第二十二話 繋ぐ命
束の間の静寂だった。
さっきまで町を揺らしていた轟音が嘘みたいに消え失せ、 崩れた家屋の瓦礫だけが、 ぱらぱらと遅れて地面へ落ちていく。
細かな破片が宙を舞う。
白い土煙が、 死臭漂う第六地区へゆっくり広がっていた。
その中で。
「……ッ、ぁ……」
俺の口から、 血が溢れた。
――ゴボッ。
吐き戻すように、 鮮血が石畳へ撒き散る。
熱い。
なのに寒い。
胸の奥が焼けるみたいに痛むのに、 身体の感覚はどんどん遠ざかっていく。
指先が動かない。
視界が白く滲む。
「喜一!!」
宗次郎だった。
血塗れのまま、 俺の傍へ駆け寄ってくる。
その顔を見て、 俺は少しだけ驚いた。
今まで、 そんな表情を見たことがなかったからだ。
常に冷静で。
宗次郎の顔が、 今ははっきり歪んでいた。
焦燥。
狼狽。
そして――
まるで、 “もう助からない”と理解してしまった人間みたいな顔。
「おい……ッ、喜一!! しっかりしろ!!」
肩を掴まれる。
でも感覚が薄い。
寒い。
ひどく寒かった。
冬の川へ沈められたみたいに、 身体の熱が抜け落ちていく。
呼吸する度、 血の匂いが肺へ入り込んだ。
意識が、 沈む。
その時だった。
「ふむ……」
老人の声。
ゆっくりと、 杖を突く音が近づいてくる。
青と赤の雷光を纏った老爺が、 俺の傍へ腰を下ろした。
近くで見ると、 異様だった。
小柄な老人。
深く刻まれた皺。
白く長い眉。
どこにでもいそうな老爺の姿。
なのに。
その周囲だけ、 空気そのものが震えている。
静かなのに、 嵐の中心へいるみたいだった。
老爺は、 俺の傷口を見下ろしながら静かに呟く。
「……この者が、日陰喜一か」
掠れた声。
だが、 妙に響いた。
「出血量にして…… 持ってあと数分とこじゃな」
宗次郎が歯を食い縛る。
「頼む…… 助けてくれ……!」
宗次郎が、 頭を下げていた。
その姿に、 ぼんやりと驚く。
あの宗次郎が。
誰かへ、 ここまで必死に頭を下げるなんて。
老爺は小さく目を細めた。
「わかっておるわい。それにしても彼奴め……
やりよったんじゃな」
その言葉が、 誰へ向けられたものなのか、今の俺には分からなかった。
視界が、 さらに白くぼやける。
輪郭が溶けていく。
音も遠い。
もう、 眠ってしまいそうだった。
その時。
「喜一よ」
老人の声だけが、 やけにはっきり聞こえた。
「彼奴が救ってくれた命」
静かな声。
「一時的じゃが…… 繋いでみようかのう」
次の瞬間。
老爺の身体から、 無数の細い光が溢れ出した。
稲妻。
だが、 雷とは思えないほど細い。
糸みたいな、 青と赤の光。
それらが生き物みたいに蠢きながら、 俺の身体へ入り込んでくる。
「……ッ……!」
熱い。
焼けるような熱。
だが同時に、凍えていた身体へ、少しずつ熱が戻ってくる。
裂けた胸。
砕けた肉。
流れ続けていた血。
それらが、ゆっくり繋がっていく感覚。
信じられない光景だった。
宗次郎ですら、 息を呑んでいた。
老爺は静かに続ける。
「ニコレットが報告をしてくれたおかげだわい」
イザック・ニコレット。
あの銀髪の騎士長。
ぼやけた意識の中で、その名前だけが引っ掛かった。
「感謝せい」
老爺の声が、 遠くなる。
代わりに。
別の声が聞こえた。
優しい声。
どこか懐かしい声。
――さあ、行くのです。
暗闇の奥から、 誰かが語りかけてくる。
――あなたは、まだやるべき事があるはずです。
その言葉に。
沈みかけていた意識が、 微かに浮かび上がった。
――眩しい。
最初に感じたのは、 光だった。
ゆっくりと瞼を開く。
知らない天井。
木造の梁。
白い布。
柔らかな匂い。
「……ここは……」
掠れた声が漏れる。
身体を起こそうとして、 胸に鈍い痛みが走った。
だが。
生きてる。
確かに、 あの致命傷を受けたはずなのに。
外から、 人の声が聞こえる。
笑い声。
呼び込み。
荷車の音。
活気。
生きた人間の気配。
死臭と静寂に満ちていた第六地区とは、 まるで別世界だった。
障子の隙間から、 暖かな光が差し込んでいる。
遠くで、 鐘の音が鳴った。
俺はぼんやりと天井を見上げる。
……生きてる。
その実感だけが、 ゆっくり胸の奥へ沈んでいった。




