表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コールドノヴァ~void〜  作者: 鯖虎
序章 新たなる世界
PR
32/35

第三十一話 激闘と終結


明鏡武士団



不知火王都を守護する

安須森将軍直属の精鋭部隊。




 向き合う三人。

 崩れ落ちた玉座の間。

 砕けた柱。

 ひび割れた床。

 散乱する瓦礫。


 その全てを、沈みゆく夕陽が紅く染めていた。

 空は燃えるような茜色だった。

 まるで今日という日そのものが、

血を流しているように。


 喜一は荒桜を握る。

 震えていた。


 腕も。

 脚も。

 呼吸も。

 心臓も。

 全てが限界だった。


 だが、それ以上に。

 胸の奥が痛かった。


 朱音が倒れた。

 深亥が倒れた。

 朝座も満身創痍だった。

 宗次郎も毒に侵されている。


 皆が傷付いた。

 皆が命を削った。

 その理由は一つ。


 自分を逃がすためだった。


 その事実だけが、何よりも重かった。

 だから。

 もう退けなかった。


 退いてしまえば。

 彼らの想いごと踏みにじることになる気がした。


 宗次郎がゆっくりと刀を構える。


 その横顔は青白い。

 唇は乾き。

 肩は上下している。

 誰が見ても限界だった。


 それでも。

 その目だけは死んでいない。


 武士の目だった。

 闘う事を諦めていない者の目だった。


 そして。

 先に動いたのは宗次郎だった。


「――ッ!!」


 床を蹴る。


 毒に蝕まれた身体が悲鳴を上げる。

 筋肉が裂けるような痛み。

 肺が焼けるような苦しさ。


 それでも構わなかった。

 今この瞬間。

 動かなければ。

 終わる。


 宗次郎は一直線にサラザイカへ飛び込んだ。


 刀が閃く。

 全身全霊。

 渾身の一太刀。


 ――ガギィィィィンッ!!


 硬質な音が玉座の間に響いた。

 火花が散る。

 刃は黒い結晶へ食い込む。


 しかし。

 断ち切れない。

 届かない。


 サラザイカは笑った。

 余裕すら感じさせる笑みだった。


「いい攻撃だ」


 低い声。

 獣のような瞳。


「だが、効かぬぞ」


 直後。

 巨腕が振るわれた。

 ただ腕を振っただけ。

 それだけだった。


 だが。

 空気が潰れる。


 壁が軋む。

 暴風が吹き荒れる。


 宗次郎は本能だけで飛び退いた。


 ――ドゴォォォォン!!


 直後。

 彼がいた場所が吹き飛ぶ。


 床が砕け。

 瓦礫が舞う。


 もし反応が一瞬遅れていたら。

 今頃。

 自分の身体があそこに転がっていた。


 宗次郎の背筋を冷たい汗が流れた。


 だが。

 その隙を狙っていた喜一がいた。

 いつの間にか。

 サラザイカの死角へ回り込んでいる。


 研究者の足取りではなかった。

 戦士でもない。

 剣士でもない。


 それなのに。

 まるで導かれるように。

 そこに立っていた。


「――ッ!!」


 荒桜を振るう。

 火花。

 衝撃。

 結晶と結晶の隙間。

 朱音が穿った亀裂。


 そこへ吸い込まれるように刃が走る。


「グッ――!!」


 初めて。

 サラザイカが苦悶の声を漏らした。


 ほんの僅か。

 それでも。

 確かに効いている。


 喜一は驚いていた。

 自分が一番驚いていた。


 なぜ見える。

 なぜ分かる。

 結晶の歪み。

 力の流れ。

 脆い箇所。

 まるで夜空を見上げるように。


 星座を探すように。

 自然と視界へ浮かんでくる。


 それは理屈ではなかった。

 感覚だった。


 そして宗次郎も気付いていた。

 喜一が見ている世界は。

 もう自分達と同じではない。


「喜一!!」


 宗次郎が叫ぶ。


「一秒たりとも無駄にするな!!」


 再び踏み込む。

 刀が閃く。


「 攻撃の手を休めるなァ!!」


「――ああッ!!」


 喜一も叫び返す。


 息もつかせぬ猛攻。


 止まらない。

 止められない。


朱音が命を懸けて刻んだ傷。

その傷口へ。

 まるで獣が獲物へ食らいつくように。

 斬撃が集中する。


 ――ガガガガガガッ!!


