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【1章完結】死神と禁忌の魔女は崩壊世界で日常を乞う  作者: 吉良千尋
1章

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6話 被検体No.003

 

「――私を殺してくれる?」


 冗談を言っているようには見えない。

 シノアの眼が、声が、表情が、本気だと訴えてくる。


「――無理でぇす!! 殺す理由もねーし? ガキ殺して、きゃっきゃうふふする趣味もねーし? そもそも任務失敗で休暇消えるし……ってか、シリアスアレルギーだから蕁麻疹出ちゃう」


 軽口を叩きながら、「ひー、痒い」と腕捲りをしてボリボリ掻きむしるアルマを見て、シノアはポカンと口を開けた。


 無理もない。何をどう考えても、あの雰囲気からこの類の返答が来るとは思うまい。


「で、眷属化について知ってんのか知らねーのか」


 面倒くさいです! という表情で改めて問いかける。

 表面上では平然を装っているアルマだが、内心はまるで違った。


 それはきっとシノアの容姿も大きく関係しているのだろう。

 真っ直ぐに見つめた瞳が、幼い頃、研究所で見た彼女と重なってしまっている。


(あん時は俺もガキで、逃げ出すしか出来なかった。今の俺は……こいつに何をしてやれるんだ……?)


 過去の後悔と重ね、物思いにふけっていると、シノアが盛大にため息をついた。


「はぁ……あんた見てると、猫かぶるの馬鹿らしくなってきたわ。さっきの眷属化は私のせいよ。文句ある?」


 先程までのしおらしかった態度から一変。豹変した彼女は、ゴミでも見るかのような目で一睨みした後、「ていうか」と続けた。


「私だけ一方的に名前知られてるの、気持ち悪いんだけど?」


「今すぐ返せ、俺の優しさを。つーかお前態度変わりすぎだろ。二重人格ですか? そうなんですか?」


「は? いいからさっさと名乗りなさいよ」


 シノアは不機嫌そうに、ぎょろりと睨みを効かせるが――


(うわ、全然怖くねー……借りてきた猫みたい)


「はいはい、すみませんね。あなた様の保護依頼を受けたアルマ・アークライと申しますぅ」


「ふん、チェックメイトって訳ね。いいわ、連れてきなさい」


 失笑し、諦めたように差し出された手をアルマはとらずに、


「あのさぁ、お前の事情とかなんも知らねーから、まずそこら辺、教えてくんね?」


 かったるそうに言ったかと思うと、懐からタバコを取り出し火をつける。


 煙草を胸いっぱいに深く吸う。


 その間、口を閉ざすシノアに、紫煙を吐きながら低い声で「三度目だ」と告げ、


「眷属化と、お前自身と、知ってる事全部吐け」


 さっきまでの飄々とした雰囲気とは一変、冷徹な眼差しを向けた。

 お遊びはここまでだと、彼の目が告げていた。


 それを察したシノアは、一瞬怯み、生唾を飲み込んだ。


「……被検体ナンバー003、シノア・クラリッサ。それが私よ」


 被検体。つまりは研究所は未だ人体実験を続けているという事だ。


(……やっぱりか)


 シノアは押し黙るアルマを無視し「そして」と、そのまま続けた。


「対神獣生物兵器、魔女の成功例でもあるわ」


「対神獣……生物兵器……? 」


「あなた、まさか知らな……いえ、知らされていないの?」


 シノアはそう言うと、驚いて目を見開いた。

 アルマとしてはそんな話は聞いた事がなく、怪しい研究をしているんだろうな、と言う程度の疑いしかなかった。


「ああ、何一つな」


「ふうん……そう、何も知らないのね。まぁ、知らないならその方が幸せかもね」


 意味深な発言をするシノアに、アルマは真剣な眼差しを向けた。


「いや、教えてくれ。その魔女とやらと、さっきの眷属化、一体なんの関係があるんだ」


「順を追って話すわ。まず私――魔女の身体には、神獣の血液が流れているの」


「――は?」


 シノアは、なんて事のない雑談でもするように言った。

 アルマはあまりの突飛な話に、言葉を紡ぐ事が出来ずにいた。

 それでも彼女は構わず続ける。


「私なんかは……もう半分くらいは神獣の血なんじゃないかしらね。だから私の体液が適合者以外に入ると、眷属化するって訳。さっきのはそういう事よ」


 シノアはそう言うと自嘲気味に笑い、指を噛む。

 そうして血の流れた人差し指をアルマに向け、「ほら、試してみる?」と嗤った。


 アルマはあまりにも歪な笑みを見て、酷く動揺した。


(くそ、むかつくぜ。ガキがこんな顔するこの世界も、平気で人体実験をする腐った大人にも……何も出来ねぇ俺自身にも)


