3・つぎの場所(1)
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霜村君、元気ですか。こっちは秋で、わたしは元気です。
学校にも、少しは慣れてきました。こっちの学校は秋からはじまるので、わたしだけじゃなくみんな、何かしら初めてのことがあって、そういうところもわたしが馴染むのにいいみたいです。
そうそう。この前パーマをかけました。カーリーヘアーになったの。でも、もともと量の多い髪だから、頭全体が爆発したみたいにふくらんで、黒いタンポポの綿毛みたいになりました。失敗でした。写真は絶対送りません。
学校のみんなとちょっと話をするようになって、日本のことをよく聞かれます。日本の高校生活ってどんなのとか。
でも、わたしは、わたしが通っていたあの高校の一年足らずしか知らないんです。「日本の」高校のことはわからない。ほかの高校のこと、もっと知ろうとしてみたらよかった、なんて、今になって思います。生徒がぶたれない高校だって、あったかもしれないですよね。
ほかにも、放課後何してた、とか、何が流行ってた、とか聞かれるけど、わたしはいつも答えに困ってしまいます。みんな、わたしの英語がまだまだ上手でないせいだと思ってくれているけど(もちろん、それもあるけど)、自分の国のことなのに、知らなかったことや、考えてもみなかったことが山ほどあって、わたしは、自分が目も耳も脳みそも、全部ふさいで暮らしてきたような気がしています。
口だけはふさいでいなかったですね。それは言われなくてもわかってるから、霜村君も言わないでね。
わたしは、こちらの家でトゥルースさんのお古のパソコンを借りて、ワールドネットに入れるようになりました。
トゥルースさんというのはお母さんの友達で、本名は「真実さん」と言うんだけど、旦那さんになった人がこう呼ぶんです。「マミ」だと、お母さんを呼んでるみたいだからって。それで、まわりの人もそう呼ぶようになっちゃったらしいです。
それより、ネットのこと。これってすごいです。画像や動画でほかの国のことを垣間見ることができるんです。英語だけじゃなくてもっと外国語が堪能なら、書いてある文章だってちゃんと読めるのに、と思います。
日本ではテレビで報道されることくらいしか知らなかったけど、よその国って、違うことがたくさんあるんですね。まるで別の世界みたい。
日本でも、早く未成年者がネットできるようになるといいのにね。
なんにでも親や教師の許可が必要だっていうの、わたしたちは「子どものため」って言われてきましたよね。子どもはまだ未熟なんだから、って。ここでは「○○していい?」って聞いてばかりいると、「自分で考えて決めたら?」って言われちゃう。
なんだかわたしは、この国に来て、日本にいたときよりもっと日本のことがわかるようになったかもしれません。
北海道の原発事故についても、学校の子たちに聞かれました。心配してくれてました。
わたしが正直に「日本ではしばらくこの事故のことが隠されていました」と言ったら、「えー、それはひどいよ!(というようなことだと思う)」と言われました。
「『この事故について情報をみんなに教えてほしいです』と、抗議行動をした人たちが何人も警察に逮捕されました」と言ったら「嘘でしょ?」「君の国はなにやってるの?」みたいに言われてしまい、わたしはこの国の一部地域で日本の評判を落としています。
でも、本当のことだったよね。わたしの国は、わたしの学校は、わたしは、なにやってたんだろう。
こういうことに気づかせたくなくて、政府は若い人を海外に行かせることや、ネットの利用を制限してるのかな、なんて思っちゃうくらいです。
北海道が死の国になるってことはなかったけど、今後長いこと人が住めなくなったところがあるんですよね。それも、けっこう広い範囲で。
放射能のことは日本だけですむ問題じゃなかったのに、本当になにやってたんだろう。むしろ、海外の方が北海道の事故のことをよくわかってたのかも、とも思います。
わたしは、ほんのちょっとの間に、あちこちに新しい目が開いたみたいな気がしてるけど、これからわたしは何をしたらいいだろう。というより、何ができるだろう、ですね。
こっちはけっこう暮らしやすい(と思う)けど、それでも日本の春がなつかしいです。
本丸通りの銀杏並木に、黄緑色の小さい葉っぱがクレヨンで描いた点々みたいに出てくるのを見るのが好きでした。
わたしは手紙でもおしゃべりですね。自分のことばっかり書いてる。
霜村君はどうしてますか? 英語部に入ったんですね。それじゃ、ここにいるわたしより英語ができるようになっちゃうかもね。英語部の活動はおもしろいですか?
霜村君が、わたしの分も日本の春を楽しんでくれてるといいなと思います。
それじゃ、またね。霜村君の手紙も待ってます。 野見山 碧
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