 そして。

 ついに。

 サラザイカの体勢が崩れた。


「ぬゥ――」


 巨体が揺れる。

 一歩。

 二歩。


 そして。


 ――ズガァァァァァンッ!!


 瓦礫の山へ倒れ込んだ。

 大地が震える。

 玉座の間全体が揺れる。

 巨大な音が響いた。


 宗次郎と喜一は同時に飛び退く。

 左右へ散開。

 距離を取る。


「はぁ……」


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が苦しい。

 肺が焼ける。

 視界が揺れる。


 だが。

 二人は確かに手応えを感じていた。


 倒した。

 そう思った。


 だが。

 その願いは甘かった。


 瓦礫が動く。

 ゆっくりと。

 本当にゆっくりと。

 巨大な影が立ち上がる。


 サラザイカ・クーラー。


 その顔から。

 笑みは消えていた。


 冷たい。

 あまりにも冷たい。


 白き闘気が揺らめく。

 空気が重くなる。


 殺気。

 それが形になったような圧力。


「主ら」


 低い声。

 地の底から響くような声。


「いい加減にしろよ」


 怒気。

 確かな怒気が混じっていた。


 次の瞬間。

 床が爆ぜた。

 サラザイカが消える。


宗次郎へ一直線。

 弾丸。

 いや。

 砲弾だった。


 サラザイカが突っ込む。


「まずは――」


 白き闘気が吹き荒れる


「主からだ」


 宗次郎は息を呑む。


 構える。

 いや。

 違う。

 構えてはいけない。

 朱音様が受け切れなかった。


 ならば受けるな。

 あらゆる状況を見極めろ。

 全神経を研ぎ澄ませる。


 呼吸。

 重心。

 筋肉。

 殺気。

 全てを読む。


 世界が静止する。

 そして。

 紙一重。

 本当に紙一重で。

 宗次郎は死を躱した。


 だが。

 その瞬間。


「今だッ!!」


 喜一が飛び出していた。

 荒桜を振り上げる。

 全力の一撃。


 しかし。

 宗次郎の顔色が変わる。


 悟った。

 それが罠だと。


「喜一ィィィィッ!!」


 絶叫。


「罠だァァァァッ!!」


 喜一の身体が止まる。

 だが。

 遅かった。


 サラザイカが振り返る。

 口元が吊り上がる。

 最初からそこまで読んでいた。


「引っ掛かったな」


 巨大な拳が放たれる。

 白き闘気。

 黒き結晶。

 怪物の全てを乗せた一撃。


――ドゴォォォォォォォンッ!!


 怪物の拳が炸裂した。

 

