88 雷鳴を裂く連撃
右手の刀には炎を纏わせ。
左手には、魔法の氷でできた槍。
雷膜の裂け目から帯電を逃がし、肉を断つ。
今この状況で最も噛み合う組み合わせを選ぶ判断は、誰より速い。
「灰炎斬」
まず、魔力と神力の炎を纏った斬撃が脇腹を裂く。
続いて氷槍が傷口へ突き刺さり、内部を奪った。
蒸気が噴く。
雷虎が吠え、反撃の爪を薙ぐ。
「させん」
ゾイルが剣を振るう。
剣士の技を見様見真似でやってみる。
斬撃による空間転移。
黒い断層が斜めに走り、雷虎の爪撃の軌道そのものを裂いた。
振り下ろされたはずの一撃は空間の裂け目に呑まれ、十数歩離れた岩塊をまとめて粉砕する。
「エリス!」
「もう撃ってる!」
エリスはすでに両手で杖を構え、巨大な火球を圧縮していた。
魔法の炎は決定打にはなりにくい。
分かっている。
だからこそ、通る場所へ撃ち込む。
「爆ぜなさい!」
火球が傷口の氷の槍へ叩き込まれた瞬間、炎と蒸気が一斉に暴れた。
蒸気爆発。
腹の底まで響く爆発。
雷虎の体毛が焼け焦げ、初めてその巨体が大きく傾ぐ。
だが、怪物はまだ止まらない。
雷虎は後退する代わりに、全身の帯電を一気に外へ解き放った。
同心円状の雷撃波が地面を這う。
近距離全方位の電撃。
勇者は息を呑み、即座に槍を立てる。
「“ホーリー・ガーディアン・サークル!“(聖護円陣)」
薄金の円陣が足元から広がった。
完全な壁ではない。
長くは維持できない。
だが、この一瞬だけ全員が踏ん張れる場所を作る。
雷撃波が円陣へぶつかり、激しい明滅を繰り返す。
勇者の膝が沈む。
腕が震える。
神力がごっそり持っていかれるのが、自分でも分かった。
広く守るほど、消耗が速い。
防御に全振りすれば攻撃の余力は消える。
それでも彼女は円陣を維持した。
ここで崩れれば、攻勢が途切れる。
雷虎はその隙を逃さず、空を見上げて咆哮する。
雲が答えるように渦を巻き、上空一帯が巨大な発雷器官と化した。
空気が鉄臭い。
肌が痛い。
広域殲滅だ。
「まずい、来るにゃ!」
タマの毛が逆立つ。
雷虎の最大火力。
一点ではなく、周囲一帯そのものを雷で焼く攻撃。
避けても意味がない。逃げ場ごと消す。
ゾイルが空を睨む。
一条二条なら裂ける。
だが空面そのものを埋める規模は、受け切れない。
剣を握る手に血が滲む。
それでも一歩前へ出る。
「落雷の密度を減らす。全部は無理だ、薄くした隙を作れ!」
「任せろ!」
サタンが答える。
勇者は苦しい呼吸の中で、槍を握り直した。
防御に神力を回し続ければ、次の一撃は鈍る。
雷虎の電膜を裂くことが出来るのは神力を持つ勇者とサタンだけ。
だが攻撃に回せば、仲間が死ぬかもしれない。
迷いが胸をよぎる。
――守るか、攻めるか。
そのとき、背後でかすかな呻きが聞こえた。
村人だ。
まだ生きている者たちが、焼けた地面にしがみつきながらこちらを見ていた。
その目には恐怖と、それでも託すしかない切実さがあった。
勇者は息を吸う。
決める。
「私は前を作る! みんな、そこに合わせて!」
迷いを捨てた瞬間、神力の流れが整った。
皆が勝てる“一瞬の地形”を作ることだ。
「ゾイル!」
「応!」
ゾイルの剣が走る。
空に幾筋もの裂け目が生じ、落ちてくる雷の流れをいくつも飲み込む。
処理しきれない分はある。
裂け目の縁が悲鳴を上げ、ゾイルの腕から血が流れる。
それでも彼は止めない。
直撃する本数を減らす。
それだけで、生存率が変わる。
「エリス、上空を炙れ!」
「無茶言うわね!」
文句を言いつつも、エリスは従う。
“クリムゾン・ファイアストーム”
炎が渦を巻き、上空へと昇った。
高熱が空気を乱し、発雷の落下角を僅かにずらす。
雷の筋がまっすぐではなくなる。
致命の密度が、ほんの少しだけ散る。
「タマ、音を!」
「了解にゃ!」
タマの幻が働く。
今度は姿ではない。
雷虎の背後と左右から、同時に足音と怒声と魔力の気配を発生させる。
感覚の鋭い獣ほど、無視できない異物へ反応する。
雷虎の集中が、広域魔法の制御からわずかに逸れた。
「村の魔人の保護は任せろ」
“セイフティレイズ“
ルシファーは神力で、個々の魔人に小さなバリアを張る。
「勇者!」
サタンの声。
勇者は頷き、槍を天へ掲げる。
金の光が穂先に満ちる。
自然力の扱いもなんとなくつかんできた。
