3話 怪しい任務
あの夜、風のように消えた蒼い髪を結局見失ってから五日後――
「えーと、んーと、依頼先託児所と間違えてんじゃね?」
ソファに寝転び、肩肘を付けながら、気怠げにアルマは口を開いた。
彼はイクリプスの執務室に呼び出され新たな任務を言い渡された所だ。
「何を言ってる。お前がいるんだからイクリプスは託児所じゃないか。それにしても、少し顔色が悪いぞ」
デスクを挟んだ先で妙齢の女は、言葉とは裏腹に微笑んでいる。
黄金すら霞む美しい金髪、晴れ渡る空のように蒼い、潤んだ瞳。伸びた手足は艶めかしく、団服の上からでも完璧なプロポーションを誇っているのがわかる。
傾国の美女という言葉は、彼女の為にあるのかもしれない。
そんな彼女の微笑みを見ても、不遜な態度で帰りたそうにするのはアルマだけなのかもしれない。
「あー……ちょっと人探しに勤しんでてな。ってか、児童に待機児童の世話させようとすんなよ」
「という事で期限は七日。条件は都市からは絶対に出さない事と、彼女――シノアを無傷で保護し引き渡す事だ」
「シュバルツお前さ、もしかして話通じない選手権目指してる?」
「なんだそのくだらない選手権は。お前の調子に合わせると話が進まないから無視しているんだ」
シュバルツは軽いため息をついた。
特務機関イクリプスの総司令である彼女にここまで軽口を叩けるのは、良くも悪くもアルマだけだ。
付き合いの長い彼女は、アルマのあしらい方も知っている。
「あのなぁ、いくら任務といえど、ガキのお守りなんざごめんだっつーの。それより俺には他にやる事あんじゃねーのか? 五日前の調査とか、長期休暇とか長期休暇とか、あと長期休暇とかさぁぁ」
「安心しろ、眷属出現の調査は『月』に任せてある」
「あー……あのハゲチョビンねぇ。じゃあ、お守りもついで任せちまえば――」
「今回の任務が終わったら長期休暇をやろう。そうだな、暫定だが……半月でどうだ?」
ニヤリと笑ったシュバルツ。
「任せろって! クローヴス一の保育士とは俺の事よ! イクリプス第五席 保育士、アルマ・アークライ、その任務承ったァッ!!」
と、軽口を続けたアルマだが、ふとシュバルツの表情に違和感を覚えた。
「……やめてよね、急なシリアス展開。あんまり得意じゃないんだから」
「相変わらず目敏いやつだよお前は。だが、お前も今回の任務の異質さには気が付いているだろう?」
「……そりゃあな。俺達は対神獣に特化した部隊だ。捜索任務……それもそこらのガキときた。普通だとは端から思っちゃいねーよ」
考えるまでもなく怪しげな依頼に、二人は憂いに表情を曇らせた。
アルマはそのまま「でも」と続け、
「断れなかったんだろ?」
「情けない話だが、その通りだ。総司令なんて言われているが、私も結局はただの軍人さ」
シュバルツは頭を抱え深いため息をつくと、自嘲気味にボヤいた。
「断れない依頼、ねぇ」
アルマはデスクの上にある依頼書を手に取り、今一度目を通す。
「行方をくらました少女の捜索及び保護……依頼元は……正規軍……それも、中将からじゃねーかよ」
正規軍というのは通常の対神獣殲滅部隊の事であり、相手によってはイクリプス総司令であるシュバルツより立場が高くなる。
シュバルツは少将と同格扱いとなり、中将以上には逆らうと後々面倒になるのだ。
「そうだ。それもよりによってあのシグナス・バルナード中将だ。彼は黒い噂が絶えない……この依頼も、何か裏があるに違いな――おい聞いてるのかアルマ」
依頼書の詳細を確認し固まっていたアルマは、名前を呼ばれたことで我に返った。
「え、あ……ああ」
(蒼い髪の少女……? 偶然にしちゃ出来すぎじゃねーか?)