 喜一の身体が吹き飛ぶ。

 壁を突き破り。

 廊下へ叩き出され。

 木柵を粉砕し。

 柱へ激突する。


 骨が軋む音が身体の奥で響いた。

 そのまま床を転がり、ようやく止まる。


 木片が舞う。

 瓦礫が跳ねる。

 血が飛び散る。


「がっ……!」


 肺から空気が絞り出された。

 呼吸ができない。

 額が裂けていた。

 熱い血が頬を伝い、顎を伝い、床へ滴り落ちる。


 視界が揺れる。

 耳鳴りが止まらない。

 世界そのものが歪んでいるようだった。


 それでも。

 喜一は意識を手放さなかった。


 震える腕で身体を起こそうとする。

 霞む視界の向こう。


 宗次郎の姿が見えた。


「喜一ィィィッ!!」


 悲鳴にも似た叫びだった。

 宗次郎の声だけが妙にはっきり聞こえる。

 喜一は血に濡れた額を押さえながら、

ゆっくりと顔を上げた。


そして。

 サラザイカはゆっくりと宗次郎へ向き直る。


「良く気付いたな」


 低い声。

 冷たい瞳。

 先程まで強者との戦いを楽しんでいた獣の顔ではない。

 そこにいたのは。

 敵を排除するためだけに存在する怪物だった。


「次は貴様の番だ」


 宗次郎の喉が鳴る。

 刀を握る。

 震える指。

 荒れる呼吸。

 毒が全身を蝕んでいる。


 脚は重い。

 視界も滲む。


 それでも。

 退かなかった。

 退けば終わる。


 喜一が死ぬ。

 皆の想いが途絶える。


 だから。

 宗次郎は刀を構えた。


 その時だった。


 ――コツ。


 静かな足音が響いた。

 戦場にはあまりにも不釣り合いな音。


 焦りもなく。

 急ぎもなく。

 まるで散歩でもしているかのような足取り。


 ――コツ。

 ――コツ。


 廊下の奥から近付いてくる。

 宗次郎が眉をひそめる。


 そして。

 一つの声が響く。


「サラザイカ・クーラー殿」


 落ち着いた声だった。

 決して大きくはない。


 だが。

 その一言だけで空気が変わる。

 玉座の間を満たしていた殺意が。

 一瞬だけ静まり返った。


「これは一体どういうことですかな?」


 穏やかな問い。

 静かな声音。


 サラザイカが振り返る。

 怒りを宿した目。

 苛立ちを隠さぬ顔。


 だが。

 次の瞬間。

 その表情が凍り付いた。


「……なに?」


 声が漏れる。


 木屑が舞う。

 埃が漂う。

 夕陽が差し込む。

 その紅い光の中から。

 二つの人影が現れる。

 

「なぜだ……」


 低い声。

 信じられないという顔。


「何故……第四地区にいる……?」


 そこには明確な動揺があった。

 宗次郎も息を呑む。

 サラザイカが。

 あの怪物が。

 他者を警戒している。

 その事実だけで十分だった。

 現れた男が異常なのだと。

 誰もが理解した。

 夕陽の中から現れた男。


 黒い羽織。

 腰に差した一振りの刀。

 左目を失った剣士。


 その姿を見た瞬間。

 宗次郎の背筋を冷たいものが走った。


 知っている。

 いや。

 倭ノ国で刀を握る者なら誰もが知っている。


安須森将軍直属

明鏡武士団、武士長。

 

 ”撫木宗明”