サタンが村の魔人たちを守ってくれるおかげで仲間の守りに集中できる。
全方位を守るのではない。
仲間が踏み込むための、細く鋭い安全地帯だけを作る。
「“セレスティアル・スピア・イージス!”(祈槍星盾)」
円陣が細く収束し、サタン、ゾイル、エリスに半球の加護域を形成した。
そこだけは落雷が触れた瞬間、威力を鈍らせる。
広くはない。数秒しか保たない。
だが十分だ。
天が落ちる。
無数の雷が世界を白く塗り潰した。
轟音。
爆ぜる土。
焦げる臭い。
だが、ゾイルが間引き、エリスが揺らし、タマが逸らし、勇者が小さな守りを展開することで、仲間たちはまだ走れた。
「今だ、崩すぞ!」
サタンが雷の幕の中を踏み抜く。
加護で守られながら、最短距離で雷虎へ迫る。
その後ろを、勇者が槍を引いて続いた。
防御を保ちながら最大火力は出せない。
だから今度は、攻撃に賭ける。
「雷膜をもう一度開く! その後はお願いします!」
「最初からそのつもりだ!」
サタンが応じる。
雷虎が二人を迎え撃とうと跳ぶ。
だが、その跳躍先の空間へ先に黒い断層が走った。
「そこだ」
ゾイルが跳躍経路そのものを裂いたのだ。
雷虎は足場を失い、空中で体勢を崩す。
そこへ、左右から炎壁が迫る。
エリスが焼いた進路が、怪物の選択肢を一本に絞る。
「にゃっ!」
タマが最後の一押しを入れる。
雷虎の真正面に、勇者の幻が一瞬だけ現れた。
雷虎は幻に騙され、偽の勇者に爪を立てる。
本物は、その影のさらに下。
死角に沈み込むように、低く踏み込んでいる。
「ルミナス・ジャベリン!(神槍・天穿)」
今度の一撃は、雷膜の継ぎ目を狙っていた。
最初の衝突でひびを入れ、二度目の連携で乱れた箇所。
神力の穂先がそこへ食い込み、青白い膜が大きく弾ける。
ばきり、と。
今度は明確な破断音。
雷虎の防御が開く。
「サタン!」
「任せろ!」
サタンはすでに剣を振りかぶっていた。
(ルシファーは神力の操作を!)
(よかろう)
神力と魔力を瞬時に重ねる。
神力で守りを断ち、風で切り裂き、炎で内部を焼く。
荒削りな複合だ。
だが今この一瞬には最適だった。
「魔断烈風火連!(まだんれっぷうかれん)」
一閃。
二閃。
返しの突き。
斬撃が連続して叩き込まれ、最後の一突きが胸元深くへと食い込む。
雷虎が苦鳴を上げる。
血しぶきが上がる。
そこへさらに、上空の裂け目から落雷が吐き出された。
ゾイルがさきほど呑ませておいた電撃を、今この瞬間へ合わせて返したのだ。
本来なら雷虎の糧となるはずの雷。
だが神力で制御の継ぎ目を乱された今、その一撃はただの暴力に変わる。
「終わらせなさい!私のすべてよ。“インフェルノ・ブラスト!!”」
エリスの渾身の爆炎が重なる。
圧縮された火塊が傷口へ突き刺さり、雷と炎が内部で一気に膨張した。
眩い白
遅れて、世界をひっくり返すような爆発。
衝撃が周囲を薙ぎ払い、全員が地面に足を食い込ませて耐えた。
勇者の障壁が砕け散り、サタンの外套が焼け、エリスの髪が熱風で舞う。
タマの幻影が一斉に消える。
ゾイルの裂け目も、限界を迎えて閉じた。
爆風が去る。
そこには、雷虎がいた。
だが先ほどまでとは違う。
片前脚が深く沈み、胸元から肩にかけて大きく焼け裂けている。
体毛の帯電も途切れ途切れだ。
青白い雷光はなお激しく明滅しているが、以前のような絶対的な秩序はない。
怪物が、初めて明確に崩れた。
勇者は荒い息を吐き、膝をつきかける。
神力は底が見えていた。
視界の端が暗い。
けれど槍は手放さない。
サタンも肩で息をしていた。
頬の傷から血が流れ、腕も焼けている。
それでも口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「そろそろ終わりにしようじゃねぇか」
勇者は息を整えながら雷虎を見据える。
まだ立っている。
まだ終わっていない。
それでも、確かに届いた。
「倒しましょう」
震える声ではない。
消耗しきってなお、芯だけは真っ直ぐだった。
エリスが杖を肩で支え、焦げた息を吐く。
「やっと、怪物らしく血が出たわね……でも、もう私の魔力は空よ」
タマがしっぽを膨らませたまま笑う。
「次はもっと上手く騙せるにゃ」
ゾイルは血の滲む手で剣を握り直す。
「次で仕留める。長引けばこちらが尽きる」




