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第12話 萌芽


「アビリティジェム───解放(リンク)。」


 【星】と刻まれた赤い宝石が砕け散る。刻まれていた概念は『可能性』。発動したものは一定時間、さまざまな行動が『延長』される。


 黒い衣を纏った2人の刺客が、アビリティジェムを解放(リンク)させた金鎧の男…ザワルドの前に現れた。


「…中華勢。何か用事か?」


「我々はナイトケ王国からの応援ダ。」


「ザワルド。我々の目的は魔神王討伐デス。」


 男の方はクガン、女の方はファリンと名乗った。転移陣から、ナイトケプレイヤーらしき手練がぞろぞろと現れる。総勢102名。


「…ナイトケとして、か。」


「遠目から、戦況を見ていタ。魔神王はまだ完全に死んでいない…そう考えル。」


「死んでいるのならバ、システムメッセージがあっても良いハズ。βの時は分体を作り出すワールドボスがいたでショウ?」


「…。わかった。俺も魔神王捜索に協力する。」


「助かりマス。」


 決戦の地となったジオマの環境は荒地と化したため、今はとても見晴らしが良い。しかし、その景色の中に魔神王の残滓は見当たらない。ザワルドは焦燥感を覚えていた。銀鎧の男…ナギトと共に魔神王を闇討ちしたのはいいが、完全な撃退には至らなかったのだから。


「元魔神王のザワルド、あなたは何か知っていることはありますカ?」


「…わからない。実際βだと、魔神王の対処は本体を粉々にするだけで終了していたハズだ。」


「製品版ゆえの追加仕様カ。」


1.最果て-破損したダンディライオン-スリープルーム


───室伏さん。


「待っていたよ。アーサー。早速だがこれを見てくれ。」


 アーサー達一行は無事、鉄の胎盤の跡地で室伏と再開することができた。スリープルームは頑丈な造りであるため、爆発による被害を防げていたようだ。メインモニターが起動し、映像が流れる。


───これは。


 勇者と魔神王の戦いの様子だった。魔神王が出現した場所に、流れ星かのような速度で勇者は突撃。光属性の魔法攻撃と、魔法剣のような技を繰り出してド派手なバトルを魔神王と行っていた。


「…なるほど。」


 しかし、勇者は魔神王に捕まえられた。そのまま何度も地面に叩きつけられた後、全体重を込めた強烈なパンチを10発程度喰らわされ、あえなく粒子と化して死亡した。


「思ったより、両者共に戦い方が脳筋だね…。」


───室伏さん。


「ああ。この戦闘映像の価値はそこじゃない。」


 勇者を倒した後、魔神王は奇怪な行動をとった。急に苦しみ始めたのだ。そして、その身体は石化したかのように固まった。


「興味深いな。」


 そして、石化された魔神王の表面から、小さな魔神王が発生した。室伏はここで画面をズームし、ある場所に焦点を当てた。それは、石化した魔神王が塞いでいる穴であった。


「小さな魔神王は時間が経つと成長し、しばらくすると外海へと歩き去っていった。この…おそらくは、本体の魔神王を残してね。」


───この魔神王が何かを隠していると。


「早速行ってみようか。サラくん。アーサーくん。」


「うん。」


───ありがとう室伏さん。


「何かあったら言ってくれたまえ。君たちの健闘を祈る。」


2.最果て-魔神王の深域(ニブルヘイム)


