第7話/勇者達よ、さらば
黒の中で、声が聞こえた。
「スレイ。スレイよ。私だ。」
院長?院長…なの?
「違う。私は、私だ。スレイ…新しい我が身となり、使命を達成しろ。」
嫌だ!あなたは、院長じゃない!
「そうですね。あなたは院長ではありませんね。」
院長!?
「…思考体の一つごときが、一丁前に主人格そうに振る舞うな。お前をわざわざ使っていたのは、勇者達に対する演技の為だ。」
「あなたに私を名乗られても困ります。あなたは私とはとても釣り合いません。なんなら、スレイとも。」
院長…。
「スレイ。あなたの名前は、光。それも、突き進む光という意味です。あなたにここは、ふさわしくない。」
突如、視界の端がパリンと割れた。見えるところ全てにヒビが入って、院長の体がぼやけ始める。
「や、やめろっ。自壊するなぁ!もう回復させるだけのリソースもない!完全な無になってしまうぞ!」
「大丈夫。スレイ。あなたのことは、ずっと私が見ています。この力も、残しておきます。ペンダントを握ってください。」
院長…。院長…!
「それでは、さようなら。」
慟哭がまた、喉をついて出てきてしまう。嫌だな。嫌だ。今度こそこんな別れがあるのなら…笑顔でと、そう思っていたのに。
どうしても、喉をついて出てきてしまうよ。私の中にある、あなたとの思い出が。
───さようなら、院長…。
1.マスラオの居城
闇と月の介在する夜。月光の明かりが照らすのは、黒。闇ならば光で晴れるだろう。しかし、黒が晴れることはない。俺たちを待ち受けていたのは、怪人だった。
「………。」
「どうする。アーサー。」
様子がおかしい。動く気配を見せない。胎盤タブレットの情報は、彼をスレイと認めている。思い当たる原因はただ一つ…マスラオだ。
『マスラオは進化の魔獣。完成と安定がない代わりに、変化だけは容易い。人間に化けて、あなた方地下世界人類の調査を行っていたのです。』
その言葉が本当なら、きっと今のスレイに纏わりついているのは、マスラオの破片ということになる。
「倒すのか?アーサー。」
「倒すとは、殺すことだろ。」
見た目的に、引き剥がすのは困難だ。
「いや…手立てがないわけでもないか。」
勇者村で使用した再生の結界。死にかけにして、無力化したスレイをそこに連れていけば…。
「手立てがあるのか?」
「再生の結界を使わなきゃならない。堕天使、ここでスレイを見ていてくれるか?人を呼んでくる。」
「わかった。」
2.勇者村
「誰か来てくれ!スレイがマスラオの破片に囚われた!無力化して蘇生するために、再生の結界が必要だ!付いて来てくれ!頼む!」
夜の中、戸を叩いて巡回すると、10人程度の勇者が来てくれた。怪訝そうな顔をしているが、説明をしている時間はない。タブレットを見て、スレイの位置を確認する。まだ動いていないようだ。
「行くぞ!」
3.マスラオの居城
「それで、スレイは…まさか、本当に…。」
「こ、ここがマスラオが死んだところか。」
「なかなか、広いねー。」
顔馴染みのロイ、ロブ、ベルが各々感想を口に出した。俺は堕天使と合流する。
「特に動きはなかったか?」
「何もない。そこでたまにうめいているだけだった。…人員が揃ったなら、仕掛けるぞ。」
初めからそういう予定だ。改めて、勇者達に説明する。
「皆、聞いてくれ。そこにいるのがスレイだ。このままだと、何をするかわからない。マスラオのように瘴気を使って人を魔物に変え出すかもしれない。力を削いで無力化する。皆はスレイが無力化された後に、再生の結界を張ってくれ。」
「わかった。気をつけてくれ!」
さて、スレイ。戦いを始めるぞ…。
俺は【第二形態】と、【不滅の甲冑】を起動。その上で光属性と風属性+魔力刃のエンチャントを【第二形態】で生み出した武器に掛ける。セットするスキルアビリティは、【光陰正視】。今回はコンボに組み込むつもりだ。
魂装の制御技術が上がったためか、初めから剣の形で生成できた。成長だな。堕天使もバフをかけ終わったよう。
「行くぞ!」
「……。」
まずは小手調べだ。剣で仕掛ける!
