2・この場所(3)
その晩、無駄だということは承知で、涼は仮想英会話を立ち上げてみた。すると、意外なことに、薄暗い画面に雪が降りはじめた。
……ミドリの世界なのか?
雪の中を、大勢の人が走っているらしいのがわかる。どこかに火の手が見える。
まるで、古い記録映画の戦争のシーンのようだ。人々がぶつかりあう。殴り倒される人影。涼は、思わず声をあげそうになった。
これは「今」なのか。それとも「過去」なのか。
ミドリが言っていた。暴動は実際あったのだ。食料を持っている人は奪われ、運が悪いと殺された。涼の父親も。
何かがおかしい。時間か、場所か。
突然全てが暗くなった。闇の中に赤い文字が点滅する。
【システムダウン 調整中】
遠くからサイレンの音が近づいてくる。鐘の音がそれrに混じる。
警察? 消防? 救急? あの別世界の暴動を鎮圧するために?
そんなはずはない。涼は、むしるようにFDをはずした。サイレンの音は現実だ。
立ち上がって、窓を開ける。
冷たい夜気とともに、サイレンの音が大きさを増して流れ込んできた。城跡の方。駅の近く。涼の高校もあの方角にある。
暴動は、別の世界の出来事だったじゃないか……。
窓の開く音があちこちでするが、誰も通りには出て来ない。幹線道路を点滅する赤い光が通り過ぎる。また一台。続いて何台も。
何が起きている?
どこかが燃えている?
だれかが傷ついている?
……どうして?
別の世界の話じゃない。現実同士はすぐ隣にあったんだ。
遠くで小さな破裂音がした。
どきっとした。
聞いたことなどないのに、あれは火器の音だとわかった。少しも危険なものではないかのような、軽くはじける音だった。豆を煎るような気軽な音をたてて、誰かが武器を使っている。
涼は闇に目を凝らした。騒然とする地上をよそに、空にはオリオン座が輝いていた。
涼はほとんどテレビを見る習慣はなかったが、翌朝学校へ行く前に居間のテレビをつけてみた。父親はもう出かけている。涼が涼の時間帯で生活している限り、父親とはあまり関わることはない。
「涼、時間がないわよ。学校へ……」
「大丈夫だよ」
母親の言葉をさえぎる。
朝のこの時間は、国営放送も民間放送もニュース番組をやっている。テーブルの上の新聞の見出しをざっと目で追うが、夜中に何があったにせよ、朝刊には間に合わなかったらしい。
「……各地で多発的に起きた破壊行為……」
アナウンサーの声で画面を見ると、煙を上げている建物が映っていた。「国会議事堂」というテロップが出ている。
国会議事堂? そんなら東京だ。この街だけじゃなくて?
「幸いなことに怪我人はなく、被害も最小にとどまり……」
各地で? 東京だけでなく、この街だけでもなく、あちこちで?
テレビ画面の時刻表示を見て、涼はあわてて立ち上がる。