 差し出された指からは、未だドクドクと濃い血が滴っている。

 神獣の血が流れているのにも関わらず、アルマは躊躇なくその手を取った。


「ちょ、ちょっと話聞いてたの!? 馬鹿じゃないの! あんたにほんの少しでも傷があったら――」


「うるせーなぁ。いいから動くな」


 アルマは懐から白いハンカチを取りだし、彼女の人差し指にそっと結んだ。


「これでよしっと」


 じんわりと白が赤く染まっていく。それでも、もう血が流れ落ちることはなかった。


「馬鹿じゃ、ないの」


 シノアには、アルマ・アークライが理解出来なかった。

 人類の敵である神獣。その血液が流れると知り、触れるリスクさえ知りながら、なんの躊躇もなく触れてきた。

 それだけでなく、生物兵器である自身の傷の手当までしてくれた。


 これはシノア・クラリッサが受けた、初めての優しさだった。


(なんなのよ、こいつ。訳……分かんない)


 記憶にあるのは冷徹な職員の目。名前だって呼ばれない。三番と、ずっとそう呼ばれ続けてきた。


 毎日毎日、薬の投与と味のしない食事。


 痛くても苦しくても、誰も気にもとめない。


 流れる血を止めてもらった事など、ただの一度もありはしなかった。


「悪かったなシノア。俺達が神獣を駆逐出来ねーせいで、お前の人生をぶち壊しちまって」


「別に……あんたのせいじゃ……」


「昔、お前みたいなガキを見たことがあってな。……ま、俺は手を差し伸べもせずに逃げちまったんだけどよ。だけどたまに思うんだ。あん時俺が助け出せてたら、あの子が普通の生活を送れてたら、どんな風に笑うんだろうって」


「……」


「身体ん中入っちまったもんは取り出せねーけど、普通の暮らしをさせてやる事は出来る」


「別に……私は」


 アルマは視線を逸らし、言い淀むシノアの頭をそっと撫で、優しく微笑む。


「もう殺してくれなんざ言わなくっていいんだ。そこら辺のガキと一緒で、楽しかったら笑って、悲しかったら泣いて、ギャーギャーわがまま言ってりゃいい。ガキはガキらしくいていいんだよ。めんどくせー事は俺が全部とっぱらってやる」


「――――」


 子供らしくいていい。被験者としてシノアがただの一度も言われた事のない言葉だ。


 拒否権もなく、ただ世界の為の実験を強要され続けてきた。

 誰かを愛すことも愛される事もなく、ただ神獣を殺す為の兵器として扱われてきた。


 そんな彼女が初めて人の優しさに触れる。


 無意識の内に、枯れ果てたと思っていた涙が視界を歪め始める。


「わたしも……普通の生活が、出来るの……?」


 シノアは瞳を潤ませ、嗚咽混じりに呟いた。


「当たり前だ」


「うぅ……本当に私……」


「おい泣くなって、さっき言ったろ。普通のガキは嬉しい時にはな、笑うんだよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」


「――かわ……!別に私……そんな」


 不意打ちのように褒められたシノアは、ごにょごにょ言いながら、白い頬を赤く染め、分かりやすく目を泳がせた。


 それを見たアルマはニヤリと笑い、


「なんてドブ臭え台詞、俺が本気で言うと思ったか!」


「――は?」


「くくく、これが俺の普通ってやつだ。てかシノア腹減ってんだろ? くそうめぇ飯屋知ってんだ。早く行こうぜ」


「あ、ちょっ」


 シノアの事などお構い無しに手を引くアルマ。


「あー……その前に身嗜みからか」


 ブツブツと独り言を言ったかと思うと、今度は何か閃いたように手を叩き、


「なあシノア、クレープって知ってるか?」


 アルマの少年のような純粋な笑みを見て、シノアもそれに釣られて思わず口角をあげた。


「ふふ、なんであんたが私より楽しそうなのよ」


◇


その頃、二人が去ったトラッシュタウンの路地裏。


未だサッツたちの肉片が転がる血の海に、重い軍靴の音が響く。


「――標的の反応を感知。どうやら、思惑通りイクリプスの死神が拾ったようだな」


どこからともなく現れた軍の猟犬たちが、アルマの捨てた煙草を踏み潰し、満足気に呟いた。


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