第11話 奇縁と対決と
魔神王はある男と相対していた。
それは奇妙だった。魔神王は相対する男に対し、指一本動かさず、腕を構えている。
30mの巨人、そして、たかが180cmの人間の戦いではない。魔神王の様子はまるで、男の戦闘力が彼と同格か、もしくはそれ以上であると警戒しているようだった。
「…つれねぇな。」
銀鎧の男が口を開いた。
「アフラ。」
男はゆっくりと、地面に突き立てたハルバードを抜いて、肩で担ぐ。
「攻略組を潰して、【組織】がその後釜に座る。これはそういう計画なんだろうが。」
【組織】はビクトリアのあらゆる知識を独占することが目的の団体だ。その【組織】にとって、攻略組は目の上のたんこぶであった。彼ら攻略組が様々な地域に散らばり、情報を集め、ビクトリアの攻略を進めているがために。
「お前らが独占したい情報も、攻略組が発見したらすぐ世間に広まる。お前らの天下は、俺達がいる限り訪れない。」
「それだけが理由じゃない。」
魔神王は銀鎧の男に向けて、強い口調で言い切る。常人なら多少はみじろぎしたり、耳を抑えたりするだろう魔神王の大音声を、銀鎧はそよ風のように受け流した。
「これは検証だ。ワールドボスが居続ければ、シーズンは終わらないのか。」
「フン。」
「攻略組の大半は、ワールドボスにキルされる形でデスを迎えた。彼らは全ての財産とレベル、スキルを失う上、シーズンが終わるまで復活することはない。」
死亡した者達はシーズンが終わるまでの間、好きな武器、スキル、好きなワールドアイテムを無制限に使用して他のプレイヤーと対戦できる【天界】と呼ばれる場所に送られている。
「一応聞く。君はどうするつもりなんだ?ナギト。」
「聞いて呆れる。」
魔神王は防御の姿勢を取った。
「ワールドボスは殺す。」
瞬間、衝撃の波濤が破壊音となって周囲に広がった。魔神王の両足首がハルバードの回転攻撃で切断。巨人は体勢を崩して尻餅をつく。魔神王は接近する銀鎧めがけ、掌底を繰り出した。
「それだけだ。」
身体を削る魔力風をものともせず、厚い表皮をものともせず、巨体の掌底をものともせず、銀鎧は進む。
くるりと空中で回転し、振り回されたハルバードは魔神王の突き出された腕と腰を同時に破壊する。
狙うは魔神王の心臓。
銀鎧はハルバードを突き刺し捻って破壊した。だが、それは魔神王の死ではない。
銀鎧はそのことを知っていたかのようにその場から飛び退いて後退した。巨人の心臓から、血を撒き散らして飛び出てきたのは【組織】のリーダー。彼は…魔神王は勢いのままに暴力を振るう。
「やるね。」
「テメーが鈍い。」
魔神王の第二形態、魔人形態である。この形態は第一形態の巨人の性能を人並みの体躯にまで圧縮し作られている。表皮の硬度はおおよそ6倍され、膂力、敏捷性も3倍程度増されている。
拳打とハルバードの打ち合いが両者の間で交わされた。魔神王は素早く、それでいて鋭い手刀で銀鎧の首を狙う。銀鎧は手刀をハルバードの柄で防御し、受け流す。
数合撃ち合う中、銀鎧は柄で受けた手刀の衝撃をてこの原理で利用。敵の膂力を利用して、魔神王へ刃を届かせた。
「【僕は】【とても】【離れない】。」
だが、魔神王が言葉を紡ぐと刃は表皮へめり込んで止まる。動きが止まった銀鎧の腹を、ありったけの震脚を込めた五発の拳が貫いた。鎧、表皮、内臓、骨、筋肉組織がまとめて破壊され風穴が開けられる。
「グ。」
「切り札を切らされた。僕、君のこと嫌いだよ。」
戦闘続行は不可能だ。銀鎧の体は力を失い、倒れ込む。魔神王はそれを許さず、さらに30発の拳を叩き込んで銀鎧の体組織を蹂躙して地平線の彼方へと吹き飛ばした。
沈黙。遅れて、静寂。闘争は終了した。しかし尚、魔神王は警戒を解かない。銀鎧は決して、勝てない勝負をするような無謀な男ではないからだ。ワールドボスに1人だけで挑むのは、魔神王からしても無茶なことだ。
「『征核槍───。」
