8話 シノアたん変身大作戦②
「ほ、ほんとにここに入るの?」
シノアは目の前の店を見て、思わず後ずさりをした。
ガラスの向こうにある服は、知識のない者でも超高級と分かるほど、完成度が高く、ただならぬ品格を放っている。
そもそも店の造りから高級感が溢れ出ており、ボロい外套を纏っている自分が店前にいるのすら、気まずさを覚える程だ。
「ったり前だろ。アルマ・アークライの名にかけて、チンケな変身は認めないぜ! この店――『クレッシェンド』は間違いなく都市一の品質だ! ここで買っときゃ間違いねーさ。金はまぁ、心配すんな。昨日レオからしこたま毟り取ったから」
※ギャンブルである。
そんな不純な理由で自信満々なアルマは、シノアとは違いボロの布ではない。
白いワイシャツに黒いズボンと、至ってシンプルな服装だ。
言ってしまえばイクリプスのコートを脱いだだけだが、エリート用に特別に仕立てられた、防刃性と伸縮性に優れた最高級のシルク混紡だ。
「ほら、行こうぜ」
「あっ――」
しり込みするシノアの手を引き、アルマはクレッシェンドの扉に手をかけた。
「いらっしゃいま――あらァ、随分珍しいお客さんじゃないの。久しぶりね、ア、ル、マちゃん♡ うふっ」
バチンと効果音が出そうな、激しいウィンクが炸裂。
「やめろエリザベス。サブイボが出るから近寄るな」
二人を出迎えたのは、やたらと濃ゆい顔立ちの筋骨隆々で髭面の大男だった。
やり過ぎなくらい派手なメイクに、くちびるが倍に見えるほどの口紅を塗りたくっている。
「もぉ! 相変わらず釣れないわ――おや、おやおや? そのプリティガールはもしかして……アルマちゃん、まさかロリコ――」
「違ぇよ!! 色々あって預かってんだよ。今日はシノアのコーディネートを頼みに来たんだ。ほら、シノアも隠れてないで出てこい」
アルマの後ろに隠れていたシノアは、気まずそうにひょっこり顔を出した。
「し、シノア……です――ひゃぁっ!」
軽く自己紹介するや否や、閃光の如くエリザベスの両腕がシノアの肩を掴んだ。
「……!!」
「おい、やべぇ目してるぞお前」
ガンギマリの目でシノアとアルマを交互に見る。
そして肩を掴んでいた手は顔へ、腕、足へとぺたぺたと触れる。
「ちょ、なっ……! やめてよ!あんたも止めなさいよばか!」
顔を真っ赤にさせプンスカするシノアだが、アルマに止める気配はない。
「触診ってやつ? まー大人しくしとけよ」
アルマは売り物の服の値段を逐一確認しながらてきとーに答えた。すぐに、一通り触り終えたエリザベスが、鼻息を荒くし、
「か、完璧だわ……」
「はい?」
思わぬ一言に聞き返す。
「少し肉が足りないけど……身体のバランスがこれ以上ないほど整ってるわ! あたしはメイクとか髪はそこそこでしかないけど……服に関しては世界一だと自負してるの。一級……いえ、最高級のこの素材、あたしが活かしてみせるわ!!」
(メイクがそこそこ……?)
