怪談師を目指してる事件の目撃者の証言が役に立たなすぎてつらい
事件の目撃者のみなさん、非日常のことで興奮してると思いますけど、聞かれたことに簡潔に答えるだけでいいですからね。決して我を出そうとかオリジナリティ見せつけようとか思わないでくださいね。そんなん要らないですから。
この前私が出くわした目撃者がまあ面倒な奴だったんですよ……。
〜 〜 〜
「お願いですからついてきてくださいよ〜!」
うちの玄関の外で節穴刑事が泣き叫んでます。なんでうちに来る奴らは漏れなく騒ぐんだよ。
覚えてる方がいたらぜひ忘れてほしいんですけど、節穴刑事は刑事部の捜査一課特殊任務係、通称トクニンってところの刑事なんです。特殊任務係とかカッコつけてますけど
要は無能な連中の掃き溜めみたいなところです。私が異世界行ってる間に消えてなくなってるかと思ったらしぶとく残ってたみたいです。消えててよかったのに。
「帰ってください。午後に美容院の予約入れてるんですよ。事件の聞き込みなんですよね? それくらい自分でやりなよ」
インターホン越しの節穴刑事が泣いてます。
「なんか怖い事件なんですよ……。連続で人が襲われてて、現場付近で赤い服の人物がたびたび目撃されてるんですけど、誰もその人のこと知らないんです……。きっとオバケ的なアレですよ……!」
「じゃあオバケが犯人でしたって報告すれば?」
「いやだなぁ、鈴木さん、オバケなんてこの世にいるわけないでしょうが」
「あんたが言い出したんでしょ」
「とにかく、一緒に来てくれるまで僕はここを動きませんよ!」
「子供か!」
マンションで騒がれても困るんで、仕方なく行くことにしました。こいつらの給料、税金から出てんですよ。
※ ※ ※
事件があった現場周辺は住宅街で、古いアパートに聞き込みにやってきました。築50年はありそうです。
「怖いな怖いな〜……」
とか言いながら節穴刑事が錆びついた階段をギシ、ギシ……、ギシ、ギシ……と上がって行きます。稲川淳二かよ。2階のひと部屋に声をかけると、中から表情の乏しい男の人が顔をぬっと出すので、節穴刑事が「ひゃ〜!」とか悲鳴を上げて腰抜かしてるんです。リアクション良すぎ。
「あの、どうかしましたか?」
男の人が聞いてくるんで、しょうがないんで私が対応しました。節穴刑事が床にへたり込んでるんで。表札に田中って書いてあります。
「この前近くで起こった襲撃事件について何か見たり聞いたりしたことありますか?」
田中さんはちょっと考えて、
「ああ、ありますよ」
って言うんです。節穴刑事が急に立ち上がって田中さんに迫ります。
「お話聞かせてください!」
※ ※ ※
ちゃんと話がしたいとかで、私たちは部屋に通されました。6畳くらいの和室でした。私たちが座布団に座って待ってる間、田中さんは奥に引っ込んでました。しばらくして和服に着替えて現れたんです。カーテンを閉め切って、電気も消して、部屋が薄暗くなるんですよ。
「なに怪談みたいな雰囲気作ってるんですか」
ってツッコミ入れたら、田中さん、めっちゃ笑顔になるんです。
「よく分かりましたね。私、怪談師を目指してるんですよ」
「いや理由になってないから。事件について知ってること話せばいいだけだから。私、このあと美容院行かないといけないんですよ。サッと話して」
「日常から怪談っぽく喋らないと怪談のスキルは上がりませんからね」
「ここを練習の場にするんじゃないよ」
散々文句言ってるんですけど、全然聞かないんです。節穴刑事は節穴刑事でなんか聞く姿勢になってるし。元はと言えばこいつの仕事だよね? とか思ってたら田中が話し始めます。
「ええ〜……、あれはまだ肌寒い頃のことでした」
「いや、あの、事件は先週なんですけど」
黙れみたいな目で見てくるんで口閉じましたけど、なんなんですかね、こいつ。っていうか、怪談師でもないからただの素人だよね。
「夜になって、部屋の中でグルル……、グルル……と薄気味悪い音が漂うんです。私の他には誰もいません。ふと気づくと、私は財布を手にして外に出ていたんです。私の足は勝手に深夜のコンビニへ……。ホットスナックコーナーで唐揚げと肉まんを見つけて、それを買ったんです」
「お腹空いてただけじゃん。衝動に負けてコンビニ行っただけじゃん」
私の隣で節穴刑事が声をひそめます。