不意打ちだ。死角からかけられた声。魔神王は前転して距離を取る。
「───ワールド』。」
だが、危険から遠ざかろうと距離を取った先に、刺客は蜃気楼のように現れた。黄金の鎧を身につけた男だった。
「"ザワルド"ッッ!」
斬撃刺突の暴風が、地を抉り巻き上げて魔神王へと突き進む。2mの騎乗槍、『征核槍ワールド』。これを持つものは、自身が保有するあらゆるスキル・スキルアビリティを、槍を媒介にすることで同時に発動することができる。
発動されたのは、【剛撃】+【轟撃】+【瞬間強化:筋力】+【光陰正視】+【衝撃波】+【破壊】。
【剛撃】…攻撃の際、筋力値が1.5倍される。
【轟撃】…攻撃の際、筋力値が2.5倍される。
【瞬間強化】…自身が強化したい数値を、一定時間(8秒)の間、3倍にする。使用後、1分間のクールダウンが必要。
【光陰正視】…自身の俊敏値を1.2 倍、動体視力、思考速度を5倍にする。
【衝撃波】…前方にダメージを与える衝撃波を放つ。
【破壊】…オブジェクトに与えるダメージが3倍される。
「ぬ、ああああっ…!」
魔神王は鉄の胎盤の時と同じく、真正面からこれを受け、粉々になって四散した。
1.バゼリ王国-バリア港
バゼリ王国は首都以南に穀倉地帯と呼ばれる草原が広がるが、以北は荒地、洞窟、山岳ばかりが広がっている。太陽がギラギラと地表を照らす中、乾いた風が枯れ木を転がした。
「アーサー。見てよ。あそこが海。」
───お、おお!おー!
「語彙なくなってない?」
駆動音がなる。大地を軽く跳ねながら疾走する車は、海へと辿り着く。バゼリと世界を繋ぐ港、バリア港へとアーサー一行は到着した。
関所の警備員にゲーム内通貨を支払って、一行はバリア港の内部に移動する。街の様子はというと、閑散とした中世然の煉瓦造りの港町だが、波止場には活気があってプレイヤーで溢れかえっていた。
「ここでクイズ。アーサー。彼らはなんのために港に集まってると思う?」
───いや、深く知らないですし…。
「つれないなぁ。なんか言ってみなよ。」
───…この時世ですし、食糧の輸送とかですかね。
「それもある。でも、彼らは居残り組。ほとんどの商業ギルドの船はもうジオマに出払っちゃった後。」
───…うぐ。
「答えは“最果ての島"への渡航だよ。」
───!?
アーサーからしたら、寝耳に水のことであった。なぜなら最果ての島の周辺は異常気象で常に嵐が───あ。
───そ、そうだ。"アスガルドが落ちたんだ"。その影響で異常気象が止まった。
「正解!」
───渡航もできるようになったのか。
「最果ての島には、機械のパーツになる鉄の胎盤の残骸と、落下したアスガルドにプレイヤーが残していた貴重品がある。みんなそれを狙ってるんだよ。」
2.バリア海-潜水艦
───それで、なんで自分たちは潜水艦なんですか?
「車を借りて、そして船も組織から貸してもらうとなると、依頼を受けるしかなかったんだ。」
───組織からの依頼、つまり、同業者の撃破。
「そ、そ。依頼って言っても、魚雷ぶっ放すだけだから、特段君に何か頼んだりすることはないと思う。」
───了解です。
サラが受けた依頼は、最果ての島への海路を航海する船への魚雷攻撃だ。組織の技術力の精髄が詰められたであろう潜水艦は、硬く、丈夫で、精密であった。俺は椅子に腰掛けて、海底へ沈んでいく木材の破片を見るだけで良かった。
3. バリア海-深海研究所【スカジ】周辺
順調に思われた航海だったが、何事もうまくいくはずがない。突然、停電に見舞われた。サラが言うには、外部からバッテリーを停止した者がいるらしい。
───詰みじゃんすか。
「治せたらよかったんだけど。ボク、専門家じゃないからさ…。」
「専門家でーす。よろしくお願いしたいのだが。」
「!?」
ハッチから侵入してきた怪しげな男。彼は、アーサーの顔見知りであった。この上なく、厄介な。
───ザスター!?