 倭ノ国では五本の指に入る大剣豪の一人。


――通称――”刹切”――


 空を漂う落ち葉すら両断し。

 鋼鉄を紙のように斬ると言われる男。


 技の極地である、

完璧な脱力を習得した人物。


刹那を切り裂く斬撃に加え、

見切りに関しても他と一線を博す技術を

持ち合わせていると語られている。


 宗次郎は幼い頃から何度も噂を聞いてきた。


 対峙した侍が一太刀も浴びせられず敗れた話。


 戦場で数十人を相手取りながら

傷一つ負わなかった話。


 どれも誇張だと思っていた。

 英雄譚には尾ひれが付く。

 強者の話は大きくなる。


 そう思っていた。

 だが。

 今なら分かる。


 あれは誇張ではない。

 目の前に立つ男は。

 噂よりも恐ろしい。


 宗明は何もしていない。

 刀すら抜いていない。

 それなのに。


 サラザイカ・クーラーが動けない。

 ただ見られているだけで足を止めている。


 それが何よりの証明だった。

 宗次郎は思わず息を呑む。


 その隣からもう一つの影が現れる。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をしている。

 額から汗が流れていた。


 着物も乱れている。

 城中を全力で駆け回ってきたのだろう。


「杉田……!」


 宗次郎が目を見開く。

 杉田冬馬だった。


 その右手には小瓶。

 透明な液体が揺れている。


 解毒剤。


 間違いない。

 喜一の胸から力が抜ける。

 宗次郎も安堵の息を漏らした。


 杉田は苦笑する。


「悪い」


 軽薄な笑みではない。

 本心からの言葉だった。


「少し遅れた」


 その一言に。

 張り詰めていた緊張が僅かに緩む。


 だが。

 宗明だけは変わらない。


 静かに歩く。


 コツ。

 コツ。


 足音だけが響く。

 やがてサラザイカから十数歩の位置で

立ち止まった。


 宗明は何も言わない。

 ただ見ている。


 片目だけで。

 だが、その視線は鋭かった。


 まるで首筋へ刀を当てられているような感覚。

 サラザイカの背中を汗が伝う。


 白き闘気が揺らぐ。

 それを見た宗次郎が思わず息を呑んだ。


 あのサラザイカ・クーラーが。

 今はまるで、巨大な猛獣に睨まれた獣のようだった。


 そして。

 宗明は静かに口を開く。


「ここまでにして頂こう」


 穏やかな声だった。

 怒鳴りもしない。

 威圧もしない。

 ただ事実を告げるように。


「これ以上続けるのであれば」


 一拍。

 宗明の片目が細くなる。


「私が相手をする」


 それだけだった。

 それだけだったのに。


 玉座の間の空気が凍った。

 サラザイカは笑わない。


 ただ、長い沈黙が落ちた。


 やがて。

 瓦礫の傍らで倒れていたレデが、

ゆっくりと立ち上がる。


 口元の血を拭う。

 肋骨も数本は折れているだろう。


 そして。

 ゆっくりと口を開く。


「……妙ですね」


 レデが呟いた。

 細い目が宗明を見る。


「今頃」


 咳を一つ吐く。


「第四地区は我が騎士団によって

制圧されているはずですが」


 その言葉に、宗次郎の表情が曇る。


 喜一も顔を上げた。

 確かにそうだった。

 この玉座の間だけではない。

 第四地区そのものが狙われていたのだ。


 幸風。

 商業都市。

 鳴上城。


 その全てが、第四地区騎士団によって包囲されていたはずだった。


 だが。

 宗明は微動だにしない。


「その件ですか」


 静かな声。

 そして。

 初めて、宗明の口元が僅かに緩んだ。


「既に終わっています」


 レデが眉をひそめる。


「……何?」


 宗明は答える。


「雅楽も連れて来てましてね」


 その名が落ちた瞬間。

 玉座の間の空気が、さらに深く沈んだ。


 サラザイカの肩が落ちる。

 レデの目が更に細くなる。


 喜一と宗次郎には分からない。

 だが。

 この二人だけは、明らかにその名の重さを知っていた。


「……風纏いか」


 サラザイカが低く呟いた。

 その声には、諦めにも似た響きがあった。



”清水香澄”


――通称――”雅楽”――


 東北随一の弓使いと呼ばれた女性。

”百発百中の弓の名手”とも呼ばれており

その類い稀なる天賦の才で

ここ近年で頭角を表した人物。

撫木宗明と同じく明鏡武士団の一人でもある。




 宗明は淡々と続ける。


「第四地区を包囲していた騎士達は、現在城下町にて彼女に拘束されています」


「馬鹿な」


 レデの声が僅かに荒れる。


「百を超える騎士ですぞ」


「ええ」


 宗明は頷いた。


「百余名」


 一拍。


「誰一人殺さずに」


 沈黙。

 その意味を、戦場を知る者ほど理解した。


 殺すのではない。

 倒すのでもない。

 生かしたまま、全員を制圧する。

 それは力だけでは成し得ない。


 技術。

 判断。

 胆力。


 そして圧倒的な差。

 その全てが必要だった。


 レデの手から剣が落ちた。


 ――カラン。


 乾いた音。

 その音が、妙に大きく聞こえた。


 サラザイカは動かない。

 白き闘気も、いつの間にか消えていた。


 理解したのだ。

 終わったと。

 ここだけではない。

 この玉座の間だけではない。

 戦いそのものが。


 既に。

 終わっていた。


 サラザイカはゆっくりと息を吐く。


「……そうか」


 低い声だった。

 その声に怒りはなかった。


 悔しさもなかった。

 ただ、事実を受け入れた戦士の重さだけがあった。


 戦いは終わった。

 自分達の負けだと。

 巨大な身体がゆっくり沈む。

 瓦礫へ腰を下ろす。


 まるで山が崩れるようだった。


 レデも壁へ背を預ける。

 深く息を吐いた。


 夕陽が差し込む。

 崩れた玉座の間を紅く染める。


 血も。

 瓦礫も。

 全てを優しく照らしていた。


 長い戦いだった。

 多くの者が傷付き。

 多くの者が血を流した。

 絶望が何度も訪れた。


 喜一は力なく座り込んだまま夕陽を見上げる。

 宗次郎も刀を下ろす。

 二人の傍に杉田は解毒剤を握り締めていた。

 宗明だけが静かに立っている。


そして。


第四地区――幸風。


鳴上城――玉座の間


 この闘いはこれにて終幕を迎えたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