 日が射しているのに、蒼く、暗く、鮮明でない。そこはまるで深海のような空間だった。唯一発光しているものは、紫色に輝き拍動する、結晶で作られた心臓だけだった。


───あれが、魔神王。


「ちょっとまって、ノリでここまで来たけど…。ボク達3人だけで魔神王の相手はできないでしょ。」


「そりゃそうだね。だが、どうする?【組織】にでも連絡するのかい?彼らに利権を取られ、私達が除け者にされたら目も当てられないぞ。」


「…。こんな美味しい機会他にないのにさ〜。」


 サラは眉間に皺を寄せて悩んでいた。自分たちは攻略組のような手練ではない。人数も3人限り。しかし、だからといってこの機会を逃すのは惜しかった。


「…アーサー、ツテ辿って。友達だけに連絡して。」


───了解です。


「私も募集をかけてみよう。」


 とりあえずフレンド全員に座標と詳細を流してみたアーサーであった。


 30分ほど経つと、【テレポート】特有の円形魔法陣が出現し、ブーンと、彼が引き連れたアーサーの知り合いが現れた。


「アーサー。勇者について情報が見つかったようだね。…戦力が入用のようだから、君の知り合いだけじゃなく、私も知り合いを連れてきたよ。」


「オントマトです、うす…。どうもす。よろしくお願いします…。」


「私、【吸血鬼】をしております。【イトウ】と申します。…アーサーさん?私ですよ。ほら、かつてあなたの受付をした私です。」


───今日は魔神王の深域の調査兼、ワールドボスの討伐ということで、よろしくお願いします。


 ケイ素系ゴーレムと黒髪の吸血鬼。どちらもかなりの手練のように見えた。特に、オントマトは広告部隊の指揮官兼軍師をやっていた魔物プレイヤーであるため、期待できそうだ。


「アーサー!久しぶりだなオイ!」


───PvP! PvPじゃないか!生きてたのか!?


「死んだぜ!!」


「僕たちもいるぞ。」


「やれやれ…我の高貴さをまともに直視できないようだな…。」


「戦いの場に呼んでもらえたことを感謝する。」


───ドラフォイに堕天使、タイトまで…。ありがとうみんな。助かった。


「よせって。俺たちもこういう裏ボス的なのを倒すのに憧れてたんだ。」


「フ…我が武勇伝を足す機会を献上したこと…褒めてつかわそう。」


 なんと、 赤い角の猪鬼(オーク)、PvPしようぜ!だけでなくドラゴンのドラフォイ、吸血鬼の†堕天使†、黒天狗のタイトまでこの場に来ていた。

 実は、アーサーは彼らにフレンド申請を行っていた。そして、それが受理されたので、ワールドボス討伐についてのメッセージを送っていたのだ。


「アーサーの師匠はブーンさんだったのか。なるほど。」


───タイトはブーンさんと知り合いなのか?


「俺の尊敬する魔物プレイヤーだ。ブーンさんは【高速詠唱】スキルを盛り込んだ呪文ビルドでありながら、接近戦を熟す素晴らしい使い手なんだ。お前、知ってるか?【剣術】系の技能スキルを積まなかったプレイヤーがどうなるか。」


───知らないな。


【剣術】……剣の取り回しに補正がかかる。より軽く扱える。

【高速詠唱】……呪文を発動する際に必要な事前詠唱時間を1/4する。


「彼らは剣術系のスキルを持った相手と基本的に撃ち合えないんだ。剣は絡め取られて、槍は弾かれて、槌は受け止められる。取り回しの速さが圧倒的に足りない。しかし、ブーンは技術を研究していて、スキルがある近接職相手に防戦できる。感激だよ。」


「私の噂かい?」


───ブーンさん。


「私の技術は大したものじゃない。ただ、私は色々と気を使っているのさ。持ってみなさい。」


 ブーンは手にしている三又の槍をタイトに持たせた。


「…ぐっ…重い…。」


「私の槍は魔力を通すと自在に動くようになっている。これが取り回しの秘密さ。」


 タイトはブーンに槍を返却した。その目にはどことなく、答えを得た充実感が見えていた。


「なるほど…武器か。今まで立ち回りばかり気にしていて気が付かなかった…。」


「参考になったようだね。」


───武器の工夫…上級者だなぁ。


 タイト達と会話してからさらに30分経つと、サラの交友関係とザスターの交友関係の者達が集まりきったようだった。総勢13483人。

 俺派7人、サラ派36人、ザスター派13440人だ。いやザスターお前交友関係広すぎだろ。


「私、実は【枢機卿(カーディナル)】なんだよね。知ってるかい?【枢機卿(カーディナル)】 にランクアップするためには、10万人以上の人員が存在するギルドに所属していることが条件なんだ。」