厚塗りを極めたド派手なメイクをみて、そう思ったアルマだが、口にすると面倒になりそうなのでやめておいた。
「は、はぁ」
「シノアちゃん、あなたは今でも十分可愛いけど、生まれ変わらせてあげる! だからあたしを信じてくれないかしら?」
髭面のオカマの熱すぎる眼差しに困惑し、思わずアルマに視線をやる。
アルマは無言で頷きそれに応えた。
「じゃあ……よろしくお願い、します」
「んふ、じゃあ決まりね! アルマちゃん、少し時間貰える?」
「俺も野暮用があったから丁度いいぜ」
「え、ちょっと待っ」
予想外な展開にシノアが口を開くが、
「んじゃ、シノアを頼むぜゴンザレス」
「――エリザベスよ!!」
言うだけ言って、アルマはヒラヒラと手を振り、そのまま店を出てしまった。
置いていかれるとは思っていなかったシノアは、ポカンと口を開け、信じられないと言った顔をしている。
「あらまぁ、よく懐いてるのねぇ」
「ち、違う! 懐いてなんかない!」
「んふ、そうかしら? ま、それはそれとして、帰ってきたアルマちゃんを驚かせてやりましょ」
ニヤついた顔で再び、バチンと音がなりそうな激しいウィンクをした。
◇
店を出たアルマはどんどん人気のない方に歩いており、ようやくその足を止めたのは路地裏に着いてからだった。
「ったく……人の事コソコソ嗅ぎ回りやがって。そこにいんのはバレてんだよ。出てこい」
アルマは振り向き、鋭い視線を後方に向ける。
数秒の静寂が流れる。
「三秒やる。出てこないなら敵として処理する」
低く威圧するような声が空を揺らす。
「三、二、一」
ゼロを告げる前に柄に手をかけた。
すると、
「――やれやれ、こんな所で暴れる気ですか?」
その声と共に男が上から降ってくる。そこそこ高さがあるにもかかわらず、着地音一つない。
それだけで、ただならぬ実力を保持しているのが伺える。
黒い外套を羽織り、狐の面を被った怪しい男だ。
(あの面……暗部か)
暗部とは、正規軍における特殊部隊であり、諜報活動や、暗殺を主にする部隊だ。
目の前の相手が、シグナスの差し金なのはすぐに見当がついた。
「暗部が俺になんの用だ」
アルマは相手が姿を現した事で、より一層警戒を高める。
「003の事ですよ。念の為、貴方をつけるよう命じられています」
男は隠すでもなく淡々と答える。
「はっ、白々しい。それだけじゃねーだろ? 引き渡さなかったら、俺を殺してでもあいつを回収する気だろ?」
アルマはそこに「まあ」と付け足し、
「――お前程度に俺が殺れるかは疑問だがな」
ピリと空気がヒリつく。一触即発。
両者に動く気配はないが、双方臨戦態勢に入っている。
静寂が包む中、それを破ったのは暗部の男。男は気の抜けたようなため息をつき、
「確かに、僕じゃアルマさんには敵いませんよ。それはそれとして……僕以外にもつけている人間がいるとは思いませんでした」
「お前以外に?」
アルマの頭の上に、巨大な疑問符が浮かび上がったかのような間が空く。
そんなアルマを見て、男も同じように首を傾げた。
「僕は気が付きませんでしたが、いたんでしょう? だからアルマさん、僕のいた上ではなく、後ろに向かって声をかけてたじゃないですか」
「………………」
アルマは気まずそうに、猛烈な勢いで目を泳がせる。
「……………………イタヨ、ほんと」
敵として処理する。と、キリッとした顔で言ってしまった以上、もう誤魔化すしか生存の道はない。
「……」
「し、信じて……?」
「……」
男も何となく察してしまったのか、無言を貫き、それ以上追求しようとはしなかった。
その無言が逆にジワジワ効いていたアルマは「そ、それよりぃ! 」と、声を裏返して無理くり話を変えた。
「期限はまだある。これ以上、余計な事はしない方がいいと思うぜ」
急すぎる方向転換に男は戸惑いつつも、突っ込むことはしなかった。もしかすると案外、良い奴なのかもしれない。
「……警告ですか。一応、僕らは広い意味で同じ軍属なんですけどね」
男の声には少々の焦りがみえる。
「シグナスにも言っとけ。立場を失いたくなかったら黙って待ってろってな」
「はは、そのまま伝えたら僕が殺されちゃいますよ」
「馬鹿言え。お前程の奴がそう簡単にやられるたまかよ」
「……いいでしょう。後の事は約束できませんが、中将には伝えます」
男はそのまま「では」と言うと、まるで最初から誰もいなかったかのように、昼下がりの影へと溶けるようにして消え去ってしまった。
ぽつんと路地裏で一人佇むアルマは、いそいそと煙草に火をつけた。
そして脳裏に少女の笑顔を思い浮かべ、自身もフッと笑い、
「しゃーねえ! クレープ買ってってやるかぁ」




