1・別の場所(14)
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涼の世界は、少年犯罪が多いんだそうだ。
だけど「多い」ってどれくらいなんだろう。あたしたちの世界にだって、犯罪を犯す子どもたちはいた。とうてい理解できないような犯罪もあるけど、中にはそういうことをしてしまう気持がわかってしまいそうな「犯罪」だってあった。
何かむしゃくしゃすることがあったり、気の合わない友だちや(友だちじゃないな)、親や先生への反発っていうのは、わかる。でも、だから誰かを傷つけたり殺したり、となると、わからなくなる。本当に怪我させちゃったり、死なせちゃったりしたらどうなるか、その後の覚悟なんて、あたしは永遠にできそうもない。
だけど、もしかしたら、あたしはいい子のふりをしてるだけなのかもしれない。
今、こんな状態で暮らしていると、自分の命を守るために誰かを殺すってこともあり得るかも、と思ってしまうから。自分でいうのもなんだけど、あたしは、おとなしく殺されるままになったりなんかしないような気がする。
そういうときは、犯罪とは言わないだろうか。正当防衛になるんだろうか。今は前とは違う、非常事態だからそういうこともアリ……?
だけど、こういう価値観て、状況によってころころ変わったりしてもいいものなのかな。
リョウは、きっと自分から「悪いこと」をしたりはしなかっただろう。そして、「悪いこと」をしてしまう子がいても、責め立てたりはしなかったんじゃないかと思う。
涼はどうかな?
涼っていえば、あっちの碧さんと(なんか変)話をしたとか言ってた。なんだか妙なことを口走ってしまって、それを説明しなくちゃいけないのにどうしたらいいのかわからないんだって。そもそも、そのきっかけがあたしの言ったことだったみたいだから、こっちの世界と、こっちの「ミドリ」のことをどう言えばいいのか、言わずにわかってもらう方法はないか、考えていたらしい。
ちょっぴり気の毒。でも、ちょっぴり。だって、涼自身が招いたことだもの。
それに、あたしは碧さん(ああもう)がうらやましいんだ。悔しいような気持もある。だって、向こうの碧(呼び捨てでいいや)は何も失ってない。あたしはたくさんのものを、本当にたくさんのものを失ったのに。リョウに、何かを説明して、なんて言うことだってもうできないのに。
だからって意地悪を言うつもりはなかったけど、本当のことを言っちゃえば、ってあたしは無責任に忠告してやった。真実にまさるものはないのよ、って。
別の世界の君に出会った、なんて言われたら、あたしならどうするかな。
今日は、カップラーメンがひとり半個。袋入りのインスタントラーメンはもうなくなったのかな。
◆
昼休み、涼と碧は、屋上へ出る扉の前の狭い階段に腰をおろしている。
屋上への扉は鍵がかかっている。校則で、屋上に出てはいけないことになっている。
扉に向かい合う天井のすみに、監視カメラが取り付けられている。
カメラは校内のあちこちにある。廊下の曲がり角や昇降口、図書室の書棚の間などだ。トイレと更衣室にはカメラがないことになっているが、それだってあやしいと生徒たちは思っている。
ここのカメラは屋上への扉が映る位置にあるので、上から数段降りた階段の途中はかろうじて死角になる。
涼は、女の子とふたりで昼休みを過ごすのも初めてだし、その女の子とこんなに近くにいるのも初めてだ。落ち着かない。
そのとき、自分の手とミドリの手が、文字通り重なるのを見たことを思い出した。誰かとの距離があれ以上縮まることなんて、あり得ない。
ここにいるのはミドリではないけれど、向こうの世界にいたらミドリになっていた少女なのだ。そう考えると、少し気が楽になった。
碧は、ひざの上で頬杖をついて涼を見た。
見慣れたポーズ。やっぱり「ミドリ」だ。涼は、また少し楽になる。
ミドリの言う通りだ。本当のことを言えばいいのだ。嘘を信じこませるなんてできそうもないし、しちゃいけないような気がする。本当のことを言って、あとは碧にまかせるしかない。
「僕、別の世界の野見山と出会ったんだ」
一息で言った。
碧は目を見開いて涼を見ている。
涼は、できるだけ順序だてて話す。どうやってそこに行くことになったのか。向こうの世界のリョウのこと。ミドリのこと。ミドリが言ったこと。
ーーひとりっ子で気が強くておてんばなのよ。
ミドリの母が言っていたという未来の話をしたとき、碧はぱっと顔を上げた。
「そういうの、うちもやる。大晦日におそば食べながら、来年はどうなるかって話をするの。エアカー……ってなんだかよくわからないけど、それとか銀色のスーツとかって話は出なかったけど。でも、お父さんの田舎のトイレのことは、お母さん、ほとんど同じこと言ったわ……」
碧は、涼をまっすぐ見つめる。
「……そんなこと、霜村君が知ってるはずないよね。それに……」
何かを思い出そうとするように、眉をよせる。
「……その……えーと、そっちの世界では、わたしたちは中学の同級生だったのね? わたし、小学校へ入る年の春休みに引っ越したのよ。遠くじゃなかったけど、学区が変わったから、幼稚園の友だちとは同じ小学校へ行けなかった。それが嫌で泣いたの覚えてるわ。あのとき引っ越さなかったら、霜村君と同じ中学に行ってたはず」
碧は頭を振った。シャンプーの香りがした。
「……本当なの?」
「うん」
碧は頬杖の手のひらであごを支える。
「霜村君が、わたしにこんな手のこんだ嘘をつく理由が思いつかない。実は、入学のときからひそかにわたしに恋い焦がれてて、どんな手段を使ってもわたしの関心をひきたいと思ってるとか」
涼があわてて口を開こうとすると、碧が笑って手を振った。
「冗談よ」
「冗談じゃないよ」
ほとんど同時に言ってしまって、涼はあわててかぶりを振った。
「いや、つまり、そんなことはしないよ。……あの、誰かに……恋い焦がれたとしたって……ってことだけど」
碧はうなずきながら笑い転げた。この空間にこれだけ笑い声が響いたことはなかっただろう。
「ごめん。ごめんね。わかってる」
そして、真顔になった。
「頭ではね、今みたいな話あるわけない。作り話だって思うんだけど……思いたいんだけど……でもね」
涼を見る。
「大晦日のお母さんの話、作り話じゃあり得ない」
「うん」
「正直言って、どう考えたらいいのかわからない。でも……怒らないでね」
碧が申し訳なさそうに言った。
「この話、霜村君が全部でっちあげたんなら、ものすごい想像力だと思う。別の世界なんて、わたし考えたこともなかったわ。それに……パラレル……ワールド……って? そんな言葉だって、聞いたことない」
「うん。僕も」
「……わたし、思うんだけど、霜村君て、そんな突拍子もないことは想像しないんじゃないかなって……。そりゃ、知識はいっぱいあるんだと思うけど、でも、そんな、現実とかけ離れた想像って……しない……なんていうか、できないんじゃないかなって。ごめん。でも、ほんとのことでなければ、霜村君がこんなに細かく話せるはずないって思っちゃった。ほんとにごめん」
「……なるほど。それはわかる」
碧の言ったことは、とうていほめ言葉とは思えなかったが、涼は妙に納得してうなずいた。心配そうな顔をしていた碧が吹き出した。
「霜村君て、そんなつもりはないんだと思うけど、なんだかおもしろいことを言うよね」
似たようなことは、ミドリにも言われた。




