7話 シノアたん返信大作戦①
シノアの保護に成功したアルマは、すぐに引き渡そうなどとは一ミリも考えておらず、彼女に普通の生活をさせようと独断で決めた。
軍にバレると相応の問題になるはずだが、どうしても任務として割り切ることが出来ずにいた。
それは単純に相手が幼子だからなのか、それとも彼の記憶の少女と瓜二つだからなのか。
とりあえず腹を空かせてそうだったので、食事をさせてやりたい所だったが、あまりにも格好がみすぼらしく、トラッシュタウンでしか通用しなさそうなので――
「と、言う訳で……シノアたん変身大作戦〜! ぱちぱち〜! ひゅーひゅー! 盛り上がってきたぜぇ!」
と、当の本人を差し置いてやたらとハイになっている。
「……えぇ」
先程までシノアの中では、補正がかかっていてそこそこかっこよく見えていたアルマだが、その補正も一瞬で剥がれ落ちてしまったらしい。
若干引き攣っているシノアの顔の前で、アルマは人差し指を大袈裟に左右に揺らし、
「チッチッチ……お前は何にも分かっちゃいねぇ。普通ってやつが、何かを!」
「それは、うん。そうなんだけど――」
「だからこの俺様が直々に! 嫌という程! 普通を味わわせてやろうじゃあねぇか! いよぉし、ちょっと待ってろベイビー!」
ビシィッ!と人差し指を向けたかと思うと、猛烈な勢いでドタドタと消え去り、数秒後、再びドタドタと音を立てて戻ってきた。
「まずはシノアたん。てめーの現状がこれ」
「た、たん……?」
ドン、と大袈裟にシノアの前に姿見を置き、半ば強制的に彼女自身を写し出させた。
「な、なによ。別にいつもの私じゃない」
「かーーー……駄目だこりゃ」
ため息をついたと思うと、アルマはボサボサの髪をつまみ「きたねぇ」と一言。
そしてシノアが口を開くのを防ぐ様に、黒く汚れた彼女の両頬を軽く引っ張り「きたねぇ」とまた一言。
最後は服をつまみ「論外だ!」と。
「いいかシノアたん。悔しいが認めてやろう。お前は本来美しく輝くダイヤモンド! 造形美という一点において、将来性は抜群だ」
「は、はぁ」
「しかし!! 埃まみれで磨かれてもない今のお前はさながら――トラッシュタウンのうんこだ。うんこガールだ」
ただのうんこじゃない。トラッシュタウンのうんこらしい。
「幾らなんでも言い過――」
「黙らっしゃいうんこガール! 言ったろ? シノアたん変身大作戦ってよ! おら、まずは風呂入ってこい!! もう沸かしてあるからよ!」
「うぅぅ……わかったわよ!」
乱暴に投げられたバスタオルを受け取り、指さされた風呂場へとしぶしぶ向かった。
中に入ったかと思うと、引き戸からひょっこり顔を出し、
「の、覗かないでよ……!」
「誰がお前みたいなちんちくりんの風呂覗くんだこのおばか! いいから、はやく綺麗になってきなさい!」
「ふん! バカ!」
吐き捨てた後、乱暴に戸を閉めたシノアだが、言葉や行動とは裏腹に、ご機嫌そうな顔をしている。
「……中々気が利くじゃないあいつ」
湯船には既に湯が張っており、すぐにでも浸かれるようにされていた。
試しに指を入れてみると、湯加減もバッチリだ。
シノアは即座に服を脱ぎ捨てると、桶いっぱいにお湯を掬い、頭から被った。
「……」
ふと、鏡に映る自分をまじまじと見つめる。
かと思うと、左を見たり右を見たり、なんなら上目遣い的な事もしてみる。
「わ、わたしって可愛いのかな……?」
アルマに言われた事が気になっているらしい。
シノアは長い間、研究所に監禁されていた為、容姿の事などまるで気にしていなかった。
稀に同年代の子を見ると事もあったが、そもそもそんな事を気にできるような環境でもない。
ジロジロと顔を見た後、身体を洗い始めると嫌でも現実を叩きつけられた。
「まだ……終わった訳じゃない。何浮かれてんのよ私」
シノアを現実に戻したのは細すぎる四肢でも、薄汚れた肌でもない。
「忌々しい……!」
左肩に押された焼印。そこには003と記されている。シノアが研究所から逃げ出し、どこで何をしようとも、この焼印は消えることなく付いて回る。
決して消えない焼印に、血が滲むほど爪を深く立てる。
その後、小さくため息をつくと、湯船に入り、頭まで湯に浸かる。
ぶくぶくと気泡が浮かび、やがてシノアが顔を出す。
「……どうせ、またあそこに戻る日が来る。でも、せめてそれまで少しの間……夢くらい見たっていいよね」
アルマを完全に信用している訳ではない。しかし、彼の優しさが、凍り付いたシノアの心をほんの少し溶かし始めている。
アルマの立場的に、口で何を言ったとていつか必ず引き渡す日が来る。
ならいっそ、そのいつかが来るまで、普通の生活刻みこもう。
そう思っていた。
「あいつ……馬鹿っぽいけど、良い奴そうだしなぁ。なんて」
それからしばらくすると、風呂から上がったシノアが不満そうな顔をして出てきた。
不満の理由は明白で、それは彼女の着ている服にある。
男物のシャツで物自体に問題はないのだが、あまりにもサイズが大きい。
裾が太もも辺りまできており、下は見る限りは何も履いていない。
「ぶかぶかなんだけど……!」
「おいおい、その歳で露出狂とか……将来が思いやられるぜ」
「あっ、あんたが用意したんでしょ!? それに下履いてるわよばか」
そう言って裾を捲し上げると、確かに短パンを履いているのが見える。
元々ローブの下に履いていたものだろうか。
「良かったな、俺がまともで」
「何訳分からない事言ってるのよ……」
「ま、それはさておき、こっち来い」
ぶっきらぼうにそう言って、手招きをする。
「な、なによ」
シノアは訝しげな顔をしながらも、とことこと近寄ると、アルマは「お座り」と一言。
言われるがままに背を向ける形で腰を下ろす。
と、直後に持っていたタオルをひっぺがされる。
「ちょっとまだ髪が――」
「ああもう、うるせえな! 拭いてやるって言ってんだよ」
言った本人が何となく照れくさそうな顔をしているが、角度的にそれを見られる心配はなかった。
「そ、それくらい自分でやるわ!」
わしゃわしゃと髪を拭かれる。口では拒否しつつも、止めるような素振りは見られない。
「これだって普通の事なんだよ。大人しく拭かれてろ」
タオルの上から、アルマの大きな手の体温がじんわりと頭皮に伝わってくる。
今まで彼女に触れてきたのは、温度の感じられないゴム手袋か、実験器具の冷たさだけだった。
だからこそ、その不器用な温かさが、シノアにはひどく心地よかった。
「……ふーん」
ツンケンしているような態度を取っていても、シノアの表情はしっかり緩んでいた。
その後はひたすらわしゃわしゃタイムが続き、ある程度乾いて来た所でアルマが「よし!」と立ち上がる。
「んじゃ、本格的にシノアたん変身大作戦と決め込みますか!」
アルマはそう言って無邪気に笑った。
闇の中を歩いてきたシノアは彼の純粋な眩しさに、胸がトクンと小さく跳ねた。




