No21 赤き軍『ウリア』
マンムーナという町には五つのルールが存在する。
1.拾ったものを口にしない。
2.拾ったものは、その拾った人のもの。
3.自分に関係のない建物に入ってはいけない。
4.誰の命に関わらず、その責任を負ってはいけない。
5.「死にたい」または、それに類似する言葉を言ってはならない。
この五つのルールがこのガラクタの町を回しており、人と人をつなげている。デューツ王国の落伍者とはいえ、人とのつながりがなければ現実的にも、精神的にも生きていくことが出来ない。
誰でも守ることができる、簡単な五つのルール。しかし、どんな固い絆で結ばれた一族に裏切者が出るように、この五つの簡単なルールを守れなかった者達が存在する。
落伍者よりも、さらに深く落ちた者達、それが『失格者』である。
彼らが投獄されたのは、この町の下に存在する『失楽園』と呼ばれる場所である。兵器、武器、奴隷の試用運転の名目の元、殺し合いや見物の場所が用意されているその場所は、まさに五つのルールを破りし者が住む、マンムーナで最も『死』に近い場所である。
奴隷の逃亡を阻止するために設置された重厚な扉を、黒髪の少年が細い腕で開けようとする。
「ふう。やっぱり駄目ですか」
判っていたのか。余り残念そうな表情を見せずにツバトは地面に座った。見上げる鋼の扉は、雄に自分の背丈を超えている。その高さは20メートルであり、本来なら20人の力自慢の男達いて初めて扉を開けることができる。
世話してもらった者達に訊いたことだが、この扉の先に存在する『失楽園』には独自の生産方法が存在しており、彼らが餓死することはないと聞いている。
しかし、この町を襲った『雷撃』の衝撃は『失楽園』にも届いているだろうし、彼らも外の情報を知りたいと思っているはずである。
ここまで来るのに、自分以外に生存者はいなかった。いたとしても、自分のように戦える可能性はないだろう。敵の勢力も規模も目的さえも判らない、情報不足もいいところの現状で、ツバトは『失楽園』に避難することを選んだ。中には『失格者』が閉じ込められおり、どのような危険があるのか判らないが、残党狩りをしている軍服集団と戦うより、『失楽園』で身を潜める方が安全だと思った。
戦うという選択肢もあったが、それは『生きるため』の選択ではないといけない。
このガラクタの町に影響され、浸食されたツバトは『死』というものを慣れてしまった節がある。だからこそ、親しい者だとしてもその『死』を受け入れ、生きている自分は前に進もうとしている。死んだものを弔っているつもりは、彼にはないが、生きている者として、『生きる』という義務を果たさなくてはならない。
その行為に反してしまえば、死んでいった者達に顔向けできない。ツバトの心は歪みながらも、その誠実さだけは、異世界に来てからも確かにあり続けていた。
「にゃあー」
間延びしたかのような猫の鳴き声がツバトの耳に届く。目を向けるとそこには自分によく懐つく赤い猫がいた。
「君、生きていたんですか」
「ケット」
舌打ちなのか。赤い猫は気分が悪い顔をしながら、人間味のある鳴き声をした。僕は何もしていないはずなのだが、赤い猫は僕からそっぽを向いている。
「ちょっ、どこに行くんですか」
そっぽどころか、どこかへ行こうと赤い猫は歩き始めた。いかに気まぐれだとしても、今動かれたら殺されるかもしれない。いや、いくらなんでも猫を殺す必要はないのか?
