86 サタン・勇者一向 VS 最強の魔獣
サタンは刀を構え雷虎向き合った。
雷虎の魔力と電力のギアがまた一段と上がる。
雷虎が地を蹴った次の瞬間、その巨体はもう別の場所にいた。
さっきまで前方にいたはずの影が、稲妻の残光だけを残して横合いへ跳ぶ。
遅れて、地面が爆ぜた。
先ほど村の魔人相手に戦った時とまた違う動きを見せる。
“迅雷裂爪”
サタンは刀で爪の攻撃を受け止めるも、その巨体とスピードから繰り出される雷の一撃は周囲の木々を消し炭にし、クレーターができるほどの衝撃を持っている。
「……速すぎるだろ」
サタンが低く吐き捨てる。
“空裂斬”
サタンは刀に風の属性を纏わせ、雷虎の体を切り払う。
雷虎は後ろに飛び跳ね、刀の直撃を避ける。
雷虎の体表から火花が散る。
「ダメージはわずか……」
今の雷虎の攻撃は受けるのが俺じゃなければ危なかった。
ここにいる者は全員耐電薬を飲んでいるとはいえ、相手は上位魔獣。
簡単には雷を無効化にはできない。
勇者の神力の防御であれば、雷は防げるかもしれない。
しかし、スピードとパワーは受け止めきれないだろう。
エリスは焦げた地面を見つめたまま、唇を引き結んだ。
「ただ足が速いんじゃないわね。雷に乗ってる」
「雷に、乗る……?」
勇者が槍を構え直しながら聞き返す。
その横で、ゾイルが目を細める。
「ああ。地を駆けてるように見せてるが、本質は違う。あいつは自分の放った電流や空中の帯電を足場にしている。落雷の軌道そのものを渡って跳んでるんだ」
「じゃあ移動先を読むのは……」
「困難だ」
ゾイルは短く言った。
「直線で追う相手じゃない。一瞬ごとに“そこへ居られる場所”を雷で作っている」
タマの耳がぴくりと震える。
「やな感じするにゃ。見えた場所を狙っても、もういないやつにゃ」
遠くで雷虎が低く唸る。
その全身を覆う体毛が逆立ち、青白い火花が絶え間なく弾けていた。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気がびりびりと鳴っている。
勇者が息を呑む。
「近づくだけで、肌が刺されるみたい……」
「近接はさらに厄介よ」
エリスが杖を握り直す。
「さっき見たでしょ。斬った瞬間に火花みたいに見えたあれ、ただの放電じゃない。触れた相手に電撃を流し込んで、筋肉を痺れさせた上で弾き飛ばしてる」
サタンが鼻を鳴らした。
「殴れば感電、踏み込めば弾き飛ばされる、か。面倒な毛皮だな」
ゾイルが雷虎から視線を外さずに続ける。
「帯電した体毛そのものが防壁になっていますね。下手な斬撃や刺突は、届く前に威力を殺される」
勇者は槍の柄を強く握った。
「それでも、まったく効かないわけじゃないんですよね?」
「通る攻撃はある……だが、その手断は少ない」」
ゾイルが答える。
エリスが苦々しく笑う。
「最悪なのはあいつが魔法耐性に強すぎることね。強力な魔法でも致命打になりにくい」
「扱える魔法が通じるほど、そんな都合よくはないか。数日前あいつに俺の灰雷と奴の白雷を混ぜ合わせたカウンター攻撃を放った。上位魔人でさえ大ダメージを与えられるほどの威力だったが、奴にはあまり効かなかったようだ」
「むしろ活性が上がる可能性すらあります」
ゾイルの声は重い。先ほどの戦いを見ていたが、白雷を雷虎に返した途端、体表の色が白く光り輝いていた。
タマがしっぽを膨らませた。
「やだにゃあ。速い、触ると痛い、雷も効きにくい。ずるいにゃ」
「ずるい、で済めばいいけどね」
エリスの視線が空へ向く。
頭上の雲が、いつの間にか不自然な渦を巻いていた。
空気が重い。
焦げ臭さに混じって、嵐の前の鉄臭い匂いが濃くなっていく。
サタンがその変化に気づき、表情を険しくする。
「……また“攻撃”があるな」
ゾイルが低く頷いた。
「ああ。あれの恐ろしさは機動力や接触放電だけじゃない」
勇者が顔を上げる。
「さっきの……」
「火力の質が二つある」
ゾイルは剣をわずかに持ち上げた。
「ひとつは、爪撃や雷弾、落雷みたいな単体への高火力。見えてからでは避けにくい上、一撃が重い」
エリスが言葉を継ぐ。
「もうひとつは、広域殲滅。自然力を最大に使って雷雲を動かし、周囲一帯そのものを雷撃圏に変える」
勇者の喉が小さく鳴った。
「あの空……」
「そう」
エリスは苦く頷く。
「狙った相手を撃ち抜くだけじゃない。逃げ場ごと焼くタイプよ」
サタンが空を見上げ、舌打ちする。
「単騎向けの殺し方もできて、集団もまとめて消し飛ばせるってわけか」
「厄介なんてもんじゃないにゃ……」
タマが珍しく低い声で漏らした。
一瞬、沈黙が落ちた。
雷虎の唸りと、空に走る火花の音だけが耳に残る。
その沈黙を破ったのは、勇者だった。
「整理します」
震えを押し殺した声だったが、芯は折れていない。
「あいつは雷の軌道を使って瞬間移動みたいに跳ぶ。接近戦では帯電した体毛で感電させて弾き飛ばしてくる。雷にはとても強くて、半端な電撃は通じない。しかも一人を仕留める攻撃と、広い範囲をまとめて焼く攻撃の両方を持っている」
彼女は槍を構え直し、まっすぐ雷虎を見る。
「……だから、誰か一人でどうにかする相手じゃない」
サタンの口元が、わずかに吊り上がった。
「ようやく話が早くなったな、勇者」
ゾイルもまた、静かに頷く。
「その認識でいい。あれは怪物だ。各々が正面から噛み合えば、まず負ける」
エリスが炎を指先に灯す。
「なら正面からはやらない。崩して、ずらして、隙を作る」
タマがにやりと牙を見せた。
「騙して、迷わせて、外させるにゃ」
サタンが剣を抜く。
「で、最後に叩き斬る」
勇者は小さく息を吸い、槍先に微かな光を宿した。
「はい。相手が怪物なら――みんなで、倒します」




