表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コールドノヴァ~void〜  作者: 鯖虎
序章 新たなる世界
PR
26/35

第二十五話 疑心暗鬼

 飯処――つばめ。


 木製の看板が掲げられたその店は、  第四地区の活気をそのまま切り取ったような場所だった。


 暖簾を潜った瞬間。


「いらっしゃいませー!!」


 元気いっぱいの声が店内へ響く。


「空いてる席へどうぞー!」


 出迎えたのは、栗色の髪を後ろでまとめた看板娘だった。

 明るい笑顔。


 忙しそうに店内を動き回りながらも、疲れた様子はまるで無い。

 杉田は慣れた様子で手を振る。


「こっちこっち」


 三人は店の奥、角の席へ腰を下ろした。

 しばらくして。

 看板娘がお茶を運んでくる。


「杉田さん! 今日は見慣れない方をお連れしているんですね!」


 喜一と宗次郎を見て、興味津々な様子で笑う。

 そして思い出したように胸を張った。


「あっ! ちなみに今日のおすすめは川魚のイワナと厚焼き玉子になります!」


「おお」


 杉田が嬉しそうに頷く。


「いろりちゃん! じゃあそれを三つお願いできるかい?」


「はーい!」


 少女は元気よく返事をすると、くるりと踵を返した。


「おすすめ三丁お願いしまーす!!」


 厨房へ向けて大声を張り上げる。

 奥から威勢の良い返事が返ってきた。


 杉田はその背中を見送りながら、どこか楽しそうに微笑む。

 そして。

 改めて喜一と宗次郎へ向き直った。


「さて」


 湯気の立つ茶を一口飲む。


「料理が来る前に、宗次郎が説明してない部分を僕から話そうか」


 喜一は静かに頷いた。

 知りたいことは山ほどある。

 第四地区。

 麻生勝新。

 ディナー スピリタス。

 そして、自分達がどうやって生き延びたのか。

 杉田はゆっくり語り始める。


「ここは第四地区――幸風」


 窓の外へ視線を向ける。


「倭ノ国でも有数の商業都市だ」


 行き交う人々。

 荷馬車。

 市場。

 絶え間なく流れる活気。


「商業規模なら倭ノ国でも上位だね。治安良い城下町なんて呼ばれる事もある」


 杉田は続ける。


「少し登るとうちが誇る鳴上城があるんだ」


「城主は、 菱本朱音様」


 自然とその声色に敬意が混じる。


「別名――紅ノ王」


 ――菱本朱音。

 異国の地最大級の商業都市、

“幸風”を束ねる名家・菱本家の現当主。

 巧みな話術。

 卓越した槍術。

 名家らしい気品と風格を併せ持つ女性。

 数多の星喰人を討ち果たし、返り血で全身を紅く染めた姿から、いつしか人々は彼女を紅ノ王と呼ぶようになった。

 第四地区を支える象徴。

 その一人だった。


 杉田は話を続ける。


「そして君達の事だ」


 その声が少し真面目になる。


「喜一くんは生死の境を彷徨うほどの重傷」


「宗次郎も出血多量で瀕死」


 宗次郎が苦い顔をする。


「そんな二人を、ここまで運んできてくれたのが」


 一拍置く。


「かの磁皇――ディナー・スピリタス様だよ」


 喜一の肩が僅かに震えた。

 宗次郎は既に聞いていたのだろう。

 特に驚いた様子は無い。

 だが喜一は違う。

 あの老人。

 あの雷。

 あの圧倒的な存在感。

 全てが脳裏に蘇る。


「……あの」


 重たい口を開く。


「麻生勝新から…… 逃げ延びたって事なんですか?」


 その瞬間。

 空気が変わった。

 店内の喧騒は変わらない。

 人々の笑い声も聞こえる。


 だが。

 三人の席だけが、 妙な静寂へ包まれる。

 杉田の笑顔が消えた。


「喜一くん」


 静かな声。


「その名前は、 あまり口にしない方がいい」


 喜一は息を呑む。

 杉田は少し遠くを見るような目をした。


「あの人もまた」


 低く語る。


「自身の土地を守ろうとして、異形へ成り果てた人物なんだ」


「元々はあの地では名の知れた剣豪だったらしい」


 そして。


 杉田の表情に、深い悲しみが差した。


「それが……」


 言葉が続かない。

 数秒の沈黙。

 やがて小さく息を吐く。


「今も生きているのか、本当に死んだのか。それすら分からない」


 喜一と宗次郎は黙って聞いていた。


「スピリタス様からも、 特に何も仰られなかった」


「だから今は」


 杉田は窓の外を見た。


「我が茜薙武士団の部隊が、 現地を調査している最中さ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 喜一が立ち上がった。


 ガタンッ!!


