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92 雷竜へ雷虎の心臓のお土産を

タマが尻尾をぴんと立てた。

「ニャ!サタン!」

サタンがワインを飲み、雷虎肉を噛みながら振り向く。

「ん?」

タマが外を指さす。指さす先は拠点の方角だ。

タマが言う。

「我々もインドラ様にお土産がいるニャ!」

ゾイルが首を傾げた。

「お土産?」

タマは誇らしげに言う。

「雷虎の心臓ニャ!」

勇者が目を丸くする。

「えっ……それ食べ物!?」

タマが首を振る。

「インドラ様は雷のドラゴン。雷の魔獣の心臓、喜ぶニャ!」

ゾイルが腕を組む。

「……たしかに」

「雷属性の塊みたいな部位だな」

エリスが言う。

「魔力濃度、ものすごいですよ」

サタンは少し考えた。

そして頷く。

「いいな、そのお土産」

ゾイルが笑う。

「伝説級ドラゴンにお土産持参ですか」

勇者とエリスも信じられないといった様子だ。

「だいぶフランクですね」

サタンは立ち上がり刀を手にする。

巨大な雷虎の死体の方へ歩く。

ザクッ。

胸を割く。

村人たちが少し引く。

勇者が目をそらす。

「うわ……」

やがて。

サタンが取り出した。

雷虎の心臓。人の頭より大きな心臓。

まだ微かに雷が走っている。

バチバチッ。

タマが嬉しそうに言う。

「それニャ!」

サタンは片手で持ち上げる。

「結構でかいな」

ゾイルが笑う。

「ドラゴンのおやつにはちょうどいいんじゃないですか」

そして雷虎の心臓を肩に担ぐ。

サタンが言う。

「じゃインドラに土産届けに行くか」

タマが元気に叫んだ。

「はいにゃ」

「エリス、勇者。お前達も町に戻るのなら、一緒に来るか?」

たしかに、雷虎を倒した時点でクエストはクリアである。

ただ、もっとこのパーティで一緒に旅したい。

エリスは勇者の心情を察する。

「……サタン。またこれからも一緒に旅ができるかしら?」

「ああ、いいぞ。人間でもお前達は信頼できる」

その言葉を聞き、2人はうれしく思う。

「それじゃ、戻りましょうか。私たちの町へ」

サタンは空間転移魔法を唱えた。

雷虎の厚い皮と心臓だけをもって人間の町に転移する。

サタンはそれを片手で掴むと、空間に指を差し入れる。

黒い裂け目が、静かに開いた。

次の瞬間、景色が切り替わる。

乾いた風。

遠くに見える石壁。

人の往来がある町の門の外だった。

エリスが目を細める。

「……町ね」

勇者は門を見上げ、少しだけ息を吐いた。

「あれだけ距離があったのに……一瞬で」

「便利魔法というわけではないさ」

魔法転移は座標が分からないと使用できないうえマーキングが必要。

人数(質量)に応じて魔力消費が多くなるので、それほど万能ではない。

サタンは雷虎の皮をエリスに渡す。

「持って行け。証拠になる」

勇者は一瞬だけ皮を見て、それからサタンを見上げる。

「一緒に来ないの?」

「俺は町には入らん。新鮮なうちに雷虎の心臓届けないと。また宿屋で長居してしまいそうだしな」

エリスが苦笑する。

「まあ……無銭飲食も繰り返したら、騒ぎになるわよね」

勇者が小さく笑った。

「クエスト達成したんだから、お金はもらえるんだろ?」

「五千金貨なんて、すぐに用意できないわよ」

「そうか……時間がかかるのか……賞金は受け取ってくれ」

勇者が首を傾げる。

「いいの?」

「ただし」

サタンは指を三本立てる。

「五分の三」

エリスが計算するように呟く。

「……六割?」

「俺、ゾイル、タマの分だ」

勇者が笑う。

「インドラの砦に届けてくれ」

その言葉で、勇者の表情が少し引き締まった。

「ああ、なるほど。私たちがインドラさんのグループと最初に取引する人類の代表ということですね」

「いいわ。了解」

「よろしく頼む。話は通しておくが……ゲキマタタビを持っていけば、話は早いと思う」

エリスは頷く。

「ゲキマタタビに夢中で、話が進まない気もするけど……」

一同が笑いに包まれる。

ひとしきり笑った後、少しだけ、沈黙が落ちる。

長い旅ではなかった。

だが、草原を越え、砂漠を越え、雷虎を倒した時間は確かに共有されていた。

勇者は軽く頭を下げる。

「ありがとう、サタン」

エリスも続く。

「助かったわ。本当に」

サタンは肩をすくめる。

「礼はいい。仕事だ」

サタンはそれ以上何も言わなかった。

勇者が雷虎の皮を担ぐ。

「じゃあ、行こうエリス」

「ええ」

二人は門へ向かって歩き出す。

途中で勇者が振り返る。

サタンはもう別の方向を見ていた。

勇者は小さく笑い、手を振る。

「またね!」

エリスも軽く手を上げた。

「元気でね」

門の影に二人の姿が消える。

静寂が戻る。

砂の上に残った足跡を、風が少しずつ消していく。

「……行ったか」

サタンが呟く。

足元ではタマが尻尾を揺らしていた。

「にゃ」

サタンは空間に再び手を差し入れた。

黒い裂け目が、ゆっくりと開く。

「行くぞ」

次の瞬間、三人の姿は町の外から消えた。

空間は、何事もなかったかのように閉じた。



空間の裂け目から出ると、そこは拠点の正門の前だ。

重い門が軋み、ゆっくりと開いた。

心なしか、拠点が豪華に整備されている。

ジュウベイがやってくれたのだろうか?

