第二十三話 磁皇
マグネター
宇宙で最強クラスの強力な磁場
(地球の100兆〜1000兆倍)を持つ特殊な中性子星。
超新星爆発の後に残された超高密度の天体で、
中性子星は自身の「自転エネルギー」を動力源としているが、マグネターは「磁場そのもののエネルギー」を動力源にして輝いている。
薄く目を開ける。
最初に視界へ映ったのは、 見知らぬ木造の天井だった。
古びた梁。
微かに軋む音。
窓の外から差し込む柔らかな光。
鼻を掠める、 薬草と木の匂い。
「……ここ……」
掠れた声が、 自分でも驚くほど弱々しく漏れた。
頭が重い。
身体が妙に熱い。
なのに、 芯だけが凍えるみたいに寒かった。
指先へ力を入れようとする。
だが、 思うように動かない。
その瞬間。
脳裏へ、 あの光景が蘇った。
麻生勝新。
黒錆びた刀。
化け物みたいな踏み込み。
振り下ろされる唐竹割り。
荒桜が弾かれる感覚。
そして。
胸を裂いた、 あの斬撃。
「――ッ……!」
息が止まる。
熱い血が溢れていく感覚。
体温が消えていく感覚。
地面へ倒れていく自分。
遠ざかる視界。
宗次郎の叫び。
灰色の空。
――死ぬ。
確かに、 そう思った。
胸の奥がズキリと痛む。
呼吸が乱れる。
だが、 傷よりも恐ろしかったのは。
あの瞬間、 自分が“終わり”を受け入れかけていた事だった。
「……俺……」
呟きかけて、 言葉が止まる。
記憶が曖昧だ。
途中から、 何も思い出せない。
ただ。
誰かの声だけが、 ぼんやりと残っている。
“まだやるべき事がある”
そんな声。
夢だったのか。
現実だったのか。
分からない。
ぼんやり天井を見つめていると。
――タタタタッ……
突然。
廊下の向こうから、 慌ただしい足音が聞こえてきた。
喜一の目が細くなる。
近い。
一直線に、 こちらへ向かってきている。
そして。
その音が、 部屋の前で止まった。
「……!」
反射的に、 全身が強張る。
敵か。
身体を起こそうとする。
だが。
胸が軋む。
傷が焼けるみたいに痛む。
「ッ……!」
その瞬間。
――ガラッ!!
勢いよく扉が開いた。
喜一は息を呑む。
そして。
「……宗次郎」
現れたのは、 宗次郎だった。
だが。
いつもの宗次郎じゃない。
その顔には、 露骨な焦りと不安が浮かんでいた。
宗次郎は、 喜一の顔を見るなり、 目を見開く。
次の瞬間。
「喜一!!」
まるで飛び込むみたいな勢いで、 ベッドまで駆け寄ってきた。
「やっと起きたか……!!」
荒っぽい声。
なのに。
その瞳には、 薄っすら涙まで滲んでいた。
喜一は目を丸くする。
宗次郎が、 こんな顔をするなんて思っていなかった。
「心配したんだぞ……!」
その声は、怒鳴っているみたいなのに、どこか震えていた。
喜一は呆然と宗次郎を見上げる。
そして、 ゆっくり口を開いた。
「……一体、何が起きたんですか」
喉が焼けるみたいに痛い。
「あの時…… 確か俺、致命傷になる斬撃を受けたはず……」
その言葉を聞いた瞬間。
宗次郎は、 ふっと息を吐いた。
肩から、 張り詰めていた何かが抜ける。
「あの爺様に助けてもらったんだよ」
「……爺様?」
喜一は眉を寄せる。
だが次の瞬間。
脳裏へ、 雷光が蘇った。
青。
赤。
絡み合う稲妻。
家屋に吹き飛ばさた勝新。
空気そのものを引き裂いた、あの異常な雷。
「あ……!」
喜一の目が見開かれる。
「あの時の…… 青と赤っぽい雷を纏った、お爺さんか……!」
宗次郎が頷く。
「あぁ」
その声には、 妙な実感が込められていた。
「あの爺様がお前を助け、命を救ってくれたんだ」
宗次郎は、 少しだけ笑う。
「感謝しろよ」
その笑顔を見て、 喜一はようやく理解する。
本当に、 死にかけていたんだと。
静かに息を吐く。
生きている。
まだ。
確かに。
だが、 その実感が妙に薄かった。
「……あの時」
喜一が呟く。
「誰かの声が聞こえた気がするんだけど……」
ズキリ。
激しい頭痛。
「いってぇ……!」
額を押さえる。
宗次郎が苦笑した。
「無理もねぇ」
少し優しい声。
「傷も深かったし、三日間寝たきりだったんだ」
「……三日」
喜一の顔が引き攣る。
宗次郎は続けた。
「あんま無理すんなよ」
その声音には、 いつもの荒さが無かった。
そこで初めて。
喜一は宗次郎自身の姿へ気づく。
包帯。
裂傷。
肩口。
脇腹。
全身に残る傷跡。
血の滲んだ包帯。
麻生勝新との戦いが、 どれほど壮絶だったのか、 嫌でも伝わってくる。
喜一は息を呑む。
――あのお爺さんが来なければ。
俺達は。
確実に死んでいた。
背筋へ、 冷たいものが走った。
そして。
ふと、 ある疑問が浮かぶ。
「あのお爺さんって…… 一体誰だったんですか?」
その瞬間。
宗次郎の表情が変わった。
先程までの柔らかさが消え、 少し重い顔になる。
やがて。
低く口を開いた。
「あの爺様は――」
一拍。
「新都市グラビティアの王」
静かな声。
「重界騎士団総督、ディナー・スピリタスって人だ」
その名が落ちた瞬間。
空気が変わった。
喜一は黙って聞く。
宗次郎は窓の外を見ながら続けた。
「安須森様が、唯一実力を認めた相手でもある」
低い声。
「アルハルド事件後、
崩壊しかけた倭ノ国を立て直す為……
安須森様と共同で動いた人物だ」
宗次郎の表情は複雑だった。
尊敬。
警戒。
畏れ。
全部が混ざっている。
「……正直、 今でも胡散臭ぇ爺様なのは変わらねぇ」
苦笑する。
「だが、 今回ばかりは助けられた」
そして。
宗次郎は、 ゆっくり喜一を見る。
「それに――」
静かに続けた。
「あの爺様は、適合者って言われている」
「……え?」
喜一の目が見開かれる。
宗次郎は淡々と告げた。
「適合した星は、“マグネター”って呼ばれてるらしい」
その瞬間。
喜一の背中を、 冷たい汗が伝った。
”マグネター”
その単語だけで、 脳が理解を拒絶する。
宇宙でも、 規格外の存在。
超新星爆発の果てに生まれる、 超高密度の中性子星。
その中でも、 桁違いの磁場を持つ異常天体。
通常の中性子星すら比較にならない。
人間が近づけば、 原子レベルで崩壊するとまで言われる、 宇宙最悪級の磁場。
まさしく。
宇宙でも最強と謳われる星の一つ。
そんなものと、 人間が適合している?
あり得ない。
あり得るはずがない。
だが。
あの時の異様な光景を思い出した瞬間。
喜一は理解してしまった。
――あれは、人間の力じゃなかった。
気づけば。
背中は、 びっしょりと汗で濡れていた。