 椅子が鳴る。


「止めてください!!」


 店内の客が思わず振り返るほどの声だった。

 喜一の顔は青ざめていた。


「あの怪物は……!」


 声が震える。


「放っておけば、 皆殺されます!!」


 第六地区。

 死体の山。

 腐臭。

 絶望。

 そして。

 麻生勝新。


 あの存在を知る者なら、誰でも同じ反応をしただろう。

 喜一の肩が落ちる。

 呼吸が乱れる。

 恐怖が蘇っていた。


 そんな様子を見た宗次郎が、静かに口を開いた。


「……無事に戻る算段はつけてあるんだろうな?」


 鋭い眼光。

 杉田を真っ直ぐ見据える。


 だが。

 杉田は笑った。


「やだなぁ」


 肩を竦める。


「ちゃんと策は練ってあるよ」


「部隊の連中にも、無理だと思ったら即撤退しろって伝えてある」


 その言葉には確かな自信があった。

 そして。

 立ち上がったままの喜一へ、優しく手招きされる。


「ほら、座りなさい」


 その声に促されるように。

 喜一はゆっくり腰を下ろした。


 胸の奥の不安は消えない。

 だが。

 今は信じるしかなかった。


 やがて厨房の奥から、いい匂いが漂い始める。

 張り詰めた空気を和らげるように。 

 その香ばしい匂いと共に、料理が運ばれてきた。


「お待たせしましたー!」


 いろりが満面の笑みで盆を置く。


「冷めないうちに食べてくださいね!」


 杉田は嬉しそうに身を乗り出した。


「待ってました!」


 そして二人へ向き直る。


「ここの焼き魚と厚焼き玉子は絶品なんだ!」


「食べれば分かるよ!」


 卓上へ並べられた料理を見て、喜一は思わず息を呑んだ。


 こんがり焼かれたイワナ。

 湯気を立てる厚焼き玉子。

 豆腐の味噌汁。

 彩り豊かな漬物。


 派手ではない。

 だが。

 その匂いだけで胃袋が掴まれる。

 香ばしい魚の香り。

 出汁の効いた卵焼きの甘い匂い。

 味噌の温かな香り。


 ――これは反則だ。


 そう思った。


「いただきます」


 三人は手を合わせた。

 箸を取る。

 まずはイワナ。

 皮は香ばしく。

 身はふっくらとしている。

 噛んだ瞬間、旨味が口いっぱいに広がった。


「……うまい」


 思わず漏れる。

 正直、驚いた。


 第七地区を出てからというもの。

 食事と言えば保存食。

 握り飯。

 干物。

 簡素な汁物。

 そんな物ばかりだった。


 だからこそ。

 温かい飯。

 丁寧に作られた料理。


 それらが空っぽの身体へ染み渡る。

 まるで生き返るようだった。


 厚焼き玉子もまた格別だった。

 ふわりと柔らかい。

 噛めば優しい甘みが広がる。

 味噌汁は温かく。

 冷え切っていた身体をゆっくり溶かしていく。


 誰も喋らなかった。

 ただ黙々と食べる。

 宗次郎も。

 杉田も。

 それぞれ静かに箸を動かしていた。


 そして。

 三人は綺麗に平らげた。

 食後のお茶が運ばれる。


 立ち上る湯気。

 ほうじ茶の香り。

 どこか落ち着く空気。


 その静寂を破ったのは、杉田だった。


「どうだった?」


 湯呑みを傾けながら笑う。


「美味しかったろ?」


 喜一と宗次郎は無言で頷いた。

 杉田は満足そうに笑う。


 だが。

 次の瞬間。

 その表情から僅かに笑みが消えた。


 椅子へ深く腰掛ける。

 そして静かに言った。


「これから二人には、鳴上城へ来てもらうよ」


 喜一は顔を上げる。


「我が主――菱本朱音様に会ってもらわなきゃいけない」


 当然と言えば当然だった。

 喜一も。

 宗次郎も。

 第四地区から見れば部外者だ。


 しかも。

 磁皇ディナー・スピリタスが直接運び込んだ人物。

 城主が話を聞きたがるのは自然だった。


