第二十四話 つかの間の休息
杉田 冬馬
身長183cm
体重78kg
好きなもの 恋愛
嫌いなもの 嫉妬
「あの爺さんが…… マグネターの適合者……?」
喜一は掠れた声で呟く。
だが、その顔からは完全に血の気が引いていた。
背中には冷たい汗。
呼吸も浅い。
脳が、理解を拒絶している。
マグネター。
宇宙でも最強格とされる異常天体。
人間が近づけば、原子レベルで崩壊するとすら言われる超磁場。
そんなものと適合した人間?
あり得ない。
……いや。
あり得ないはずなのに。
あの時見た、青と赤の雷光が脳裏へ焼き付いて離れない。
宗次郎はそんな喜一を見て、逆に不思議そうな顔をしていた。
「……何だよその顔」
「いや、普通にヤバくないですか……?」
喜一が引き攣った声で返した瞬間だった。
「宗次郎ォー!!」
突然、窓の外から大きな声が飛んできた。
「飯食いに行かねーのかー!!」
「……あ」
宗次郎が目を見開く。
何かを思い出したように、頭を掻いた。
「やっべ! すっかり忘れてた!」
さっきまでの重たい空気が、一気に吹き飛ぶ。
宗次郎はベッドへ座る喜一を見た。
「喜一! 起きてすぐで悪いんだが、飯でも食いに行こうぜ。きっと奴も喜ぶと思う」
そして、少し気遣うように続ける。
「どうだ? 立てそうか?」
「あ……あぁ」
気の抜けた返事だった。
喜一はゆっくりベッドから身体を起こす。
胸が少し痛む。
足元もまだ覚束ない。
床へ足を着いた瞬間、身体がぐらついた。
「おっと」
宗次郎がすぐ横へ来る。
そして、 壁へ立て掛けられていた杖を差し出した。
松葉杖に近い、簡易的な補助具だった。
「ゆっくりでいい」
宗次郎が言う。
「外の空気吸って、 気分変えようぜ」
その声は、どこか優しかった。
喜一は小さく頷く。
宗次郎に支えられながら、ゆっくり歩き出した。
廊下。
木の床。
軋む音。
階段を一段ずつ降りていく。
まだ身体が重い。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
そして。
宿屋の扉が開く。
次の瞬間――
「……え?」
喜一は、完全に言葉を失った。
目の前に広がっていたのは、今まで見てきた第七地区とはまるで別世界の景色だった。
洋風建築。
石造りの街並み。
高く伸びる鉄塔。
電波塔に似た巨大構造物。
整備された石畳。
行き交う人々。
商人。
親子。
荷車。
活気。
賑わい。
まるで。
自分が元いた時代の都市へ、突然放り込まれたみたいだった。
「……な、んだよ……これ……」
思わず呟く。
だが、よく見ると違和感もある。
通行人達の服装は、和装に近い。
着物。
袴。
それなのに、街並みだけが異様に近代的だった。
和と近代。
その二つが、奇妙に混ざり合っている。
喜一は完全に呆然としていた。
その時だった。
「おーい宗次郎!」
前方から、明るい声が飛んでくる。
宗次郎が軽く手を上げた。
そこにいたのは、一人の男性だった。
少し背の高い男。
整った黒髪。
人懐っこい笑顔。
爽やかすぎるくらいのイケメン。
その男は、宗次郎と二言三言話した後、喜一の方へ歩いてきた。
「やあやあ! 君が喜一くんだね!」
距離感が近い。
やたら明るい。
喜一は少し圧倒される。
男は胸へ手を当て、にこやかに名乗った。
「僕の名前は杉田冬馬!」
笑顔のまま続ける。
「ここ第四地区を守護する武士団―― “茜薙武士団”を指揮している長さ!」
「……第四地区?」
喜一の目が見開かれる。
慌てて宗次郎を見る。
「ここ…… 第四地区だったのか!?」
宗次郎は面倒臭そうに頭を掻いた。
だが、その前に杉田が吹き出す。
「あっははは!! まだ何も聞いてないのかい!?」
宗次郎へ呆れた視線を向ける。
「ったく、これだから堅物は!」
宗次郎が露骨に嫌そうな顔をした。
杉田はそんな反応を気にもせず、楽しそうに続ける。
「まあまあ、その辺はご飯食べながら説明しようじゃないか!」
喜一の顔を見て、少しだけ真面目な顔になる。
「……その様子だと、色々聞きたい事もありそうだしね」
喜一は黙って頷く。
分からない事だらけだった。
第六地区
麻生勝新
第四地区。
グラビティア。
ディナー・スピリタス。
そして、未だ自分自身の事も。
すると杉田が、何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、そうだ!」
ニッと笑う。
「その前に、衣服交換しようか!」
喜一と宗次郎を交互に指差す。
「特に宗次郎! 君、血と泥まみれだからね!?」
「……うるせぇな」
宗次郎が露骨に顔をしかめる。