最初に入ってきたのは、猫のタマキン。

その後ろから、サタンが歩み入る。

肩に担がれているのは、血に濡れた巨大な袋だった。

袋を台所の机に置く。

鈍い音。

袋の口がほどけると、中から現れたのは

雷虎の心臓――。

人の頭ほどもある肉塊が、まだ微かに脈打ち、表面を青白い稲妻が這っている。

その様子を見て、台所の奥から老婆が現れた。

背を曲げた料理人であり、ワ族の族長イルカである。

イルカはサタンの姿を見ると、すぐに深く頭を垂れた。

「サタン様……お帰りなさいませ。」

声には明確な敬意がこもっていた。

「ご無事そうで何よりです」

「イルカも無事そうだな……ヨルカは?」

サタンは短く問う。

「インドラ様が毎日まじないをかけてくれるおかげで無事です」

「そうか。インドラが……」

サタンは心底安心する。

周囲にあった張りつめた空気が、ほんのわずかだけ緩む。

サタンの視線はすぐ隣の寝台へと移った。

そこには、禁術を使ったあともなお、目を覚まさぬヨルカが、静かに横たわっていた。

眠っているだけのようにも見えたが、その沈黙はあまりにも深く、まるで魂だけが遠い場所に取り残されているようだった。

サタンは寝台のそばへ歩み寄ると、そっと腰を下ろし、乱れた前髪を指でかき分ける。

そして壊れ物に触れるような手つきでその頭を撫で、かすかに目を伏せた。

「……もう少し待ってくれ」

その声は誰に聞かせるでもなく落とされたが、重く沈んだ部屋の空気の中で、確かにヨルカへ届くことを願っていた。

「サタン様、こんかいはどのような御用でお帰りになられたのですか?」

その言葉で本来の用を思い出す。

「ああ、そうだった。インドラ様の食事だ。雷虎の心臓。」

イルカの目が、ぎらりと光る。

イルカは、差し出された雷虎の心臓を見た瞬間、わずかに息を呑んだ。

表情は大きく変わらなかったが、その沈黙が何よりも驚きを物語っていた。

「これは……見事な雷気。」

彼女は慎重に心臓を持ち上げた。

その瞬間。バチッ。

雷が指先に弾ける。

「まだ生きておりますな……これは良い。」

「討伐したのは2日前だが、ものすごい生命力だな」

「いやはや、雷虎まで討伐されるとは……」

雷をまとい、あの一帯の生き物すら寄せつけなかった災厄の獣。

それを、本当に討ったのか。

そう胸の内で繰り返しながら、イルカは目の前の魔人を見上げる。

サタンは誇るでもなく、ただ当然のことを終えたような顔で立っていた。

その姿が、かえってイルカの心を深く揺さぶった。

力ある者は数あれど、これほどの怪物を屠ってなお、声を荒げることもなく、己の偉業を飾ろうともしない者を、彼女はほとんど知らない。

この男は恐怖そのものを、道端の石でも退けるように乗り越えてきたのだ。

イルカは静かに目を伏せた。

畏れはあった。だがそれは、災厄に向ける震えではない。

圧倒的な力を前にした本能の緊張と、その力が確かに自分たちを救ったのだという、深い敬意の入り混じった震えだった。

「サタン様、、食事の用意をいたしますね」

「ああ、ありがたい。だが、インドラの調理の後でいい」

巨大な鉄鍋が火にかけられ、

黒塩、魔界の香草、焦雷油が放り込まれる。

心臓が鍋に沈んだ瞬間、

パチパチパチッ

鍋の中で雷が弾けた。

血の煮汁が泡立ち、白の電光が鍋の縁を這う。

やがて料理は完成し、銀の皿に盛られ砦の奥へ運ばれた。

そこにいるのは雷帝インドラ。

まだ成長途中の巨体が、石の床に横たわっている。

皿が置かれる。

インドラはゆっくりと首をもたげると、サタンの差し出した雷虎の心臓を見下ろした。