大上段に振りかぶり、大胆に切り込む。スレイはふらつきつつも、避けようと動きを見せる。
「───魂装、変化!!」
魂装の使い方を覚えた俺に、回避と防御は通用しない。剣の形状は自由自在だ。この、光陰正視のおかげで。
【光陰正視】/自身の俊敏値を1.2 倍、動体視力、思考速度を5倍にする。
5倍の思考速度で考えることができれば、どのように回避されようとそこに当たるように形状を変化させれば良いだけ。第一撃がヒットし、スレイは肩から両断された。
「な!?」
まさかここまで脆いとは思わなかった。マスラオで出来た鎧、脆すぎる。結果的に無力化は完了したので勇者たちを呼びつけた。
「すまん。切りすぎたようだ。回復頼む!」
「安心してよね。あなたの泣別れの胴もくっつけて見せたんだから!」
「皆!再生結界を貼れ!」
「アーサー。俺たちはマスラオを引き剥がすぞ。」
「わかった!」
結界が展開されると、スレイはみるみるうちに再生していった。俺と堕天使はその最中、スレイからマスラオを引き剥がそうと引っ張っていく。もろい!まるで泥みたいだ。なんでスレイはこんなやつに囚われたんだ?スレイを引っ張り出す。
「スレイ!意識はあるか!?返事しろ!!」
「…う……。私、一体何を…。」
「よ、よかった!スレイが目覚めたぞ!」
「スレイおねぇちゃぁぁぁぁんっ!!!」
勇者村のみんなも気が気ではなかったろう。スレイは助かったようだ。マスラオも全て引き剥がした。もう大丈夫な筈だ。
奥で腰掛けていた堕天使が立ち上がり、話を切り出した。
「スレイ。ここで一体何があった。お前はマスラオらしき何かに取り込まれていたように見えた。しかし、お前の強さは据え置きで、とてもマスラオと一致しない。」
「…。マスラオに取り込まれたのは、確かよ。で、多分…原因はこれ。」
スレイはペンダントをこちらに見せた。
「…一回試す!ちょっと見ててね。」
ずもももも、と、ペンダントから漆黒が湧く。漆黒はスレイの全身を取り囲み、鎧となった。スレイは涼しい顔をしている。きっと、制御も自在にできているのだろう。
「スレイ。」
「これはマスラオからもらったの。彼の遺品。さっきまでふらついてたのは…ちょっと疲れが出たのかも。」
ワールドアイテムが欲しいとは言ったが、この状態のスレイから取り上げることは、流石にできない。でもなんか、すごい便利そうだ。スレイは鎧から漆黒の剣や槍を生成したりしている。おそらく、魂装よりよほど自由度が高いのだろう。
「いいな。俺も欲しい…。」
「そうよね。私もこれをお礼にできればと考えてたの。もう、このマスラオには自我はない。安全なはずよ。」
「人にまとわり付かせることはできるか?人の意思に反応して変形するなら、俺たちにも使える可能性があるはずだ。」
堕天使のアイデアはナイスなものだった。マスラオの剣を手渡してもらう。すると、マスラオはどろりと溶けた。
「剣をイメージして!」
「わかった!」
魂装を変形させる要領で、マスラオにイメージを注ぐ。マスラオはやる気がない感じで変形した。堕天使も同様の感じであった。
「こいつ、忖度してないか?」
「実際、してるかもしれない。」
勇者村の皆にも渡してみたが、俺たちより上手にコントロールできているようだ。彼らは見た目こそ若いが、1000年前から生きていたらしいから、これは戦闘経験の差なのだろうか。あと↓のがマスラオの説明です。
ワールドアイテム-『マスラオの根源』/一見泥のように見える、黒の物質。念じることで変形する。とにかく、謎多き物体。分けることもできる。分けた分は、魔力の供給がないと消滅する。
4.暗黒の大穴-底部
「色々、ありがとう。」
「世話になった。感謝する…。この堕天使がな!」
俺たちはワールドアイテム探しもできたことなので、そろそろ地上に帰ることにした。メロン、キャベツ、干し肉にみかんを受け取り、アイテムボックスに詰める。
「また来てね〜!次は、完封勝利しちゃうから!」
「その時は俺も、魂装術を使わせてもらうぞ。」
「乾燥術?」
「魂装術だ!やり方は…そうだな、人間、魔法を使う時に…例えば炎の球を出すとするだろ。炎の球は、どこから出る?手とか、腹とか、尻とか…なんなら、魔法陣を通してより遠くから出すことができるよな?この時に使うのが、魂装なんだよ。ただ、魔力だけを操作しても俺の鎧のようにはならない。粒子が必要なんだ。これはザスターからの受け売りだが…。粒子は【粒子生産機関】が生産するものだ。主に俺たちの体を構成している。粒子同士が近づくとその間に魔力を形成する。魔法使いが魔力を使いすぎると指先が灰化するって話があってな?あれは魔力を失うと粒子同士の結合が解けるからなんだ。つまり、お前が魂装術を使うには、何らかの形で粒子を意識しなければならない。まぁ、血でも混ぜていれば、自然に会得できるはずだ。多分。」
「ええと、もう無理。」
わからせてしまったようだな。
「ベル。もし、続きが聞きたかったら、また来るからその時にでも教えるよ。」
「もういいっす。」
堕天使とスレイは若干フリーズしていた。心当たりがないことはないが、無視。
「それじゃ、もう行くから。」
俺は蝙蝠的な翼を展開した。ただ、この大穴を突破するにはちょっと難しいかもしれない。堕天使の翼は大きいので、余裕そうだが…。
「アーサー。マスラオを使えば速いと思うぞ。」
「そういやそうか。」
腰につけておいたマスラオの短剣を引き抜いて、羽にくっつける。今より大きな…悪魔人的な翼をイメージ!
「…よし、成功したな。それなら、パワーが上がって楽なはずだ。」
「助かったよ。それじゃあスレイ、ベル、お別れだ。また会おう!」
俺たちは飛び上がる。今生の別れというわけではないが、少し寂しかった。
「また、また来てね!私も会いに行くから!」
「ああ、また!」
「達者でな。勇者たち!」