 【枢機卿(カーディナル)】…【経営者】の上位職業。所属するギルドの人員の数によって、さまざまな効果を得る。


「やばいよアーサー。今の状況、組織に連絡した場合とそんな変わんない。」


───ザスターの気分次第ですね。


「私は野蛮じゃない。報酬はきっちり三等分する。…あと、うちのギルドメンバーの給料は私が出している。暴走は決してしないと約束しよう。」


 俺たちにも色々とメンツがある。サラと俺は少なくとも、一番前線に立つべきだろう。そうでなければ、ただザスターにおんぶに抱っこされたことになってしまう。

 俺たちが集めた人員と、ザスターのギルドの精鋭達で、魔神王と初めに対面する100人の混成チームを作る。俺たち100名は魔神王と対面するため、脈動する心臓へ向けて移動を始めた。


(…義経とカイン達は…。)


 アーサーは、フレンドリストを見た。そこにはフレンド申請中の文字があり、相手がフレンド申請を受理していないことが分かった。


(居てくれたら、心強いんだけどな。)


3.最果て-魔神王の深域(ニブルヘイム)-拍動地


───ぜはっ、ぜはっ。


 ザスターの手勢の平均レベルは600。レベル93のアーサーより圧倒的にステータスが高い。そのため、アーサーは頑張ってダッシュする必要があった。


───馬車とかないんですかっ。


「テレポートでは持ち込めないのだよな。【拡張術式】持ちなら行けるかもしれないが…。」


【拡張術式】……魔法の詳細な効果を変更することができる。


「おぶってってあげる?」


───大丈夫っ、ですっ。


 そうして走り続けること20分。ようやっとアーサーは魔神王の心臓の目の前まで到達した。


「隊員、整列!これより周辺調査を行う!臨時隊長は前へ!」


「はっ!」


「C方式での探索を行え!20分、時間を取る!」


「了解です!ザスター!」


 臨時隊長が了解です、ザスターと大声を出すと、他のザスターの手勢も了解です、ザスターと続けた。

 ザスターはちゃらんぽらんなやつなのか、それとも冷徹なリーダーなのか、アーサーにはわからなくなった。


「C方式って?」


「物品の押収を行わず、トラップを解除せず、刺激を与えないことを目的とした調査方針だね。」


───…こんな距離まで近づいたのに、魔神王は動きすらしませんね。


「そうだね。」


 しばらく時間が経つと、臨時隊長は帰還。周辺には魔神王以外の敵性魔力反応はなく、これといった遺跡もなかったとのこと。

 魔神王がその身をもって塞いでいる、女神像の鎮座する洞窟を除いては…。


───ん?なんでしょうこれ。


 アーサーが魔神王を注視すると、選択肢が現れた。ヤーマ・バゼリと会話した時のと同じような、会話ウィンドウだ。


「どうしたの。アーサー。」


「……。」


───注視したら会話ウィンドウが出てきて、その。これは。


《 修正者に告ぐ。輪廻する理を破壊せよ。 》


 この内容が自身の目に映っていたことを、アーサーはザスターとサラに説明した。


「………。」


 ザスターとサラは沈黙した。しばらくして、ザスターが口を開いた。


「なぜ君に見えたのか。その理由は、君の職業が魔神王だからなのか?我々の手勢で、同じような報告をしてきた者はいない。つまり君だけがこれを見れているんだ。」


「おかしい。」


 ザスターは持論を述べたが、それに対してサラは疑問を話し始めた。


「魔神王のイベントは誰にだって起こせるはず。【ビクトリア】のイベントはどれも再現性があるから。なのにイベントを進める条件が、アーサーしかないなんて変だよ。」


「いや、それは違う。おそらくこれは必須ではない。…ん?なんだね…。」


 突然、アーサー達の近くにザスターのギルドの構成員が駆け寄ってきた。忍者っぽい格好をしている。なにやら、急いでいるようだ。


「報告します。ジオマの【魔神王】が倒されました!」


「…そうか。ありがとう。」


「はっ!」


 構成員は本隊の方へ帰還していく。


───なら、なんでまだシーズンが終わってないんだ…?


