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96 地獄の生物

ゾイルが周囲を見渡す。

「……ここが地獄ですか」

アスカントが静かに微笑む。

「ええ」

蝙蝠のような翼を広げ、地平を示す。

「ようこそ、第一魔界層へ」

遠くの地平線で、巨大な影がゆっくりと動いていた。

足元の岩が熱を帯びている。

「熱すぎるニャ……長くいられないにゃ」

「それなら、これ使え」

サタンはシャナトリアの氷を大量に袋に入れてきていた。

「これはいい。ですがこの温度でも解けないとなると、やはり魔界の森の自然解凍は難しそうですね」

地獄がこれほど暑いのに溶ける気配が全くない。

各々氷を服やポケットに入れておいた。

赤黒い大地はところどころ裂け、溶岩がゆっくりと流れていた。

遠くでは炎の柱が噴き上がり、空は煤の雲で覆われている。

サタンたちが立っている岩棚の向こう。

大地が揺れた。

ズシン。

ズシン。

ゾイルが目を細める。

「……なんだ?」

黒い地平の向こうから、影が現れる。

いや、影ではない。

巨人だった。

溶岩の川をまたぎながら歩く、山のような人型。

身の丈は軽く10メートルはある。

焼けた岩のような肌。

人間の形に近いが、骨格はどこか歪で、肩幅は城門ほどもある。

その巨体が、ゆっくりと歩くたびに大地が揺れた。

さらにその後ろにも。

一体、二体、三体。

巨人たちが溶岩地帯を闊歩している。

まるでここではそれが普通の生き物であるかのように。

ゾイルが呟く。

「……でかすぎるだろ」

その時。

遠くの溶岩の海が突然爆ぜた。

巨大な影が跳ね上がる。

鱗に覆われた魔獣。

長さは20メートルを超える。

それが溶岩を飲むように頭を突っ込み、再び沈んだ。

ゾイルは言葉を失う。

「……ここの生き物、あんなにでかいのか?」

アスカントが頷く。

「ええ」

翼を広げ、地平を指す。

「地獄の生き物は、基本的にすべて巨大です」

サタンは腕を組んだまま言う。

「魔力密度のせいか」

「その通りです」

アスカントは感心したように微笑む。

「この世界は魔力が濃すぎる」

「小さい体では存在を保てないのです。これは肉体を持つものの話ですが……魔力が濃いため私たち霊体は魔力補給のために食事をする必要がありません」

再び大地が揺れる。

巨人の一体がこちらに背を向け、溶岩の川を跨いだ。

ゾイルがその背中を見ながら言う。

「……あれは?」

アスカントが答える。

「ネフィリム族です」

「ネフィリム?」

(……)

(ルシファー?)

「ええ」

アスカントは淡々と説明する。

「堕天と人間の間に生まれた子供たち」

ゾイルの眉が動く。

「半分人間?」

「そうです」

アスカントは巨人たちを見上げる。

「かつて天界から堕ちた者たちが、人間と交わり生まれた存在」

「天の血と、人の血。そして地獄の濃い魔力」

「その3つを持つ種族です」

遠くで、ネフィリムの一体が岩山ほどの魔獣を掴み、首を締め上げた。

首の骨が折れる。

そしてそのまま、口へ運ぶ。

骨が砕ける音が、かすかに響いた。

ゾイルが顔をしかめる。

「ここは奴らが幅を利かせているのか?」

「ええ」

アスカントは平然としている。

「彼らは地獄でも上位の生物です……ですが勢力争いには興味ないようですが」

サタンは巨人たちを眺めながら言う。

「堕天の血か」

ほんのわずかにだが、目の前の巨人から神力を感じていた。堕天使の力はサタンが一番知っている。

「ええ」

アスカントはゆっくり頷く。

「天使が地獄まで堕ちれば悪魔になる、ですが――」

少し間を置く。

「その子供は、また別の存在になる」

ゾイルが腕を組む。

「なるほどな」

そして、もう一度巨人を見る。

「……それにしても」

ネフィリムの影が、溶岩の光で赤く染まる。

「でかすぎる」

アスカントが小さく笑う。

「ここでは、あれでも中型ですよ」

その言葉の直後。

遠くの地平で、さらに巨大な影がゆっくりと動いた。

山が歩いているようだった。

タマがサタンの肩の上で、小さく鳴く。

「にゃ、サタン。地獄の食事したくないかニャ?」

遠くでネフィリムが魔獣を噛み砕く音が響く。

ゴリッ。

バキッ。

ゾイルは顔をしかめた。

「……ここ、飯の気分になる場所じゃないな」

サタンは周囲を見渡していた。

溶岩の川。

黒い岩の丘。

熱風で揺れる赤い大地。

「ゾイル、料理って現地の空気で食するならではの美味しさがあるんだよ……あいつ狩ってみるか」

サタンは少し先の地面を指さした。

「どこだニャ?何も……」

その瞬間、岩の塊のようなものが、ゆっくりと動いた。

ゾイルが目を凝らす。

「……岩?」

違う、岩ではない。

巨大な生物だった。

全身が岩石のような鱗で覆われている。

丸身を帯びたフォルム。

短い多数の脚。

巨大な二又の尾。

巨大アルマジロのような魔獣だった。

体長は軽く十五メートルはある。

岩の鱗は溶岩の光を反射し、まるで黒い鎧のように見える。

生物は地面を掘っていた。

鋭い爪で岩を砕き、地下から赤く光る鉱石を引きずり出す。

そしてそれをバリバリと噛み砕いた。

ゾイルが呆れた声を出す。

「鉱石食ってるぞ」

アスカントが説明する。

「溶岩地帯に住む岩甲獣です。通称、マグマルマジロ」

サタンは腕を組む。

「食えるか?」

アスカントは少し考えた。

「ええ、岩鱗の内側の肉は美味とのことです……まあ、私は食べたことはありませんが」

巨獣を見上げる。

「ただ、非常に硬いし、刃は通りません。倒すのは難しいかと……」

サタンは頷いた。

「多分大丈夫だ。まあ見ててくれ」

その瞬間。

サタンの姿が消える。雷の足場を作り、高速で移動する。

雷虎の移動魔法だ。魂を喰ったことで得た力。

次の瞬間。

巨大マグマルマジロウの頭上。

サタンは空中から、スピードを保ったまま魔力を込めた拳を振り下ろす。

“迅雷豪拳”

ドンッ!!

