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94 天より見下ろす 竜と魔人の激突

その光景を、遥か上空――

天界が観測していた。

巨大な観測水晶の中で、二つの存在がぶつかり合う。

一つは。

雷を纏う竜。

雷帝インドラ。

そしてもう一つ。

白き氷嵐を統べる竜。

氷雪の女王シャナトリア。

観測室に沈黙が落ちる。

やがて、誰かが震える声で呟いた。

「……馬鹿な……」

「二柱のドラゴンが……」

「激突している……」

水晶の中で、雷雲が渦巻き、氷嵐が世界を覆う。

その規模はもはや戦いではない。

天災。

下級天使たちは青ざめた。

翼を震わせ、言葉を失う。

「雷帝インドラ……」

「討伐されたはずでは……」

「復活したというのか……?」

そして。

「もう一体……」

「氷雪の女王シャナトリア……!」

ざわめきが広がった。

二柱

神代のドラゴン。

その激突は――

世界災害級。

天界の観測官が震える声で報告する。

「このままでは……」

「魔界の大陸の気候……いや世界が変わります……!」

雪が降り続ける。

静かに。

雷帝インドラが、氷嵐の中で翼を広げる。

天界観測神殿。

巨大な水晶球の中で、雷雲と氷嵐が激突していた。

白と紫の閃光が絶えず瞬き、神殿の壁を照らしている。

その光景を前に、天使たちは沈黙していた。

やがて、監視を任されていた天使のセフィリア一人が口を開く。

「……確認しました」

「雷帝インドラ」

「三百年前の天魔大戦時に出現したドラゴンです」

ざわめきが広がる。

天使たちの記憶に、その名は深く刻まれていた。

天魔大戦。

天界と魔界が全面衝突した、あの時代。

雷帝インドラは、まだ完全な成体ではなかった。今の形態と同じ若い成体の姿であった。

それでも、天界の都市を一夜で焼き払い、山脈を裂いた存在だった。

最上位天使ガブリエルが低く言う。

「ならば……」

「今のうちに討伐すべきではないか?」

「まだ成長段階なのだろう?」

「完全体になれば、三百年前以上の災厄となる」

水晶の中で雷が走る。

確かに、観測結果はそう示していた。

現在のインドラは、まだ神代竜としては一番若い。

完全覚醒には至っていない。

名を言うことも憚られる前任の天使でも倒せたのであれば、今のうちに始末しておこうと考えるのも当然であった。今なら倒せる可能性がある。

しかし。

その時、観測担当の別の天使バルディエルが、困惑した声を上げた。

「お待ちください……」

「おかしい……」

水晶球の魔力解析が、結界の残滓を映し出す。

空に広がっていた三重の防壁。

その魔力の波形が、解析表示に浮かび上がる。

天使たちは目を見開いた。

「……これは……」

「雷帝インドラの魔力ではありません」

沈黙。

観測官が、ゆっくりと言う。

「この結界を施したのは……魔人です」

観測官アスティマの脳裏に魔界で出会った魔人の姿がよみがえる。

神殿の空気が一瞬で凍りついた。

「馬鹿な」

「魔人が……?」

「なぜドラゴンを守る?」

格下の存在が格上の存在をわざわざ守る意味も攻撃を防ぐ手立てがあることが理解できない。

解析が続く。

三重結界。

炎風、雷、そして神力。

その中でも、最も異質な波形。

「魔人が神聖な神力を操るなんて信じられん!!!」

最上位天使のウリエルが激高した。

下賤なものが自分たちと同じ力を使うなど、まるで自身が汚されたような気持になったのだ。

「まさか……」

一人の天使が呟く。

「魔人復活の予兆ではないのか……?」

神殿に動揺が広がる。

三百年前。

天魔大戦の終結とともに、魔人は死んだ、インドラもその姿を消した。

当時相対した“元同僚”に討伐されたとも、封印されたとも言われている。

しかし、もし300年前のような勢力が出来つつあるのであれば……。

神殿の空気は重く沈んだ。

ガブリエルが言う。

「討伐部隊を出すべきだ」

「ドラゴンも、魔人も」

「両方とも危険だ」

しかし。

誰も決定を下さない。

いや下せない。

長い沈黙のあと。

最上位天使ミカエルが、ぽつりと呟いた。

「……我らにその決断ができるのか?」

天使たちは互いに顔を見合わせた。

彼らは本来、神の意志を代行する存在。

自ら決断するために作られてはいない。

提案はできるが、自ら決断することを禁じられているのだ。

唯一破ったのは、“元同僚”だけ。

脳裏に七色の瞳の天使が思い浮かぶ。

命令に従う。

それが、存在理由だった。

しかし今、神はいない。

天界の神座は空席のままだ。

神の声は、三百年前から一度も届いていない。

沈黙が落ちる。

誰も動かない。

誰も決めない。

ただ、水晶の中では――

雷帝インドラと氷雪の女王シャナトリアの天災のような力の余波が映し出されている。

そして。

一人の下級天使が、小さく震える声で言う。

「……どうすれば……よいのでしょうか?」

しかし。

その問いに答える者は、

天界には、もういなかった。


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