフィリムはそれを指でつまむ。
匂いを嗅ぐ。
ゆっくり口に入れる。
咀嚼。
ゾイルが腕を組む。
「どうだ?」
ネフィリムはもう一度、焼き台を見る。
そして。
ゆっくり親指を立てた。
ゾイルが吹き出す。
「ちゃんと違いが分かるんだな」
巨人はマグマルマジロウの死体を見る。
次に、焼けている肉を見る。
そしてもう一度、死体を見る。
理解したらしい。
「……」
ネフィリムは突然、マグマルマジロウの残骸を持ち上げた。
ズシン、と溶岩の縁に置く。
「マグマルジロウの甲殻は熱を完全に通さないから、ちゃんと剥がさないと焼けないぞ」
サタンはジェスチャーで教えてやる。
ネフィリムはどうすればいいのか分からず、まごついている。
サタンは見せつけるように甲殻を外し、覚えさせる。
「これは面白い。地獄に料理文化が生まれる瞬間かもしれません」
ゾイルが言う。
「いや待て、このサイズ焼くのか?」
マグマルマジロウの残りは、まだ十メートル以上ある。
サタンは溶岩の川を見た。
そして巨人を見る。
「内臓を取り出して、叩いて引き延ばしたら……丸焼きだな」
ネフィリムは満足そうに頷いた。
タマが肉をかじりながら鳴く。
「にゃ」
アスカントは笑いながら呟いた。
「アスタロト様に報告したら、きっと面白がりますよ“魔人が地獄に料理を広めた”と」
ゾイルが肩をすくめる。
「地獄の食文化の始祖か。語り継がれそうだな……」
溶岩の炎が高く揺れた。
その横で、巨人サイズの料理が始まろうとしていた。
溶岩の川の上で、巨大なマグマルマジロウが焼かれていた。
脂が炎に落ちるたび、火柱が上がる。
ジュウゥゥゥ……!
焼けた肉の匂いは、地獄の熱風に乗って遠くまで広がっていった。
そして。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
大地が揺れ始める。
ゾイルが顔を上げた。
「……増えてないか?」
ネフィリムの巨人が、また一体。
さらに一体。
溶岩地帯の向こうから、次々と集まってくる。
今度は10~15メートル級の巨体が、十体以上。
溶岩を跨ぎ、岩山を踏み越え、こちらに近づいてくる。
「迫力がすさまじいな。正直怖いと思ってしまう」
ゾイルの顔が引きつる。
アスカントが呟いた。
「……呼んだのですね」
最初の巨人が、誇らしげに胸を叩く。
どうやら思念で仲間を呼んだらしい。
ゾイルがつぶやく。
「完全に宴会だな」
ネフィリムたちは溶岩の周囲に座り込む。
巨体が円を作る。
その中心で、マグマルマジロウの丸焼きが炎に包まれていた。
やがて肉が焼け上がる。
サタンが巨大な塊を切り落とす。
ゾイルがそれを投げる。
ネフィリムが受け取る。
そして一口食べた。
巨人の目が見開かれる。
次の瞬間。
「オオオオオオ!!」
巨大な歓声が上がった。
地獄の空気が震える。
ネフィリムたちは笑い、岩を叩き、溶岩の縁で足を踏み鳴らす。
祭りが始まった。
肉が切り分けられる。
巨人たちがそれを奪い合う。
焼けた肉の匂いと、巨人たちの笑い声が地獄の空に響いた。
ゾイルが肩を揺らす。
「まさか地獄で宴会になるとはな」
タマもネフィリムから自分より大きな肉をもらい、満足そうにかじっている。
「にゃ」
しばらくして。
最初のネフィリムが立ち上がった。
そしてゆっくりとサタンの前に来る。
巨人の影が落ちる。
その巨大な手が、大地に突き刺さった。
ゴゴゴ……
岩盤が砕ける。
そして引き抜いた。
巨大な黒い石。
しかしそれは石ではない。
赤い紋様が脈動している。
巨人はそれをサタンの前に置いた。
アスカントが小さく息を呑む。
「……これは」
ネフィリムは胸を叩いた。
そしてサタンを指差す。
友好の証。
そう言いたいらしい。
ゾイルが低く言う。
「気に入られたな」
アスカントはその様子を静かに見ていた。
そして心の中で評価を改める。
(危険度……上方修正)
ネフィリム。
地獄でも屈指の力を持つ種族。
だが同時に誰の言うことも聞かない。
悪魔の命令など当然無視する。
力だけは認めるが、支配は受けない。
それがネフィリムだった。
アスカントは知っている。
強大な力を持つアスタロト様ですら、彼らを扱えない。
敵に回さないよう距離を取っているだけだ。
だが今。
ネフィリムたちはサタンを囲み、笑っている。
肉を食べながら、友好的な視線を向けていた。
アスカントは静かに微笑む。
(本当に面白い。この男は――地獄の秩序すら変えるかもしれない)
溶岩の炎が揺れる。
巨人たちの宴は、まだ続いていた。
ネフィリムたちの宴は続いていた。
巨人たちは溶岩の周囲に座り、岩を叩き、焼けた肉を奪い合う。
笑い声は雷鳴のように響き、大地が震えていた。
ゾイルが呆れた顔で言う。
「完全に祭りだな」




