閑話『綾瀬采香、○○と会う』
「へぇ、マンションで会議なんてやるんだ。うちの住んでたとこはなかったなぁ、賃貸だからかな?」
505号室に住んでいる女、綾瀬采香は、マンションのエントランスで掲示板を見て独りごちた。
そこには、マンションに大きな変化を加える特別な魔石が手に入ったので使い道を議論したいとのむねが書いてある。
「敷地拡張、タワマン化、マンション外監視……なんか色々できるみたいだけど、うちこういうのわからないんだよねぇ。まあ会議には出て、話は他の人に任せとけばいいでしょ、うん」
ふわっ……とその時、鼻腔をくすぐるいい匂いが背後から漂ってきた。
背後?
「ああ、管理人室ね。くんくん……これはラーメンかな。あぁうちもこってりした豚骨醤油ラーメンが食べたくなってくるじゃないのよ」
それを食べるためにも、今日も魔石稼いでこなければ。
綾瀬は誰より朝早くから探索に出かけていく。
「……それにしても朝7時から豚骨醤油ラーメン? やるじゃない……」
朝日が爽やかな中、綾瀬はマンションの北方面へと探索していく。
こちらの方角は危険が少ないということで、すでに魔石は結構とられたと九重達マンションに先にいた住人達は言っていたが、しかし綾瀬から見ると……。
「まだまだって感じ。ソナー、オン」
綾瀬のマホウ、ソナーを発動する。
周囲数十メートルの音を鋭敏に感じ取れる能力だ。
静寂の廃墟だが、ソナーを発動しながら歩くと世界は一変する。実は音に満ちている。
風の音、ネズミがせわしなく走り餌をかじる音、そして長い間風雨にさらされ重量に負けつつある瓦礫のきしみ。
それらがまるで映像のように正確に理解することが出来る、どこでどんな音がしているのかが視えるのだ。
その能力を使いながら数百メートル歩いていると、
「来た来た!」
綾瀬の顔がほころんだ。
「そうこの音、魔石だけが奏でるこの音ってことよ!」
ソナーが捉えたのは、特徴的な高音だった。
瓦礫の下にある魔石が重みで潰されているときに、ごくかすかに軋む音を立てる。普通じゃ聞こえないほどの音だが、ソナーならそれも捉えられる。
それは例えるなら、水を入れたグラスをスプーンで叩いた時のような長く響く音にも似ていて、明らかに瓦礫や石が砕けたりヒビが入る音とは違う、魔石に独特のクリアな音だった。
綾瀬は音の方へと走っていく。
「ここか、ふうん。まーたでっかいのがあるんだから。ま、うちももう慣れたけどね」
魔石は瓦礫の下に隠れている。
その位置は綾瀬には正確にわかっているが、わかっていても取り出すには最後には力業だ。
元は新築家屋だったのであろう朱色の屋根が、小山のように積もった紺色の壁材の上に散らばっている。
そこに柄の長いスコップをテコのように用いて、大きな瓦礫を一つ一つ取り除いていく。細かく砕けて砂利みたいになってるものはスコップで掘り出していく。
15分ほどかけてそうしていると、瓦礫の下から青紫色の輝きがあらわれた。
タケノコのような形をした立派な魔石だ。
「やりぃ! うちのカンによるとこれは……500MPはあるね。幸先よい! どんどん探していきますか、ってね……あっちね」
北西に顔を向け、さらなる魔石をゲットしに綾瀬は歩いて行く。
それからさらに魔石をいくつか回収して午後になったが、まだ綾瀬は満足していない。今日は調子もいいことだし、とことん魔石を集めて明日の通販ショッピングを思う存分楽しむと決めた。
そのためにはソナーをさらに使っていく。
マホウは何度も使っていると疲労が蓄積していくけれど、綾瀬はまだ余裕がある。地下暮らしで強制労働させられていた頃には、もっと力を使うことを強要されたし、その頃にとことんやったので、マホウへの体力がついている。
「ムカつく奴らだったけど、この点だけは悪いことばかりでもなかったか。さ、どんどんソナーってこ…………えっ? 何、この音?」
異音だった。
石や建材ではなく、かといって魔石でもない、それとは異なる音がする。
スー、スー。
ドクン、ドクン。
「これは……呼吸音と心臓の鼓動? しかも結構大きい、小動物じゃない。1.5m~2mくらいの体長はありそうな音の大きさ……」
綾瀬は音の方に目を向けた。
二十メートルほど北に進んだところから音が聞こえている。
そこに……大きな生物がいるはずなのだが……。
「いないじゃない。どういうことこれは?」
音が聞こえた場所にはなんの姿も見えなかった。
もしかして何かをミスったかと思いもう一度集中してソナーを使うと……やはり勘違いではない、再び同じところから音がする。
間違いなくいる。
姿は見えないが、なんらかの生物が潜伏している。
「結局どういうことこれ?」
音の発生源へと歩いて行き、その手前で止まる。
前方一メートルから相変わらず音をソナーは捉えている。
しかし、それでも綾瀬の目には何も映らない。
「うーん? んんー……」
綾瀬はさらに半歩近づき、音がしているところに手をゆっくりと伸ばした。
『ぅわーっ! ま、待ってくださいッス!』
「え!?」
聞こえた音は人の声だった。
同時に目の前の透明が陽炎のように歪み、ノイズが走り――そこに人間の姿が現れた!
出現した短い角刈りで大柄な若い男の姿に綾瀬は見覚えが…………!
「見覚えないんだけど、うち。誰? あんた?」
「ええっ!? 土屋ッスよ! 同じマンションに住んでるじゃないッスか!」
土屋玄が姿を隠して探索していたのだ。