 鉄の胎盤を倒せば、シーズンが終わる。そこに無理やり魔神王が割り込んだ。ならば、その魔神王が倒されればシーズンは今度こそ終わるはず。


「アーサー君。あちらで倒されたのは、勇者との戦闘データで発生した小さい魔神王だろう。おそらく、こちらの魔神王が本体だ。」


───じゃあ、こいつを倒せばいい。そうすれば、シーズンは終わる…。


「だけど君は会話ウィンドウを目にしたといっている。こちらから見ても、君の会話ウィンドウは確認できる。内容まではわからないが…。魔神王を対象にして会話を行えることは確実だ。」


「それは…ただ倒すだけだともったいない…ね。何かありそうだ。会話を試してみるべきだよ。」


「アーサー君。会話してみてくれ。それで特に何もなければ、あの脈動する心臓を攻撃するだけだ。」


───心得ました。

 

 アーサーは内心ドギマギしながらも、冷静に会話ウィンドウをタップする。

 視界から消えていくウィンドウから視線を外して、アーサーは脈動する心臓を見た。


───。


 何が起こるだろう。

 何が始まるのだろう。

 いや、それか、終わるのだろうか。

 【ビクトリア】は。


【 修正者に告ぐ。輪廻する理を破壊せよ。 】


【 我が名は魔神王なり。魔と人のまざりものにして、魔神を束ねる王たる者。 】


 魔神の王だから、魔神王。道理だ。しかし…。


「魔神…?」


 この世界に魔神は、いない。


【 不滅。不滅よ。我が同胞。我に何用か。 】


《 【魔神】とは? 》


 一択しか出てこなかった。

 しかし、アーサーからすれば、相談する手間が省けたので構わなかった。


【 異なことを。不滅。絶対の神を神と呼び、神と生きた神代の者を魔神という。 】


【 神は歴史喰いに喰われ名を消した。 】


《 歴史喰いとは? 》


【 過去を喰らうもの。我らを喰らうもの。時の流れを呑むもの。有害にして大規模の厄災。 】


《 Locked!:ソイツはどこに潜んでいる? 》


《 自動選択:お前を殺す 》


 …え?


───ザスター!サラさん!何か変だ!選択肢がロックされた!


「!各員、調査やめ!後方の本隊に連絡しろ!」


「アーサー!何が起きてるの!?」


 俺はスクリーンショットを撮ってザスターとサラに送った。サラは今までなかったことなので、困惑していた。


【 我を殺す。不滅がか。いや…今は歴史喰いの手駒か。笑止千万。 】


 魔神王の身体から、紫色のウェーブが広がる。固まった外皮が割れ、魔神王が孵化を始める。


【 我こそは幾千幾万の魔神の王。人魔の到達点。 】


【 名を、極限。 】


【 貴様らに打ち倒せるか。我を。燻り高まった我の力を、止められるか! 】


《 warning! warning! 》


《 WORLD BOSS 『Dio (極限の)limiti(魔神王)』 》


 宣戦布告と共に、魔神王の深域(ニブルヘイム)に霧が発生する。俺は後方部隊と合流するため、【瞬間強化:速度】を発動してから【光陰正視】に切り替えてダッシュした。


【瞬間強化】…自身が強化したい数値を、一定時間(8秒)の間、3倍にする。使用後、1分間のクールダウンが必要。

【光陰正視】…自身の俊敏値を1.2 倍、動体視力、思考速度を5倍にする。


 それでも俺の足は皆んなより遅かったため、意図せず殿になってしまった。こんなところで死ぬわけにはいかねぇ…。そうだ!【不滅】があったじゃん!


 【不滅】…【不滅の魔神王】の力を解放し、自分が受けるダメージ量の80%をカット。


 あんまり当てにならなさそうだが無いよりはマシだ。足バフも切れてきたので本格的に敵のマトになってしまうだろう。生き残れるかは運ゲーである。


【 不滅!!走り回るな!! 】


 けたたましく響く、極限の魔神王の声の方向に視線を向けると、大地には大きな手の跡ができていた。えぁ?これ、俺のすぐそばにあるぞ?咄嗟に上を見上げると、巨大な紫色の手が俺に迫っていた。


【 死ねいッ! 】


 あ、あぁ…。

 そうかなんか、そうなのか。

 極限の魔神王とのボス戦といったが、奴が最優先で攻撃対象としているのは、あの口ぶりからすると俺だ。

 まぁ俺が生きている限り、他の奴らにヘイトが行くことはないだろうが、それも後数秒限りだ。


「ジェムを砕く!移動しろ!解放(リンク)!」


 だが、そんな状況をザスター達が予想していないわけがなかった。ザスターが赤い宝石───アビリティジェムを砕き、なんらかのスキルを発動させると、アーサーの身体は数10mの距離を瞬間移動した。


(なんだ!?何が起こった!?)


