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コールドノヴァ~void〜  作者: 鯖虎
序章 新たなる世界
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第十四話 冥合城

イタミソウジロウ


伊丹 宗次郎


身長180cm

体重81kg


好きなこと 心頭滅却

嫌いなこと 怠惰


――ゴォォォォン……。


巨大門が閉じる。

黒鉄の門同士が噛み合い、 鈍く重い音が冥合城の深部まで響き渡った。

それは単なる開閉音ではなかった。

まるで、 外界そのものを拒絶する結界のような音。

死と闇を隔てる境界線。

ようやく、 城壁の外から聞こえていた怪物たちの咆哮が遠ざかっていく。


だが。

城内に流れる空気は、 欠片ほどの安堵も許してはいなかった。


武士たちが慌ただしく駆け回る。

肩を貸され運ばれていく負傷兵。

折れた刀を抱えたまま俯く男。

壁際では、 血塗れの兵士が黙ったまま治療を受けていた。


焼けた肉の臭い。血の臭い。薬草の匂い。

それらが入り混じった空気が、 肺の奥へまとわりつく。

誰も泣かない。

誰も叫ばない。

それが、 この国の日常なのだと嫌でも理解させられた。


「総長!!」


低く太い声が廊下へ響く。

視線を向ける。

奥から現れたのは、 巨大な岩壁のような男だった。


筋骨隆々の肉体。

短く刈り上げられた髪。

鋭く吊り上がった眼。

握られた拳には、 無数の古傷が刻まれている。


歩くだけで空気が沈む。

獣。

いや、 人の形をした猛虎みたいな男だった。


その後ろには、 対照的な男が静かに続いている。

長身痩躯。

切れ長の眼。

背には長い薙刀。

静かな佇まい。


だが、 その視線だけで分かる。

この男もまた、 幾つもの修羅場を潜り抜けてきた人間だと。


二人は蒼冥の前で止まり、 深く頭を下げた。


「ご無事で何よりです」


後ろの男が静かに言う。

蒼冥は煙草を咥え直し、 短く鼻を鳴らした。


「大袈裟だ」


岩のような男が、 ゆっくりと俺を見る。


その瞬間。

空気が変わった。


猛獣に値踏みされる感覚。

背筋に冷たいものが走る。


「……そいつが例の異邦人か」


低い声だった。

腹の底に響くような重圧。

蒼冥が顎をしゃくる。


「若頭。  鳴海龍臣だ」


鳴海龍臣。


名前が出た瞬間、 周囲の武士たちの空気が僅かに張る。

それだけで、 この男がどれほど恐れられ、 敬われているのか分かった。


「こっちは若頭補佐、  佐渡峰光」


峰光は静かに頭を下げる。


「初めまして、日陰殿」


礼儀正しい声音。

だが、その目は鋭かった。

人を見る目。

相手の呼吸、 癖、 思考。

一瞬で見抜こうとする視線。

頭の切れる人間特有の眼だった。


鳴海が宗次郎へ視線を向ける。


「宗次郎。随分と妙なもん拾ってきたな」


宗次郎は壁へ寄りかかったまま、 面倒臭そうに口を開く。


「拾ったというより、 向こうから転がり込んできたんだ」


「お前が保護したんだろ」


鳴海が鼻を鳴らす。

その時だった。

宗次郎がこちらを見た。


「そういや、ちゃんと名乗ってなかったな」


静かに壁から身体を離す。

黒羽織が揺れる。

腰の刀へ軽く手を添えながら、 低く告げた。


「伊丹宗次郎。 二代目冥合会、舎弟頭だ」


伊丹宗次郎。

改めて名前を聞く。

そういえば、 ここへ来てからずっと命懸けで、 自己紹介する余裕すらなかった。

宗次郎は淡々と続ける。


「一応、第七地区の外周警備と遊撃を任されてる」


峰光が静かに付け加える。


「彼は現場で最も動く男です。  若手の中でも群を抜いていて何より素晴らしい天性の持ち主だと思っております」


「買い被りすぎです」


宗次郎は眉を顰める。

だが、 鳴海が低く笑った。


「事実だろ。お前ァ現場じゃかなり名が通ってる」


宗次郎は小さく肩を竦めるだけだった。

蒼冥が煙を吐きながらこっちを見つめる。



「そいつが戦場で覚醒した。  しかも初陣で怪物を吹き飛ばした」


その瞬間。

鳴海の眼光が変わった。

峰光も僅かに目を細める。


「……本当か?」


「俺も見た。ありゃ普通じゃねぇ」


静寂。

遠くで聞こえる怒号と、 負傷兵の呻き声だけが響いている。


鳴海がゆっくり歩み寄ってくる。

重い足音。

まるで虎が近づいてくるみたいだった。


「坊主」


低い声。


「名は」


「……日陰喜一です」


鳴海は数秒黙り込む。

やがて。


「肝は悪くねぇ」


短くそう言った。

それが、 この男なりの評価なのだろう。


蒼冥が背を向ける。


「来い」


案内されたのは、 冥合城上層。


巨大な障子が開かれる。


その瞬間。

俺は言葉を失った。


第七地区。


その全景が、 眼下へ広がっていた。

夜の城下町。

無数の提灯。

篝火。

石畳。

幾重にも連なる瓦屋根。

武士たちが巡回し、 見張り台には火が灯る。

巨大な外壁。


