表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新人キャストの私だけが、閉園後の迷子放送を聞いている  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第三話 鏡の部屋に映る明日の事故

 ミラーハウスで妙な噂が流れ始めたのは、夏休みも二週目に入った頃だった。

「あそこの鏡、自分の死に顔が映るらしいよ」

 最初にその話を耳にしたのは、休憩室でまひるが話しているのを聞いたときだった。

「え、何それ」

「高校生のグループがSNSに上げてたの。『ミラーハウスで自分が死んでるみたいな顔が一瞬映った』って。バズってるらしいよ、ちょっとだけ」

 まひるは笑いながら話していたが、いろはは笑えなかった。お化け屋敷の一件以来、園内の「ただの噂」が、そのまま「ただの噂」では済まされない気がしていた。

「まひる、それ本気にしてる?」

「まさか。演出の見せ方が上手いだけでしょ。ミラーハウスって元々、光の反射で変な角度から映るとことかあるし」

 まひるの言い分はもっともだった。だが、いろはの中で何かが引っかかっていた。


 その日の夜、いろははミラーハウスの巡回点検を任された。普段は別の担当だが、人手が足りず応援に回されたのだ。

 ミラーハウスは、近未来エリアと隣接する古い施設だった。壁一面に配置された鏡が、来園者を複雑な迷路のように誘導する。昼間は子どもたちの笑い声と、鏡に映る自分の姿に驚く声で賑わっている。

 いろはは点検用の懐中電灯を手に、閉館後の館内を歩いた。無数の鏡に、自分の姿が何重にも映り込む。歩くたびに、自分がいくつにも増えていくような錯覚に陥る。

 ふと、正面の鏡に目をやったとき、いろはは足を止めた。

 鏡の中の自分が一瞬、笑っていなかった。

 いや――笑っていない、というより、表情がなかった。まるで疲れ果てた誰かのような、虚ろな顔。

 瞬きをすると、鏡の中の自分はいつも通りの少し困った顔に戻っていた。

「……気のせい、だよね」

 自分に言い聞かせるように呟いて、いろはは点検を続けた。

 だが、次の鏡の前を通ったとき、今度ははっきりと見えた。

 鏡の中に映っていたのは、いろは自身ではなかった。

 観覧車の前。子どもが一人、地面に倒れている。周囲に人だかりができ、誰かが「救急車!」と叫んでいる。制服を着たスタッフが駆け寄り、子どもを抱き起こす。その子の額から、血が流れていた。

 いろはは息を止めて、その光景を見つめた。

 子どもの顔には、見覚えがあった。今日、いろは自身が案内した家族の子どもだ。午前中、観覧車の待ち時間を尋ねてきた、あの家族の。

 瞬きをした瞬間、映像は消えた。鏡には、ただ驚いた顔をしたいろは自身が映っているだけだった。

 いろはの背後には誰もいない。 

 それなのに鏡の中では、黒い影がいろはの肩へ顔を寄せていた。

 振り返ったときには、やはり誰もいなかった。

「――!」

 いろはは震える手で懐中電灯を持ち直し、その場から逃げるように館内を出た。

 その夜、いろはは眠れなかった。あれが何だったのか、幻覚だったのか、それとも――。

 もし本当に、明日、あの子どもに何かが起きるのだとしたら。


 翌朝、いろはは迷った末、まひるにだけ鏡で見たものを打ち明けることにした。

「観覧車の前で、子どもが怪我をする……って、それ、いつの話?」

 まひるは半信半疑という顔をしながらも、話を聞いてくれた。

「わからない。でも、今日かもしれない」

「いろは、それ、本気で言ってる?」 

「あの家族、今日も来園するかもしれない。昨日、また明日来るって話してたのを聞いたから」 

 まひるはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。

「まあ……もし本当だったら大変だし。念のため、観覧車のとこ、気にしとくくらいはいいんじゃない?」

 その言葉に、いろはは少し救われた気持ちになった。

「ありがとう、まひる」

「別に、怪異を信じたわけじゃないからね。単に、事故を未然に防げるならそれに越したことないってだけ」

 その日、いろはは休憩時間を削ってまで、観覧車付近の巡回を買って出た。担当ではないことを不審に思われないよう、「熱中症対応の見回り強化です」と説明した。


 午後三時過ぎ、いろはが見た家族が観覧車の列に並んでいるのを見つけた。昨日、案内した子どもだ。

 いろはは、さりげなく列の近くに立ち、様子を見守った。子どもは元気にはしゃぎ、母親の手を引っ張っている。特に危険な様子は見当たらない。

 ゴンドラの乗り口に近づいたとき、子どもが急に走り出した。

「危ない!」

 いろはは反射的に飛び出し、子どもの腕を掴んだ。ちょうど、乗り口の段差につまずきかけていたところだった。

「わっ……」

「大丈夫? 走ると危ないよ」

 いろはは膝をついて、子どもと目線を合わせた。子どもは、少しびっくりした顔をしていたが、怪我はなかった。

「ありがとうございます」

 母親が慌てて頭を下げる。いろははホッと息をついた。

「いえ、お怪我がなくてよかったです」

 事故は、防げた。


 その日の夜、いろはは事故を防げたことに安堵しながら、再びミラーハウスへ向かった。あの鏡の中の映像が、本当に変わったのか、確かめたかった。

 夜のミラーハウスは、昼間とはまた違う静けさに包まれていた。館内灯の一部が落とされ、鏡が青白い非常灯だけを反射している。 

 いろはは、あの鏡の前に立った。

 映っていたのは、いろは自身の姿だった。肩の力が抜け、いろはは小さく息をついた。

 だが、次の瞬間――鏡の中の光景が切り替わった。

 昼間見た事故の映像ではない。まったく別の光景だった。

 夜の園内。ハロウィンの装飾が施された通路を、無数の人影が列を作って進んでいる。

 パレードだ、といろはは直感した。

 子どものころ、家族と何度も見た、星影ランドのハロウィンパレード。色鮮やかな衣装を着たキャストやマスコットたちが、音楽に合わせて園内を進んでいく秋の恒例イベントだった。

 だが、鏡の中に映っているものは、いろはの記憶にある明るい光景とはまるで違っていた。

 仮装した無数の客たちの中に、明らかに人間ではないものが混じっている。影の形がおかしいもの。顔の位置がずれているもの。手足の関節が、あり得ない方向に曲がっているもの。

 それらが仮装客たちに紛れ、同じ歩調で、同じ方向へと歩いていく。

 誰も声を上げない。誰も笑っていない。 

 ただ静かに、行列だけが続いていた。

 その行列の先頭に、黒いワンピースの少女が立っていた。

 鏡越しに、少女と目が合った気がした。

 いろはは思わず、鏡に手を伸ばした。指先が冷たいガラスに触れた瞬間、映像は消え、いつも通りの自分の姿が映った。

 いろはは長い間、その場に立ち尽くしていた。

 あの事故は、確かに防げた。だが、鏡の映像は消えなかった。ただ、別の未来に切り替わっただけだ。 

 夏休みが終わった先、まだ見ぬハロウィンの夜に、あのパレードが待っている。

 いろはは、その光景が意味するものを、まだ理解できずにいた。だが一つだけ、確かなことがあった。

 あの行列の先頭に立つ少女――あの子は、まだこの園から出られずにいる。

 その夜、いろはは寮の部屋でノートに一つ、名前を書いた。

 三枝ななみ。

 まだ何の確証もない。だが、あの少女とこの名前が、どこかでつながっている気がしてならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