「えっ!?この人が!?」
サラはどうやら、ザスターと初対面だったようだ。ザスターはハッチを閉じた後、浸水防止のために発生させていた魔力障壁を解除した。
「よろしくぅ〜。」
───不審者のノリもそこら辺にしてくださいよ。
「や、悪いね。それじゃあ電力を復旧するよ。」
「ねぇ、アーサー。この人…いやこいつ、普通に危険人物だよね?警戒したほうがいいんだよね??」
───ですね。
「ひどい言われようだな。私は君たちについて行こうとしているだけだ。最果ての島に行くのだろう?」
「……。」
やはり、この男には筒抜けだったようだ。まぁ、このような登場の仕方だ。そうでなければむしろ混乱するところだった。
「組織に最果ての島に行きたいと言ったらね、君たちの座標を送ってきたんだ。だからこれは合意のものかと思っていたのだが…。」
「え、なにそれ知らない。ザスターと組織が人魔混合兵の関係で繋がってたのはわかるけど…。」
サラが困惑を口に出し終えた時、彼女のポケットから着信音がした、
「あ、待って。…はい!どうもー!どうも、こちらサラです!え?あ、そうなんですね!どうも!」
「どうもばかりだ。」
───ですね。
「はいー!どうも!ありがとうございましたー!…組織から連絡が来ました。」
「私の事のやつだね?」
「はい。」
ザスターの件についての連絡が来たと、サラは話した。時を同じくして潜水艦のエンジンが再起動する。
───ザスター、あなたの目的は?
「【勇者】だよ。」
アーサーは戦慄した。
「ふーん?」
「隠す理由もない。【勇者】は独特の魔力を放っていてね、その魔力は残滓が残るようになっている。しかし、だ。この最果ての島以外に魔力の残滓はない。魔神王が暴れていると言うのにね。」
───それはつまり、【勇者】は最果ての島で魔神王に倒された…。そういう事ですか?
「私もそう思っているが…もしかしたら何かあるかもしれない。そうだとも思っている。というか、アーサー君。君はなんでここに?」
───…。
「君こそ、最果ての島に用事があるとは思えないが。」
「アーサー。」
アーサーが回答に悩んでいると、サラがアーサーに耳打ちをした。
「ザスターが着いてこないわけがない…。話しちゃった方が、いいと思う。」
───わかりました。
アーサーはザスターに旅の目的を話した。室伏という男から、勇者と魔神王の戦闘データを貰いにいくという目的を。
「たまげたね。」
ザスターは感極まっていたようだった。口調こそ穏やかだが、興奮しまくって手がワキワキしていた。
「たまげまくりだ。βじゃいないタイプのNPC…考察するなら、運営スタッフが動かしているというところだが、AIというのもロマンがあっていい。」
───疑わないんですか?
「そのタブレットを見ればわかる。それはワールドアイテムだろう?」
───え。
ザスターは、物証のため俺が抱えていたタブレットに目を向けて言った。
そんな馬鹿な。これがワールドアイテム?冗談だろう。だが、心当たりがないわけでもない。これと同じような端末は、鉄の胎盤のどこを探しても見つからなかった。
「…心当たりがない?おかしいな…。タブレットを注視すれば情報が出てくるはずだが…。」
───今やります。…あ、あっ。ワールドアイテムだ。これ…。
『携帯端末:鉄の胎盤』。
レアリティはWORLD。つまり、これはワールドアイテム…。しかし、機能が全く開放されていない。職員呼び出しと、健在だった時の鉄の胎盤、その内部のマップを見ることしかできない。
───たまげたなぁ。
「たまげまくりだろ?」
───ぶちのめしていいか?
「アーサー、君じゃ勝てない。」
「真面目に暴力について考えるのはやめてくれたまえ。」
ザスターのドヤ顔には恐れ入る。【挑発】スキルでも積んでいるのかと思うほど完璧だった。剣をしまうアーサー。
「それに、もうじき着く。最果ての島にね。」