2・この場所(8)
たったひとつ開いた扉から体育館に入ると、ステージに近いところに生徒たちがかたまっていた。何人いるだろう。全校生徒の数を考えると、あまりにも少ない。
「生徒総会は許可しない!」
生徒たちと対峙するように、数人の教師が立っている。教頭。生徒指導の教師が三人。もうひとり、妊娠してやめた女性教師のかわりに二学期から採用されたばかりの男性教師。
涼と碧は扉のそばに立っていた。ふたりの後からぱらぱらと生徒が来たが、彼らも同じようにステージには近づきかねている。あそこまで行くためには、歩く以上のなにかが必要だった。
「この人数じゃ、許可がおりても総会は成立しない」
涼の後ろにいた二年生が言う。集まってきた生徒は、二年生が多いようだ。
「先生方も話し合いに参加してください」
ステージ前の生徒たちの中から声があがる。
「今日は、即時下校が決まっている。これは規則違反ですよ」
教頭がものやわらかに行った。生徒指導の教師が、こちらはどなりつけるように言った。
「今朝、放送室に録音機をしかけたやつは誰だ! 呼びかけておいて、自分は逃げるなんてことはあるまいな。ここに来てるんだろう、出て来い!」
録音機?
涼は碧と顔を見合わせた。
録音機をセットしておいて……? タイマーか、それともスイッチを入れて素早く放送室を出たのか……。
「名乗り出ろ!」
教師が叫ぶ。ステージの前の生徒たちは動かない。
「卑怯者め! 堂々と自分の意見を言うこともできんのか!」
生徒たちは沈黙したままだ。生徒指導の教師が、教頭を見た。
「間違った行いを正すチャンスをあげようと言うのですよ。このままでは、集まった全員をこの危険集合の首謀者とみなすしかなくなる」
教頭の声は、相変わらずやわらかい。
「危険集合?」
生徒の誰かが言った。大きな声ではなかったが、それはよく聞こえた。
教頭がうなずく。
「国会で審議されていた刑法改正案、その中に騒乱予備罪があったのは君たちも知っているでしょう。そのくらいの社会勉強はしていますね。これが通れば、反社会的な騒乱を起こす準備のために十四歳以上の人間が三人以上集まることを共謀罪として、逮捕・拘禁もできるようになる。危険集合は、共謀に凶器が加わった場合で、ごらんなさい、ここは体育館だ」
教頭は、笑みを浮かべて手を広げた。
「ボールも、竹刀もある。その倉庫には、フェンシングの剣もあったのじゃないかな。君たちは、凶器が準備された会場で集まりを開いているのだ」
「そんな……!」
誰かが声をあげ、誰かがそれを制した。
「危険集合の首謀者となれば、これは青少年育成局ではなく、警察の管轄になる。……むろん、まだ法案は成立していませんよ。君たちには幸いでしたね。だが、こういう事例が起きたことを報告すれば、成立に向けて拍車がかかるでしょう。その意味では、よくやってくれました」
教頭が、生徒たちを見まわした。
「今朝の放送にかかわった者は誰ですか。自分から名乗り出れば、警察にまでは報告しないでおきましょう。だが、この全員が首謀者となれば……」
「出るなよ!」
生徒たちの中央にいた、背の高い男子生徒が言った。男子生徒は、教頭の方を向いた。
「僕らの学校のことだから、僕たちはみんなで解決したいと思った。先生たちも加わってください。誰が始めたことでもいいんです。これは、僕たちの中から出てきたんです。学校という社会の、これだって僕らの学習じゃないですか」
生徒指導の教師が、一歩前に出た。
「生徒が学習を選ぶ権利などない。あるのは義務だ! 与えられた勉学に励む義務、学校の方針に従う義務だ! おまえら生徒はまだ未熟だから、何人集まろうと一人前にものを解決する権利はないんだ!」
教頭がつけ足す。
「学校の秩序を乱す者には、どんな権利もないんです。この集会を企んだ者は、学校の秩序を乱したのだ。君たちも」
目が冷たく光った。
「それを承知でここへ来たからには、自分の行動が招くリスクをわかっているのだろうな」
そして、背の高い生徒を見上げた。
「君は三年生だ。鉄格子は、君たちにはほとんど関係ないじゃないか。教室に鉄格子がついたとしても、受験生の三学期は学校にいる時間はあってないようなものだ。どうして自分と関わりのないところに首をつっこむ? メリットなどないだろう」
その生徒はまっすぐに立っていた。さらに長身になったように見えた。
「関わりはあります。自分が鉄格子の中で勉強するかどうかということだけじゃなくて」
彼は、ちょっと言葉を切った。
「……真野は、僕のクラスメイトだったから」
真野洋介。涼は、その名前を知っている。
「ならば、なおさらだ」
教頭が腕組みした。
「もしもあのとき鉄格子があったら、真野は死なずにすんだかもしれないんだぞ」
生徒は首を振る。
「窓から……物理的には……」
つらそうに、唇をかんだ。
「……それは、不可能になるかもしれない。でも、状況は変わらない。たかが学校とか、勉強とか、大学とか、そういうもののために気持が死んでいく。そういう状況は変わらない」
たかが勉強。
涼は、思わず一歩前に進み出た。
「おまえ、言葉に気をつけろ! 状況がどうであれ、腰抜けは勝手に死を選ぶ。どこにいようと、ダメなやつはダメだ!」
生徒指導の教師が、教頭を守るようにその横に立って声を荒らげた。
「真野が死んだこと……そんなつらいことを、鉄格子を正当化する言い訳にしないでください。生徒をこんなふうに扱う言い訳にしないでください」
長身の生徒は、静かな声でそう言った。
「僕たちと話をしてください!」
生徒たちの中から声があがった。
「我々は、君たちのためを思って考えている。それをわかろうとしないのは、恩知らずってものじゃないか」
教頭が言う。
「僕たちのためなら、僕たち自身にも考えさせてください! 意見を言わせてください!」
別のところから誰かが言った。
それまで、生徒たちは大声を出していなかった。どなっていたのは生徒指導の教師だけだ。
けれど、ひとりがたまりかねて声を大きくすると、何かが切れたようにあちこちから声がとんだ。
「僕たちは囚人じゃないんです!」
「生徒の意見を聞くのは、先生方の仕事じゃないんですか!」
女生徒も数人混じっている。一年生は、ほんの少ししかいない。
「黙れ!」
教師が叫んだ。
だめだ、と涼は思った。あの世界の暴動が頭に浮かんで、これから起きる出来事が見えるような気がした。教師が生徒を殴る。生徒たちは体育館の床に倒れる。まっすぐだった何かが、こうして歪んでねじふせられる……。