少女の特徴として書かれていたのは、蒼い髪である事。
アルマは過去の少女と、先日夜を駆ける少女を思い出した。どちらも同じ蒼い髪をしていた。
しかし、アルマはそれを口にせず、誤魔化すようにわざとらしくため息をついた。
「はぁぁぁぁ……なんでそういうの俺に当てるかねぇ」
「すまないな。私が行くつもりだったんだが、急用が入ってな」
視線を逸らすシュバルツに、アルマは直感的に彼女も何かを隠しているのを悟った。が、あえてそれを言及することはしなかった。
「急用ねぇ……ま、いいや。シグナス・ロリコーン様の依頼は、俺が責任持たないで受けてやるよ」
「責任だけは持ってくれ。それはそうとしてお前、それ軍法会議案件だぞ?」
「へへーんだ! 聴けるもんなら聴いてみろこの変態野郎!! 」
声高らかに叫ぶアルマを見て、段々とシュバルツの顔色が悪くなっていく。
「お、おいおい、なんだよそんな大袈裟な顔して。まるで中将がイクリプスに顔出してるみたいな…………まじ?」
シュバルツは何も言わず頭を抱え、下の階を指差した。
仮に真下の部屋にいるとすれば、アルマの大声が届いている可能性は非常に高い。
アルマはそれを察しすると、バツの悪い顔をして一言。
「撤収ッ!!!!」
猛烈な勢いで執務室を飛び出した。直後、ガラスの割れる音が響く。恐らく廊下の窓をぶち破って逃走したのだろう。
一人になった執務室でシュバルツはデスクの引き出しから覗く、軍の極秘研究資料を見て呟いた。
「アルマ、本当にすまない」
◇
「ノリと勢いでめんどくせーの受けちまったなぁ。捜索つっても……クローヴス全域とか、考えるだけで嫌になってくるわ」
見晴らしのいい時計塔に登り、都市全体を見回した。
クローヴスの外周は、寝ずに歩いたとしても二日以上かかり、かなりの規模を誇っている。
アルマの受けた依頼はシノアという少女を見つけ、七日以内に保護し、引き渡す事だ。
幸い容姿は目立つ方であり、蒼色の髪に翡翠の瞳、歳は十と幼い。
ただ、それ以外の情報がなく、地道に捜索する他ない。
「闇雲に捜しても無理だろうな。中央は除外するとして……後は状況からヒントを得るしかねーか」
アルマは煙草に火をつけ大きく吸い込み、情報を整理しはじめた。
(……可能性としちゃまじのロリコンか、あるいはやっぱり研究所絡みか。中将ともあろう男が、軍の正規ルートを使わずに、わざわざ秘匿性の高い特務に個人で依頼を回してきた。その時点で、おおっぴらに捜索隊を出せない理由があるってことだ)
うんうんと唸りながら、アルマは脳をフル回転させていた。
不誠実不真面目の権化のような彼だが、やる時はやる男なのだ。
小一時間ほど思考すると、思いついたポイントを紙に書き殴った。
・研究所絡み?
・七日の期限。
・本当の依頼主は所長?
・捜索隊を組めない理由がある。尚且つ、個人で高い戦闘力が必要。
・秘匿性が高い。
・シュバルツがわざわざ行こうとしたが、それを阻止するかのようなタイミングで謎の急用。
・ロリコン!
「ざっとこんなも……いや、まてよ。タイミング的には、あるのか? 異質な依頼の直前の異様な出来事……眷属の出現も関係あんのか……?」
確証はない。ただ、アルマ・アークライの本能がそう告げていた。
本来眷属は外の世界の住人であり、あまり多くは判明していないが、少なくとも唐突に出現する生物ではない。
もしそうだとしたら、クローヴスの壁は人類にとって檻になってしまう。この城塞都市の存在こそが、それを証明している。
そしてアルマは、こんな時だと言うのに、不思議と昔の事を思い出していた。幼い頃に見た、あの少女の実験の光景だ。
「まさか……この子は人体実験の被験者……」
今では表向き禁止されている人体実験だが、裏でしていない保証はない。
中将程の地位にあるものが、特務であるイクリプスに捜索依頼を出す程、重要な存在である少女。
まだそうと決まった訳ではないが、彼の中ではピースが埋まってしまった。
「ははは……こりゃあ、上層部の闇に片足突っ込んじまったかもしれねぇな」
澄み渡る晴天下、曇りきった表情でアルマは冷や汗を垂らした。