「回収する!続いて!」


「応!」


 たまたま近場にいたサラが突撃する。PvPしようぜ!のような近接職と、サラ派のプレイヤーが20人程度随行し、魔神王を撹乱する動きを見せる。一方アーサーはというと、俊敏なサラに抱えられた。


───とりあえずありがとうございます!


「君遅すぎ!レベルは!?」


───93!


「ざこ!あ、狙われてる!投げるね!」


───えっ。


 サラに極限の魔神王の拳が迫る。巨大な隕石と言っても過言でないスピードとパワーだが、サラは瞬間強化による筋力増強を行なってアーサーをサラ派のプレイヤーに投げ渡す。


───サラさん!?


「大丈夫!あとは仲間の配信で天界から見てるから!」


 サラは潰されて粒子と化し、死亡した。アーサーは失禁しそうになった。


「アーサー殿。大丈夫ですか?」


───…さっき報告しに来た忍者さん!?


「名をアガサといいます。急いで脱出を図りましょう。」


 突如として現れたアガサの速度はサラよりも数段速い。魔神王が振り抜いた拳を地面から抜いている間に、アーサーはザスター率いる本隊と合流した。ドラフォイがアーサーに声をかける。


「悪いなアーサー。抱えていけばよかった。」


───気にするなドラフォイ。俺が無相応なだけだ。ところでアガサさん。下ろしてくれますか?


「魔神王はアーサー殿を執拗に狙う故、敏捷性にかけてはビクトリア1と名高いこのアガサを移動手段としてください。アーサー殿の足で動き回られると困りますでござる。」


───了解です。


「ささ、本隊に離れすぎず近すぎずで囮役をしましょうか。走ります。ドラフォイ殿、この旨をザスター殿に。」


「わかった!伝えておく!」


 本隊とは束の間の再会であった。ドラフォイがザスターにこの情報を伝えた結果、本隊は俺を囮にして支援攻撃を当てるという動きを行うことにしたようだ。


 ふと、視線を感じて上を見上げると、魔神王がボディプレスをしてきた。巨大な30mの巨人のボディプレス。避けれる気がしない。


「アーサー殿、無理なので投げます!あと伝言を。【臨戦強化(ブーストタイム)】はすでに使っているとザスター殿へ!」


───ぐえっ。


 いきなりアガサから投げられて、俺の身体は地面を転がった。ボディプレスの振動で大地が揺れる。起き上がって見れば、アガサの死を示す青い粒子が漂っていた。


(【臨戦強化(ブーストタイム)】!?なんてことだ。平均レベル600のザスター隊にいたアガサさんの臨戦強化でも、魔神王からは逃げられないだなんて…。)


臨戦強化(ブーストタイム)】…【瞬間強化】×【光陰正視】のアビリティコネクト。一定時間、筋力、俊敏を3倍し、動体視力を戦闘する敵に合わせて補正する。


 魔神王はすくっ、と起き上がって、こちらの方を見る。俺は死を覚悟した。とりあえず、ザスターに【臨戦強化(ブーストタイム)】の件でダイレクトメッセージを送った。【了解】とだけ返される。

 その時ちょうど、魔神王の背中に魔法攻撃が集中した。本隊13383人での魔力攻撃。魔神王の表皮は割れ、あまりのダメージに体勢を崩した。


───た、助かった。


 魔神王が顔を顰めると、俺の身体は上空100mへと吹っ飛んでいた。視界の片方も見えなくなっている。


───へ?