少し頭を悩ませていると、赤い猫は首を後ろに回して僕の顔を見つめていることに気が付いた。その黄色い瞳は僕に何かを伝えているようだった。
「もしかして。付いてこい、ということですか?」
「にゃあ」
僕の言葉に、頷いて赤い猫は歩みを再開する。あの扉を開けることができない僕には他にすることがなく、とりあえず赤い軍服の彼らに見つからないように、赤い猫に付いていくことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
『ウリア』と呼ばれる赤い軍服の軍人集団。その軍人の一人が軍帽子を外して団扇のように自分を仰ぐ。少し濁りが混じった金髪を風になびかせる男は、マンムーナの惨状を見ながら溜息をついていた。
「はあ~。『雷撃』の魔法による町破壊。というか、これは破壊通り越して崩壊だろう」
「これがこの世界の力というものだ」
「お、爺」
赤い軍服の男の野太い声に答えたのは初老の男だった。黒いコートを着た黒髪短髪の初老の男も佇まいは歳を感じさせず、長いこと戦い続けた末に身に付いた貫禄と威厳だけが、その初老の男にあった。その髪が未だ黒い艶があることも、その男の根源にある力からきているようだった。
「己とその魂の交差点上に創造された武器、霊己武記。その武器の最大の攻撃力を誇る王族血統故の亜種元素である雷の力、『雷撃』。
その力は脅威であるが、その原型にあるシステムは利用しない手はない」
「ああ、確かに。俺たちの世界とは違った類の力というのは、中々面白いじゃねえか」
軍服の男は口元を歪ませながら、自らの得物である剣を掲げた。その剣は、本来この世界に存在することがない西洋剣と呼ばれるものであり、違う世界から訪れたからこそ創造された霊己武記である。
「浮かれるのはいいが、判っているのか?」
「分かっているよ。ったく、おせっかいな爺だぜ」
揶揄しながらも軍服の男はにやけていた。互いのことをよく知っているからこそ浮かべる笑みだった。
「カルトロリア王子の誘拐だろ? つーか、それよりも。王子の腕の一つや二つ、別になくなっても構わねえだろうな?」
「ああ、構わない。命さえあればいいが、できるだけ気づ付けぬことだ。その力の象徴ともいえる血が無駄に流れることは、私も組織にとっても好ましくない」
「けっ。相変わらずの強者主義なことで、お前は何か、将来神父様か?」
「将来の夢を語るような歳ではないが、その思考を変えるつもりない。なぜなら、”力ほど雄弁に語るものはない”のだから」
初老の男が指を向けながら言った。その先には、カルトロリア王子の魔法の『雷撃』によって空いた大穴を指していた。魔法増築装置によって増大させたとはいえ、それを収束させるのは至難である。
「あの神の御業は、私こそがふさわしい」
「お前かよ……」
男はいつもの悪癖が出たな、と年季の入った爺さんに呆れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
赤い猫が導いた場所は、見覚えのある家だった。その家はもう倒壊し、元の形状が見る影もないのだが、僕の記憶を刺激されるのには十分だった。
そう。この場所は、僕がこの世界へ渡った初日に泊めてもらった場所である。
「あのときは、どうなるのかと思いましたよ」
思い出に花が咲いたように、思わずツバトは微笑んでしまう。
(そういえば、あのときの男はどうなったのだろう。もう、死んでしまったのかな。)
倒壊した家のガレキを退かしながら、男がいるのかどうか確認する。ガレキとガレキの隙間からわずかに見える奥は薄暗く、とても男の姿を確認できなかった。
「誰かいますか~」
念のため声をかけてみたが、誰もいなかった。諦めるべきか、それとも無理やりにでもこの奥に入って男を探すべきかを思案していると。
『おい、今誰かの声が聞こえなかったか!?』
『ああ! なんか子どもの声が聞こえたぜ!』
思ったより自分が大きな声を上げていたことに、ツバトは驚いた。軍服集団の足音が近づく音が聞こえる。数は3、4人だろうか。戦うにしても援軍を呼ばれたらツバトに勝ち目はない。
(どうするどうする!!)