凄まじい衝撃が走る。

岩鱗が砕け、大地が陥没した。

巨獣の体が半分ほど地面にめり込む。

マグマルマジロウが悲鳴を上げる暇もなく、動きを止めた。

ゾイルが口を開けたまま言う。

「……早すぎませんか?」

サタンは地面に降りる。

「狩りは手早くするに越したことは無い。無駄に苦しませないことは大事だ。」

タマが肩から降り、巨体の周りを歩く。

「にゃ」

アスカントが興味深そうに観察する。

「見事です……地獄の巨大な魔獣を一撃とは……」

ゾイルが岩鱗を蹴る。

カン、と金属のような音が鳴る。

「で……どうやって料理するんだこれ?」

サタンは溶岩の川を顎で指した。

「火ならいくらでもある」

ゾイルが笑う。

「なるほど」

アスカントが小さく呟く。

「……地獄で料理を始めた魔人は初めて見ました」

タマが尻尾を立てる。

「にゃあ」

黒い大地の上で、巨大な獣の解体が始める。

巨大マグマルマジロウは岩山のように横たわっていた。

サタンはその甲殻を拳で軽く叩く。

カン、と硬い音が響いた。まるで金属をたたいているような音だ。

「まずはこれを剥ぐ」

ゾイルが眉をひそめる。

「それ、剥げますか?」

「ヨルカから教わったんだが、肉叩いて柔らかくする調理法があるだろ?そのついでに……」

拳を突き立てる。

ドゴンッ!!

岩石鱗に亀裂が走る。

さらにもう一撃。

バキィッ!!

巨大な甲殻が一枚、弾け飛んだた。

内側から、赤黒い肉が露出する。

熱気を含んだ肉から、鉄の匂いが立ち上った。

アスカントがあきれたように言う。

「普通は魔剣でもないと割れないのですが……拳でいくとは」

ゾイルは苦笑する。

「サタン様、豪快すぎます」

サタンは淡々と甲殻を叩き割っていく。

岩の鎧が外れるたび、分厚い肉が現れる。

筋肉は黒に近い赤色で、地獄の魔力を含んでいるのか、わずかに脈動していた。

タマが肉の匂いを嗅ぐ。

「にゃ」

タマは指を立てる。

「食えるらしいぞ」

ゾイルが巨大な肉塊を担ぎ上げる。

「で、焼き場は?」

サタンは顎で指す。

溶岩の川が流れている。

赤い光がゆらゆらと揺れていた。

巨大な岩を転がし、簡単な台を作る。

「ゾイル、この肉を焼けるくらいに切り分けてくれ」

「承知」

ゾイルの剣さばきで、薄い座布団くらいの肉を切り出す。

高熱の石のプライパンの上7に肉を置き、壁に生えている岩塩を削り取って肉にかける。

サタンは持っていた香草を細かくちぎり振りかける。少量でもパンチのある香草だ。これだけの肉の量でもなんとか足りるだろう。

溶岩の熱気が一気に肉を炙り始めた。

ジュウゥゥゥ……

肉の表面が焼け、脂が溶ける。

その脂が溶岩に落ちた。

バシュッ!!

炎が一瞬噴き上がる。

香ばしい匂いが広がった。

ゾイルが鼻を鳴らす。

「……悪くない匂いだ」

アスカントが少し驚いた顔をする。

「地獄でこんな匂いを嗅ぐとは」

タマが尻尾を立てる。

「にゃあ!」

肉の表面がこんがり焼けていく。

サタンは短剣で一切れ切り取る。

中はまだ赤い。

肉汁が溢れた。

「うまそうだな」

その時だった。

ズシン。

大地が揺れた。

溶岩の向こうにネフィリムの巨人が立っていた。

十メートルを超える巨体。

焼けた岩のような肌。

その巨大な鼻が、空気を吸い込む。

どうやら匂いを嗅いでいるらしい。

アスカントが呟く。

「料理の匂いに釣られましたね」

ネフィリムはしばらくこちらを見ていた。

しかし襲ってくる様子はない。

ただ、興味深そうに眺めている。

ゾイルが笑う。

「飯の匂いってのは、どこの世界でも引き寄せられてしまうんだな」

サタンは気にせず肉を口に運ぶ。

噛む。

肉は思ったより柔らかい。

そして体の奥に火が灯るような感覚。

魔力が血に溶け込む。

ゾイルが一口食べる。

「……お」

もう一口。

「うまいぞこれ」

アスカントも恐る恐る一切れ食べる。

悪魔の目がわずかに開いた。

「これは……魔力の塊。私は普段生物の魔力のみを喰う種族なのですが、この肉はいけますね」

体の芯が熱くなる。

地獄の空気の中でも、体がむしろ軽くなる感覚。

サタンは溶岩の向こうのネフィリムを見た。

巨人はまだこちらを見ている。

タマが肉をかじりながら鳴く。

「にゃ」

ゾイルが笑った。



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