第十三話 奇跡の灯火
第七地区
山々に囲まれた、巨大な石壁に
幾重にも連なる櫓。
無数の提灯がぶら下がり
和風の街並み
以前は荒れた街並みだったが数年前に冥合会が
治安維持の為、街を整備し秩序を構築していった。
今では倭ノ国、有数の守りを約束された街の一つである。
――ドォォォンッ!!
轟音。石畳が砕け散る。
蒼冥荒史の長ドス、“鬼虎”が振るわれる度に、 怪物の身体が宙を舞っていた。
黒い血が飛び散る。
悲鳴。咆哮。怒号。
第七地区は、 完全に戦場へ変わっていた。
「押し返せぇぇぇ!!」
武士たちの怒声が響く。
火器が閃光を吐く。
赤い火線が夜を裂き、 怪物たちを撃ち抜いていく。
だが、止まらない。
次から次へと、 黒い異形が霧の奥から現れる。
「チッ……数が多すぎる……!」
宗次郎が怪物を斬り伏せながら舌打ちした。
その背後。
俺は息を呑みながら、 ただ立ち尽くしていた。
目の前で人が死んでいく。
怪物に引き裂かれ、 喰われ、 血を撒き散らしながら倒れていく。
現実感なんて、とっくになかった。
それでも、これは夢じゃない。
鼻を突く血の臭いが、 それを嫌でも理解させてくる。
「ぐぁぁぁぁッ!!」
悲鳴。
振り向く。
武士の一人が、 怪物に押し倒されていた。
赤い目。
裂けた口。
鋭い牙が、 男の喉元へ迫る。
「やめろッ!!」
気づけば、 叫んでいた。
身体が勝手に動く。
だが
間に合わない。
怪物が武士へ喰らいつこうとした――
その瞬間。
――ドクン。
胸の奥で、 “星”が脈打った。
世界が、 一瞬だけ静止する。
風が止まる。
音が遠のく。
そして
赤い粒子が、 俺の周囲へ舞い始めた。
赤い光から橙色の光へと変化していく。
「……え……」
熱い。
身体の奥が、 焼けるみたいに熱い。
なのに。
不思議と怖くなかった。
むしろ。
“分かる”。
どうすればいいのか。
何をすればいいのか。
胸の奥の何かが、 教えてくる。
怪物がこちらを向く。
赤い目。咆哮。突進。速い。
普通なら避けられない。
だが、今は見える。
足の動き。
筋肉の流れ。
空気の震え。
全部。
「――止まれ」
気づけば、 右手を前へ突き出していた。
次の瞬間。
――ドォンッ!!
橙色の衝撃が炸裂する。
空気が爆ぜた。
怪物の身体が、 真正面から吹き飛ぶ。
石壁へ激突。
黒い血を撒き散らしながら、 地面へ崩れ落ちた。
静寂。
周囲の武士たちが、 一斉にこちらを見る。
「……な……」
宗次郎が目を見開く。
蒼冥ですら、 一瞬だけ動きを止めていた。
俺自身も理解できない。
今、 何をした?
右手を見る。
橙色の粒子。
淡い光が、 指先から零れている。
鼓動が速い。
胸の奥で、 “何か”が目覚めていく感覚。
その時だった。
怪物たちが、 一斉に後退した。
「……?」
霧の奥へ、 ゆっくり下がっていく。
まるで。
何かを恐れるように。
蒼冥が鬼虎を肩へ担ぎ、 低く笑った。
「……ハッ」
鋭い眼光が、 真っ直ぐ俺を射抜く。
「なるほどなァ」
怪物たちは低く唸りながら、 やがて霧の奥へ消えていく。
静寂。
残ったのは、 壊れた街並みと血の臭いだけだった。
夜風が吹く。
焼けた木材の匂いが漂う。
誰かが小さく呟いた。
「……助かった……」
張り詰めていた空気が、 ようやく緩む。
だが、俺の胸の鼓動だけは、 まだ止まらなかった。
「……来い」
蒼冥が背を向ける。
巨大な背中。
その一歩だけで、 周囲の武士たちが道を開けた。
俺と宗次郎は、 その後を歩く。
第七地区。
改めて見る街並みは、 圧倒されるほど異様だった。
巨大な石壁。
幾重にも連なる櫓。
無数の提灯が、 夜の街を赤く照らしている。
和風の街並み。
だが。
そこにある技術は、 俺の知る時代のものじゃない。
武士たちは刀だけじゃなく、 赤い鉱石を埋め込んだ火器を持っていた。
屋根の上には監視台。
通りには巨大な発電機のような装置。
文明が滅びたはずなのに、 別の形で進化している。
まるで。
“戦うためだけ”に発展した世界。
街の人々が、 俺を見ていた。
警戒。困惑。恐怖。
様々な視線が刺さる。
「異邦人だ……」
「本当にいたのか……」
「旧時代人って噂……」
小声が聞こえる。
居心地が悪い。
そんな事もお構いなく蒼冥は歩き続ける。
やがて。
巨大な城門が見えてきた。
――冥合城。
圧倒的だった。
山そのものを削って築かれたような巨城。
黒鉄の城壁。
無数の篝火。
天守は夜空へ届きそうなほど高い。
まるで、 巨大な獣がそこに座しているようだった。
「……すげぇ……」
思わず声が漏れる。
蒼冥が低く笑う。
「第七地区の心臓部だ」
巨大門が、 重々しい音を立てて開いていく。
ゴォォォォン……。
その音だけで、 空気が震える。
城内へ足を踏み入れた瞬間。
俺は理解した。
ここはもう、 俺の知ってる日本じゃない。
これは怪物と共に生きることを強いられた、 “新しい世界”なんだと。