どんどん大きくなる足音に、思考回路を通常の三倍以上に回す。しかし、ツバトがどれだけ考えても名案は浮かばない。早く考えなければならないというのに、このときばかり答えが出ない。ツバトは自分がパニックに陥っているということさえ自覚していない。
「にゃあ~」
「おい、そこは!」
ツバトは頭を悩ます中、ここまで連れ添っていた赤い猫がガレキとガレキの間に出来た隙間へ潜り込んでいった。確かに、それなら軍服集団を撒けるが、猫はともかく、ツバトのような少年の大きさで脱出はできるのだろうか。
そんな疑問もあったが、他に打つ手なしのツバトは、これ以上はヤバいと判断し、少々自棄気味に隙間に突入する。無理やりに入ったせいか、ツバトがガレキとガレキの奥に入り込んだ瞬間、ガレキが崩れ、その隙間が閉じてしまう。
ガララと、ガレキが崩れた音が鳴るのと軍服集団が到着するのは、ほぼ同時だった。
『あれ、おかしいな。誰もいない』
『本当だ。どこいったんだ?』
『聞き間違いってことじゃない? それか他の班が崩れてくるガレキに驚いたか』
『ああ! あの山臭い女ならありそうだな!』
『おいおい、笑ってやるなよ。可哀想じゃないか。ともかく、念のためにここらを探そうぜ。もしかしたら、生き残りがいるかもしれねえ』
赤い軍服集団がその場を後にするまで、ツバトは息を殺して待っていた。常人なら過度な緊張感で物音させるものだが、冒険者稼業でいくつかの討伐クエストを達成してきたツバトにとって、むしろ楽な部類のものだった。
彼らが撤退したあと、何かの拍子で見つかる可能性を考慮したツバトは、このまま夜が更けるまで身を隠すことにした。その目は冒険者稼業を行っていた時の、狩人の目をしていた。
ひさしぶりの感覚だった。
身動きしないままツバトは、冒険者としての血が騒いでいるのを実感していた。
この肌のヒリツキ。クリアに広がる視界。集中力がナイフを研磨するかのように鋭くなっていく。これら全てが自分が冒険者を忘れていない証拠であり、その喜びを彼は噛みしめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
カルトロリア王子はデューツ王国でも皇室の者しか飲むことを許されない、伝統と味の深いワインを優雅に傾けていた。
「ふむ。やはり、この『エルゼの涙』は素晴らしい。森の聖なる妖精の泉と龍の血から流れる魔力から生まれたこの芳醇な香りは、我が身の『雷の魔力』に命を吹き込んでくれる。
そして、その高貴なる味は王の血を持つ者が飲むにふさわしい。まさしく、頂点に立つ者にために存在している」
だろう、お前たち。
カルトロリア王子の問いかけに、その者達は答えることができない。なぜなら、その者達は雷撃よってすでに炭化していたからだ。
炭化する人間の中には、槍の形装をした霊己武記所持者もいたが、王子の『雷撃魔法』の前では塵芥と同価値であった。
「ふん。こんなものか」
カルトロリア王子は『エルゼの涙』の入ったグラスを一口で飲み干し、背後に控えていた軍人の一人に空となったグラスを渡す。
「やはり有象無象だな。どれだけ集おうともこの我と刃を交えることも叶わない」
そう言いながら、カルトロリア王子は自らの霊己武記を手に現出させる。その大剣の刃が反射する妖しげな光はまるで血を求めているようだった。
「恐れながら、王子。このような辺境も辺境、それもガラクタの町と呼ばれる場所で王子と戦える者などおりません。ましてやあなたは、『雷魔法』の行使を許されたデューツ王国の王族血統者の一人なのだから」
副官であり直属の執事であるノルターゴは首を下げながら、カルトロリア王子を称える。その執事の姿勢は我が絶対の主に忠誠を示しているのが明瞭であった。
「ふん。つまらぬ」
執事の忠誠を吐き捨て、カルトロリア王子は先を見る。この先の周辺国との戦争、その中でも特に難敵と言われているアルパラゾ王国、そして新興国であるカルパーソ。この二つの強国をどう攻め落とすかが、この先の戦争のカギである。
カルトロリア王子の目には、すでに崩壊したマンムーナなど入っていなかった。