「いや、鈴木さん、きっと何かありますよ……」
何を期待してんだよこいつは。とか思ってたら、田中さんが先を続けるんです。さっさと本題入れよ。
「コンビニから帰ってきてSNSを見ると、例の襲撃事件のことが話題になっていたんです。赤い服を着た人物が現場の周辺で目撃されている、と」
やっと本題に入ったみたいです。
「深夜のしーんとした中、そんな話題を目にしてしまったものですから、私の身体は微かに震え始めたんです」
「怖くなってんじゃねえよ」
「なので、ひとまずスマホを置いて肉まんを食べ始めたんです……。はむっ、もぐもぐ……もぐもぐ……」
「そこの音は要らないんだよ。ただ肉まん食べてるだけだろ」
すると田中は目を見開くんです。
「その時に気づいたんです……。下の紙を剥がしていなかったことに……。普段ならそんなことはないんですが、その時は心が不安定だったのかもしれません」
「赤い服の話題でどんだけ怖がってたんだよ」
「そうしたことがありながら、先週のことなんです」
「おっさんが一人で深夜に肉まん食べた話要らなかっただろ」
節穴刑事が神妙な顔してるんで、この場のイニシアティブを握るように小突くと、ようやく刑事らしく質問し始めたんです。みなさんは信じられないかもしれないけど、ここまでで30分くらい無駄にしてるからね。
「ええと、何かを見たり聞いたりしたんですか……?」
そしたら田中が声を落とすんですよ。はっきり喋れやって思いましたけど黙っときました。
「見たり聞いたりしたことは、実は脳科学的には全くの錯覚である可能性もあるらしいです。つまり、私が見聞きしたことは本当は起こっていないことなのかも……」
「いいから言えや、早く! 間に雑学挟んで個性出そうとしてんじゃねー!」
すると田中が私を指差して節穴刑事に言います。
「この怒鳴り声も本当は存在していないのかも……」
「存在してるわ! 現実逃避してんじゃねー! だから怪談師になれねーんだよ! 私は美容院行かないといけないの! このままじゃ頭の血管ブチ切れて病院行っちゃうよ!」
節穴刑事が言います。
「まあまあ鈴木さん、怖いのは分かりますが落ち着いて……」
「怖い要素どこにもなかったでしょうが」
「田中さん、経験されたことを教えてください。何がありましたか?」
節穴刑事が田中に先を促します。なんで私が大人げないみたいな感じになってんの?
「あれは……忘れもしません。先週の木曜か水曜、もしかしたら火曜か月曜だったかもしれません」
「忘れてんじゃねーか」
「コンビニでFRIDAYを買った帰りのことでした……」
「じゃあ金曜だろ。どんだけコンビニ好きなんだよ」
「一人暮らしでは仕事以外で人間と接する機会がなく、コンビニは貴重なコミュニケーションの場なのです……」
「怪談師界隈で友達作れよ」
「オフ会に行ってもなかなか話しかけられず、現在に至っているのです……」
「早く本題いけよ。お前の人見知りとかどうでもいいんだよ」
節穴刑事が尋ねます。
「コンビニの帰りに何かを見たんですね?」
田中がうなずいてます。
「このアパートの前の道は50メートルほど行くと別の路地にぶつかるんです。狭い路地でしてね、夕方の暗くなる時間なんかは妙に薄暗いんですよ。その路地との角を、ひたひた……ひたひた……、と──」
節穴刑事が身を乗り出してます。
「誰かが歩いていたんですか?」
「私が歩いていました」
ずっこけそうになりましたよ。
「自分が歩いてる時には不気味そうな効果音使わないんだよ。怪談勉強しなおせ」
「するとちょうど角のところでバーン!! と誰かとぶつかりそうになったんです」
「驚かす用のデカい声出すな、うるさいから。っていうか、ぶつかってないんかい」
「近所に住むおばさんだったんです……。私は『あ、あははは、なんか、なんかあの、ちょっと考え事しててボーッとしてましたよぉ〜』と言って、その場うまくを切り抜けたんです」
「切り抜けられてねーよ」
「その時に気づいたんです。赤い服の人物の話を聞いていたせいでこんなにも過敏になっていたんだ、と」
田中が話し終えました。
「事件の話どこ行ったんだよ!」
結局、田中は怪談の練習したかっただけらしくて、マジで殴ろうかと思いました。美容院には間に合ったんですけど、後から聞いたらそのアパート、何年も前に火事で焼け落ちてたそうです。