 二人は静かに頷く。

 杉田は続ける。


「それと」


 一拍置く。


「二人はこれから、 第零地区――不知火王都へ向かうんだろう?」


 その瞬間。

 杉田の目が鋭くなった。


 先程までの柔らかな雰囲気が僅かに消える。

 宗次郎が答えた。


「ああ」


 迷いの無い声。


「喜一を安須森様の元まで送り届ける」


「それが蒼冥総長から受けた任務だ」


 杉田は黙る。

 天井を見上げた。

 何かを考えている。


 やがて。

 小さく頷く。

 何かを決めたようだった。


「なら尚更だ」


 真っ直ぐ二人を見る。


「一度鳴上城へ来るべきだ」


「菱本さんに話せば、 きっと力になってくれるよ」


その時。

喜一は僅かな違和感に気付く。


 杉田は笑っている。

 いつも通り。

 変わらない笑顔。


 だが。

 どこか不自然だった。


 貼り付けたような。

 何かを隠しているような。


 そんな違和感。


 気のせいかもしれない。


 だが。

 胸の奥が引っ掛かる。


 喜一は辺りを見渡すように自然な形で横を見る。

 宗次郎は特に気付いていないようだった。


 普通に話を聞いている。


(……考えすぎか?)


 そう思った時だった。

 杉田が立ち上がる。


「よし!」


 パンッと手を叩いた。


「善は急げだ!」


 満面の笑み。


「ご馳走様でしたー!」


 店主へ向かって手を上げる。


「お勘定お願いしまーす!」


「はーい!」


 奥からいろりの元気な声が返ってくる。

 杉田は会計へ向かいながら振り返った。


「二人は先に外へ出てていいよ!」


 喜一と宗次郎は席を立つ。

 いろりへ礼を言い。

 暖簾を潜り、外へ出る。


 夕暮れの風が吹く。

 人通りは相変わらず多い。


 その中で。

 喜一は小声で呟いた。


「……宗次郎」


宗次郎が振り向く


「ん?」


喜一が焦りを見せた顔で話す


「何かおかしくないか?」


 宗次郎の眉が動く。


「変な感じがするんだ」


 宗次郎は少しだけ周囲へ目を向けた。

 そして。

 低い声で返す。


「……薄々気付いてた」


 喜一の表情が固まる。


「何人かに付けられている」


 宗次郎は前だけを見る。

喜一が後ろを振り向きそうになるが

宗次郎がすかさず止める。


「後ろを見るな」


 小さな声。

 喜一は息を呑む。

 宗次郎は宗次郎で別の違和感に気付いていたのだ。

 だが。

 喜一が感じているのはそれだけではない。


「いや……違うんだ」


 さらに声を潜める。


「杉田さんだ」


「さっきから何か変なんだよ」


 宗次郎は少しだけ考えた。

 そして静かに答える。


「どっちにしろだ」


 手が自然に刀の鞘へ触れる。


「俺達は菱本さんに会わなきゃならねぇ」


「何かあるなら――」


 そこで言葉を切った。

 それだけで十分だった。

 喜一も小さく頷く。


 その時。

 店の暖簾が揺れた。


 杉田が出てくる。

 相変わらずの笑顔。

 何も知らないような顔。


「お待たせ!」


 明るい声。

 夕陽を背に立つ姿は、どこまでも人当たりが良く見えた。


「さあ」


 杉田が手を振る。


「行こうか」


 そう言って歩き出す。

 その背中を。

 喜一と宗次郎は静かに見つめた。


 そして。

 二人は何も言わず、杉田の後を追って歩き始める。

言い知れない疑念を胸に抱えて。


 活気に満ちた第四地区。

 温かな夕暮れ。

 人々の笑い声。


 だが。

 その賑わいの中に。


 得体の知れない何かが、静かに牙を隠しているような気がしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