まだ微かに脈動を残すそれは、獣の死後なお荒れ狂う雷を内に閉じ込めており、紫の火花を散らしながら不気味に明滅している。

竜はためらいもなく大口を開け、その心臓を一飲みに呑み込んだ。

砦の中が、一瞬、しんと静まり返る。

誰もが息を止めた。

次の瞬間。

――ドクン。

腹の底にまで響くような重い脈動が、インドラの巨躯の奥から鳴った。

続けざまに、もう一度。

ドクン、ドクン、と鼓動は急激に強まり、そのたびに竜の全身を走る魔力が膨れ上がっていくのが見て取れた。

そして。

バチィィィィィッ!!

凄まじい紫電が、インドラの鱗の隙間という隙間から噴き出した。

無数の雷光は槍のように四方へ弾け、砦の石壁を這い、床を走り、天井の梁を焦がしながら暴れ回る。

焼けた木の匂いと、石の弾ける音が立て続けに響いた。

「またいつものだな。だが今回ばかりは、砦内で力を開放することは許容できない!」

サタンは眉をひそめ、鋭く言い放つ。

膨れ上がる雷気に前髪を揺らされながらも、一歩も引かずにインドラを睨み据えた。

「吐くなら外で吐け。ここでブレスを放てば、砦ごと吹き飛ぶぞ」

だがインドラの耳に、その言葉がどれほど届いているのかは怪しかった。

竜の瞳は大きく見開かれていた。

しかしその視線は宙を泳ぎ、焦点はどこにも定まっていない。

喉の奥から漏れる低い唸りは苦しみではなく、むしろ酩酊に近い響きを帯びていた。

強大すぎる雷虎の魔力が、血となり肉となってインドラの全身へ流れ込み、その感覚に竜はほとんど恍惚としていた。

鱗の一枚一枚が逆立つように震え、角の先から迸る紫電が空気を裂く。

その巨体の周囲だけ、空間そのものが嵐を孕んだように軋み、砦の内部はまるで雷雲の心臓部へ変じてしまったかのようだった。

サタンは小さく舌打ちすると、魔力を込めて一歩踏み出す。

このまま好きに暴れさせれば、目覚めた力に酔った竜は砦そのものを灰に変える。

ならば、たとえ力ずくでも外へ叩き出すしかない。

そんな冷たい判断が、その瞳に宿っていた。

次の瞬間、衝動に突き動かされるように巨大な翼を打ち広げた。

巻き起こった雷風が室内を薙ぎ払い、紫電をまとった巨体がそのまま砦の上方へと跳ね上がる。

天井を砕く寸前で身をひねり、開いた上部の破損口へ自ら飛び込み、インドラは夜空へと躍り出た。

直後、砦の外から雷鳴じみた咆哮が轟き、建物全体がびりびりと震えた。

口元から雷が溢れる。

身体が膨張する。

十五メートル。

二十メートル。

そして三十メートル。

成体へと至ったインドラの巨体が、砦の奥でゆっくりと膨れ上がる。

その鱗の一枚一枚が、雷光を宿した宝石のように輝いていた。

だがその光は、神殿の聖光のように清らかでありながら、

同時に 触れれば魂すら焼き尽くす凶悪な輝きを孕んでいる。

次の瞬間――

バチィィィィッ!!

嵐そのもののような雷が、インドラの体から噴き上がった。

紫電が鱗の隙間を走り、

角から角へと稲妻が架橋する。

空気が裂ける。

石壁が震える。

轟音とともに、砦の壁が砕け散った。

瓦礫を弾き飛ばしながら、

インドラはそのまま外へ躍り出る。

「できるだけ……被害出さないでくれよ」

忠告通り、外に出ていったインドラに安堵するも一抹の不安があった。

インドラの成長に伴う放電はいつも拠点に災いをもたらすからだ。

サタンは心配そうにインドラを見送るのであった。


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