杉田は笑いながら、すぐ近くの店を指差した。
「ちょうど近くに店あるし、僕が見繕ってあげよう!」
そう言って、勝手に歩き出す。
宗次郎は大きく溜め息を吐いた。
「……めんどくせぇ奴」
だが。
その顔は、どこか少しだけ安心しているようにも見えた。
喜一はそんな二人を見ながら、まだ現実感の薄い街並みへ視線を向ける。
第四地区。
そこは、第七地区とは全く違う空気を持つ場所だった。
第四地区の大通りを少し歩いた先。
石畳沿いに建てられた一軒の古着屋へ、三人は足を踏み入れていた。
木製の看板。
硝子窓。
店内には和装を中心に、見慣れない洋風衣類まで並んでいる。
第七地区で見てきた店とは、どこか雰囲気が違った。
荒っぽさが無い。
薄暗い空気も無い。
代わりに、穏やかで整った空気が流れている。
「さぁて!」
杉田冬馬が手を叩く。
「まずは君達、その格好をどうにかしようか!」
喜一は自分の服を見る。
血。
泥。
裂けた布。
確かに、酷い有様だった。
杉田は腕を組みながら、じーっと喜一を見つめ始める。
「うーん……」
何かを吟味するような目。
そして突然、パッと笑った。
「喜一くんは、“青空”ってイメージかなぁ」
「……青空?」
喜一は思わず聞き返す。
「いや、どこが青空っぽいのか全然分からないですけど……」
困惑気味に頭を掻く。
「まぁ、とりあえず任せますよ」
杉田は満足そうに頷いた。
「うんうん!素直でよろしい!」
そして次の瞬間。
その笑顔が、妙に怪しいものへ変わる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
杉田の視線が、宗次郎へ向いた。
「…………」
宗次郎の顔が引き攣る。
本能的に危険を察したのだろう。
「な、なんだよ……?」
一歩下がる。
「変な服装は勘弁してくれよ……?」
杉田の怪しい笑みが、さらに深くなる。
「宗次郎」
肩へ手を置く。
「久々に会ったんだ」
にこやかな声。
「少しくらい、好きに遊んでもいいだろ?」
「ふ、ふざけんな!!」
宗次郎が露骨に後退る。
「俺に何を着させる気だ!!」
「フフフ……」
杉田は何も答えない。
ただ、不気味に微笑んでいた。
その笑顔のまま。
宗次郎の肩を掴み、店の奥へ引きずっていく。
「ちょっ…… 待て!! おい!! 杉田ァ!!」
バタン。
奥の扉が閉まる。
そして。
数秒後――
「ぎゃあああああああ!!!!」
宗次郎の悲鳴が、店中へ響き渡った。
喜一は静かに目を閉じる。
胸の前でそっと手を合わせた。
(……宗次郎、ご愁傷さまです)
それからしばらくして。
着替えを終えた喜一は、先に店の外へ出ていた。
新しい衣服は、深い青を基調とした軽装袴。
派手ではない。
だが、妙に落ち着く色合いだった。
第四地区の風景にも、自然と溶け込んでいる。
喜一がぼんやり街を見ていると。
店の扉が、ゆっくり開いた。
「…………え?」
思わず声が漏れた。
そこにいたのは――
今まで見てきた宗次郎とは、まるで別人みたいな男だった。
紫色の袴。
黒を基調とした羽織。
洗練された装い。
整った顔立ち。
無造作だった髪まで整えられている。
元々鋭かった顔付きが、服装によってさらに際立っていた。
普通に、滅茶苦茶イケメンだった。
「……誰だよ」
喜一が素で呟く。
「うるせぇ……」
宗次郎が露骨に顔を逸らす。
耳が少し赤い。
そこへ。
会計を終えた杉田が、満足そうな顔で出てきた。
「どうだい??」
得意げな笑み。
「見間違えただろ?」
杉田は喜一を見ながら、楽しそうに続ける。
「血まみれ、泥まみれじゃあ、せっかくのイケメンが台無しだからねぇ」
肩を竦める。
「女の子にモテなくなるのは、勿体ないだろ?」
「あぁ!?」
宗次郎が睨む。
だが。
その姿ですら、妙に様になっていた。
杉田は腹を抱えて笑う。
宗次郎は恥ずかしそうに顔をしかめる。
喜一は、そんな二人のやり取りを見ながら、思わず小さく笑ってしまっていた。
第六地区で感じた死の気配。
麻生勝新との激闘。
あの絶望みたいな空気が、少しだけ遠く感じられる。
第四地区の風は、どこか温かかった。
すると杉田が、パンッと手を叩く。
「さあ!」
満面の笑み。
「支度も済んだし、この先に美味しいご飯屋さんがあるんだ!」
くるりと背を向ける。
「付いておいで!」
そう言いながら、軽い足取りで街の奥へ歩き出す杉田。
宗次郎は呆れたように溜め息を吐き、喜一はそんな二人の背中を見つめながら、静かに第四地区の街並みへ目を向けた。
死と絶望しか無かった旅路の先で。
初めて、少しだけ“日常”みたいなものへ触れた気がしていた。