そしてその遥か先。

闇。


どこまでも広がる、 底無しの黒い森。

あの怪物たちが潜む場所。

冷たい夜風が吹き抜ける。


蒼冥は街を見下ろしたまま、 静かに口を開いた。


「ここが第七地区だ」


低い声。

重みのある響きだった。


「倭ノ国でも、一番血の臭ぇ場所だ」


「……」


「昔はもっと酷かった」


鳴海が鼻を鳴らす。


「盗賊、流れ者、売人、殺し屋。怪物に喰われる前に、人間同士で殺し合ってた」


「毎晩どこかで死体が転がってたな」


峰光が静かに続ける。


「治安などという言葉は、存在しませんでした」


蒼冥は腕を組む。

「俺ァ元々、こういう場所でしか生きられねぇ人間だ」


夜風が、 長い白髪を揺らす。


「だがな」


その眼が、 眼下の街を真っ直ぐ見据える。


「泣いてるガキや、腹空かせた奴見るのは気に食わねぇ」


静かな声だった。


だが。

そこには、 確かな熱があった。


「だから全部ぶっ潰した」


淡々とした声音。

まるで、 当然のことを語るみたいに。


「逆らう奴ァ叩き潰し、売人共ァ締め上げ、怪物共ァ殺した」


鳴海が低く笑う。


「半年で第七地区を黙らせた時は、 流石に俺も引きましたよ」


「うるせぇ」


蒼冥が煙草を揉み消す。


そして。

少しだけ空を見上げた。


「……昔の世界は、今とは違ったらしい」


静寂。

遠くで鐘の音が鳴る。


「空には鉄の鳥が飛び、夜でも街は昼みてぇに明るかった」


胸がざわつく。

飛行機。高層ビル。車。スマホ。

俺が生きていた世界。


蒼冥は続ける。


「遠く離れた奴とも、  すぐ話せたらしい」


「……」


「笑えるよな」


蒼冥が自嘲気味に笑う。


「今じゃ、隣町へ行くだけでも命懸けだ」


誰も言葉を挟まない。

夜風だけが流れる。

やがて蒼冥は、 低く呟いた。


「全部、壊れた」


その声は、 あまりにも静かだった。


「50年前、空が赤く染まり、星が堕ちた日からな」


――ドクン。


胸の奥が脈打つ。

その瞬間だった。


「……っ」


胸の奥が、 妙にざわついた。

頭の中に、 ある人物の顔が浮かぶ。


白衣。

ポニーテール。

煙草を咥えながら、 気怠そうに笑う女性。


『キイチ、コーヒーでも飲むか?』


「……ニコレッタ所長……」


気づけば、 小さく名前が漏れていた。


宗次郎が僅かに視線を向ける。

俺は無意識に拳を握っていた。


……何やってんだ俺。


こんな状況なのに。

自分のことで精一杯なはずなのに。

頭から離れない。


研究所はどうなった。

あの赤い光の後、 皆どうなったんだ。


「……あの」


喉が妙に乾く。

蒼冥たちへ向き直る。


「俺と一緒にいた人達……  無事なんでしょうか」


静寂。

鳴海が眉を顰めた。


「仲間か」


「研究所の人達です。  ニコレッタ所長って人がいて……」


言葉にする度、 胸の奥が嫌な感覚で満たされていく。


最後に見たのは、 赤い光柱。

崩れる街。

世界そのものが軋むような、 あの異様な光景。


峰光が静かに口を開く。


「旧時代から来た者が、  他にも存在している可能性はあります」


「じゃあ……!」


思わず顔を上げる。


だが。

峰光はすぐには答えなかった。

その沈黙だけで、 嫌な予感が膨らんでいく。


蒼冥が夜景を見たまま言う。


「この世界は甘くねぇ」


低い声。


「外に放り出されりゃ、生き残れる保証なんざどこにもねぇ」


冷たい現実だった。


俺は奥歯を噛む。

分かってる。

そんなこと。


さっきまで怪物に追われ、 死にかけてたんだ。

安全な世界じゃない。

それくらい嫌でも理解してる。


でも。


「……あの人、意外としぶといんで」


気づけば、 そんな言葉が漏れていた。

ニコレッタ所長の顔が浮かぶ。

煙草を吸いながら、 面倒臭そうに仕事して。


でも。

誰より研究員のこと見てて。

「死ぬなよ馬鹿」 って平気で言いそうな人だ。

自然と、 少しだけ口元が緩む。


鳴海が腕を組みながら鼻を鳴らした。


「そういう顔出来るなら、まだ心は折れてねぇな」


「……え?」


「大体の奴ァ、ここへ来た時点で目が死ぬ」


乱暴な言葉だった。

だが、 不思議と嫌味には聞こえなかった。


蒼冥がゆっくりこちらを振り返る。

鋭い眼。

心の奥まで見透かすような視線。


「会いてぇんだろ」


「……はい」


即答だった。

蒼冥は数秒黙る。


やがて。


「なら生きろ」


静かな声。

だが、 妙に重かった。


「この世界ァ、  死んだ奴から消えてく」


夜風が吹き抜ける。


「探したきゃ強くなれ。  怪物に喰われねぇくらいにな」


その言葉が、 胸の奥へ深く沈んでいく。


強くなる。

生き残る。

この世界で。


その先に、 もう一度会える可能性があるなら――


――ドクン。


胸の奥の“星”が、 静かに脈打った。



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