 【魔力風】だ。極限の魔神王が【魔力風】を使い始めた。十分な速度がない弾系の魔法は弾かれ、そうでない魔法も魔力風によって威力が減衰している。俺は右手の小指と中指、そして片目を失った。


「───【(スター)】。」


 【(スター)】…【ビクトリア】のシステム機能を行使できる特殊権限。使用者が望む《事象の延長》を実現させる。


 ザスターが権能を振るう。ナギトとの戦いの後、俺を連れ去ろうとした時にウェーカンを止めたスキルだ。

 魔神王はコケて体勢を崩した。


───しょぼっ。


 俺はダトムから貰った片手剣を引き抜き、刀身を伸ばす。ザスターの近くに剣先を刺し、アンカーのように固定して、今度は刀身を縮ませることで移動した。


「アーサー君。」


───ウェーカンにやった時みたいなのは無理なんですか?【(スター)】は。


「ステータス差が大きい。私の【勅令】でもコケさせることしかできない。」


(…ん?)


───勅令ってのは?


「【枢機卿(カーディナル)】の専用スキルだ。事象に命令できる。初めに君を移動させたやつのことだ…。アーサー君!魔神王が起き上がった!どっか飛んで行ってくれたまえ!」


 魔神王は俺を追っている。そして、その行動速度は【臨戦強化(ブーストタイム)】をしたアガサでも逃げ切れない程度のもの。狙われたら全滅必死だ。

 俺はザスターに投げ飛ばされた。


───うひょおおおおおおおお。


 俺が空中を移動するのを見て、魔神王を俺を叩き殺そうと走り出した。距離600m。追いつかれるまで3秒とかだろう。

 死にたくはないので、俺は妙案を思いついた。ダトムの片手剣の刀身を伸ばし、魔神王に刺してさえしまえば追いつかれることは無くなるという案だ。


(【魔法剣:光撃】セット!)


 俺は剣に光属性の魔力を込め、自在に刀身を伸縮させる。狙い通り、刀身は魔神王の胸に刺さった。だがここからが予想外だった。

 魔神王はなんと、刀身を折ってしまったのである。


───うそでしょ。


 支えを失い落下を始めるアーサー。落下中に刀身を伸ばそうと何度も試みるが、剣が折れた部分から魔力が噴き出すだけだった。まるで穴が空いた風船である。刀身のサイズは1mほどになってしまった。


 ザスター率いる本隊による魔力攻撃は続いているが、魔力風のためか魔神王の体勢が崩れることはない。今度こそ詰みだ。


───…死にたくない。まだこの舞台を降りたくない!!


 できれば最後まで、魔神王との戦いを見ていたい。魔神王に勝利するその瞬間に居合わせたいのだ。

 アーサーは思考を張り巡らせた。


(そうだアビリティコネクト…。)


【衝撃波】、【魔法弾】、【剛撃】、【魔法剣:光撃】、【かばう】、【殿の心得】、【ヘイトブレード】、【周囲断絶】、【光陰正視】、【瞬間強化】、【不滅】、【騎士の誓い】、【プロテクション】、【上級かばう】、【魔法剣:炎熱】…。


【プロテクション】…耐久力が3倍になる。発動している間は動けない。【ナイト】派生。


【不滅】…【不滅の魔神王】の力を解放し、自分が受けるダメージ量の80%をカット。


(これだぁぁぁ!!)


───【魔神装甲】!


【魔神装甲】…【プロテクション】×【不滅】のアビリティコネクト。不滅の魔神王の力を解放し、自分が受けるダメージ量の80%をカットする。また、耐久力が9倍になる。発動している間は動けない。


 アーサーの耐久力は大したものだった。今の状態であれば、銀鎧のプレイヤー、ナギトの斬撃であっても骨で止めることができるだろう。


(絶対に負けない!)


 仁王立ちにて、魔神王を待ち構えるアーサー。悲壮な覚悟に応えるかのように、一陣の風が吹き抜けた。


【 今度こそ殺すッ! 】


───負けるものかよォ!!!


 今まで様々なことがあった。

 ラマンダやブーンとの出会い。

 銀鎧の男との戦い。

 攻略組と共に鉄の胎盤を打倒し、今は多数の仲間の命を背負ってここにいる。


 今まで退いたことは一度もなく、どのような時でも退くつもりはない。


───俺は【ナイト】だ!!


 あえて決意する。生きて帰る、と。

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